第五話 PMは例外事象を考察する
俺たちは、魔物が出たという現場へ向かって駆けていた。
魔物は街の中に現れたらしい。
それを聞いて真っ先に脳裏に浮かんだのは、山の上から見たあの石壁だ。
そう易々と侵入を許すような造りには、とても見えなかったが――
グレンが伝令の男たちに、走りながら状況を聞く。
「見張り台からは、報告がなかったのか?」
「はい。奴らは、また搬入業者の荷台に潜んでいたようでして」
「くそっ!またか」
伝令の男の言葉に、グレンが舌打ちする。
詳しくは分からないが、話を聞く限り、魔物は人間の監視の目を欺いて入り込んだようだった。
それも口調から、今回が初めてじゃないみたいだ。
この世界の魔物のスタンダードは分からないが、山で出会ったキリング・ウォルグの件もある。
知性の高い個体がいるのか、種族によるものなのか。
後でピットにでも、確認しておこう。
「奴らは、また採掘場を狙って暴れてます。人家の者たちは避難させましたが」
「しつこい奴らめ……」
忌々しげに呟くと、グレンは走る速度をぐんと上げた。
他の二人もグレンに続く。
フネも軽々と戦士たちに交じって加速したが、俺とリズはそうもいかない。
歩道の向こうに小さくなっていく彼らの背中を、見失わないようについていくのが精一杯だ。
どれだけ走っただろうか。
俺の息が上がり始めた頃――
肩に乗ったピットが、かすかに首を動かして警鐘を鳴らす。
「オサム様、前方に敵性反応。数は八体」
俺が顔を上げると、目の前では今まさに戦闘が始まろうとしていた。
倒壊した小さな建物の前で、グレンやフネと対峙しているのは耳の尖った緑肌の生き物。
大きな目をギョロギョロと忙しなく動かす、矮躯の小鬼たち。
彼らは全員手に棍棒や剣といった獲物を持ち、グレンたちをじりじりと取り囲んでいる。
「性懲りもなく現れおって。また痛い目に遭わせてやろう」
グレンが剣を抜くと、小さな鬼たちはそれに呼応するように、囲みを僅かに狭めた。
一触即発の緊迫した空気が、辺りを包み込む。
真っ先に動いたのは、フネだ。
「わるもの退治、かいし!」
おちゃらけた台詞とは裏腹に、彼女の動きは矢よりも疾く、一瞬で手近の鬼の腕を刎ねる。
棍棒を持った短い腕が、宙を舞った。
まるでコマ送りのような、寸劇。
『ギャギャ!!』
遅れて魔物の悲鳴が上がり、彼らの中に動揺が走る。
それを好機と見たのか、グレンと他の戦士二人も戦闘を開始した。
フネが人間離れした力で、無双するのは見慣れた光景だったが、グレンたちエテルナの戦士も負けていない。
人数差など苦にもせず、次々に小鬼たちを薙ぎ払っていく様は圧巻だった。
近づき、剣を振り、倒す。
魔物が反撃を繰り出し、獲物が自分たちの身体を掠めても、そのサイクルは止まらない。
俺はその戦いぶりに、どこか違和感を覚えたが、正体までは分からなかった。
グレンの剣が、最後の鬼を真っ二つに圧し潰す。
八体全部片付くまで、ものの数分しかかからなかった。
ピットに弱点を表示させる暇すらない、圧巻劇。
「――ふむ。これで全部か」
グレンが剣を鞘に納め、呟きを漏らす。
腕と脇腹から血が滲んでいるが、苦悶の表情一つない。
他の二人の戦士たちも同様だった。
痛みを感じていないのか、戦士の矜持なのか。
「それにしても、フネさん。お噂通りの豪傑ぶりですな」
彼は柔和な顔つきに戻ると、息一つ上がっていないフネを見て感嘆の声を送る。
「おじさんこそ、やるじゃん!でも痛くないの?」
軽口を返しながらも、少し心配そうに首を傾げるフネ。
彼女自身は魔物の返り血すら浴びておらず、髪が少し乱れているくらいだ。
「なに、こんなもの掠り傷にもならんよ。我々はフネさんほど、戦いが上手ではないからね。おっと……リズ嬢、ありがとう」
いつの間にかグレンの隣に立っていたリズが、無言で彼の傷を白い布で拭っている。
献身的に手当てをする少女。
グレンはそれを、まるで孫を見るような優しい眼差しで見つめていた。
俺たちは詰め所に戻ってきた。
中に入ると、殺風景な白い部屋に椅子が数脚並べられているだけ。
壁に武器が立てかけられているが、お世辞にも手入れが行き届いているようには見えなかった。
めいめい椅子に腰を落ち着かせると、リズが水の入ったコップを配っていく。
なんの活躍もできなかった俺だが、全力疾走したせいで喉はからからだった。
「……あやつらは、最近ほぼ毎日のように街を襲ってきてな。難儀してるんだ」
グレンがコップの水を一気に飲み干すと、苦い笑みを浮かべて口を開く。
腕には白い布が巻かれ、先の戦闘の跡がうかがえた。
「荷台に潜り込んでくるということですが、検問とかはないんですか?」
戦いの前に戦士たちが交わしていた会話を思い返し、俺は質問した。
「検閲はしているんだがね。インプどもはずる賢しくて、巧妙に荷物や車体の裏にへばりついて隠れておるようなんだ」
問いかけに、忌々しそうに吐き捨てるグレン。
どうやら、緑色の肌の小鬼――インプは、少なくとも人間の死角を突く程度の知能はあるようだった。
「そういうことであれば、検問には俺も加わります。魔物が潜んでいるかどうかは、完全に見破れますので」
見破るのはピットだが。
心の中だけで言葉を付け足す。
俺の肩に乗る灰色の自立型AIは、魔物をトレースする機能があり、誤魔化しが効かない。
潜むモノがいても、たちまち見破ってくれるだろう。
「それは有難い。龍の聖女は、御付きの方も優秀なのだね」
グレンの言葉に、思わずずっこけそうになる俺。
隣に座っていたフネが、吹き出す。
「そうなの。どんどんこき使っていいわよ!」
聖女が後押しするのを聞いて、グレンが大きく頷いた。
このままでは、本当に従者扱いだ。
だが彼はすぐに傷だらけの顔をしかめると、溜息交じりに重い口を開く。
「とはいえ、問題はそれだけではなくてな。インプはまだマシな方なのだよ。水路から侵入してくるものや、壁を越えて空から襲ってくる奴らまでいる。これが何度叩いても、際限がなくてな……。エテルナの自警団は、気付けばここにいる三人だけになってしまった」
他の者がどうなったかは、さすがに聞けなかった。
重たい空気が、詰め所の中を包む。
思っていた以上に、事態は深刻なようだ。
たった三人で、無限に湧き出る魔物を倒し続けるなど不可能に近い。
いくら彼らが強力な戦士であっても、いずれ限界を迎えるだろう。
「なるほど。出処を押さえないと終わらない、という訳ですね」
俺はギルドで受けた依頼内容を思い返し、納得した。
ノーマンも言っていたが、今回の依頼内容は「魔物の討伐と集落の特定」と、依頼書にも書かれている。
「ああ、その通りだ。魔物は普通は単独で動くものが多いが、奴らはそうじゃない。どの襲撃も群れでやってくる。この国を狙う拠点が、山のどこかにあるはずだと睨んでいるんだが……。いかんせん守りだけで手一杯でな」
「お願いします。このままじゃ、グレンさんたちが倒れてしまいます」
グレンの言葉に重ねるように、今まで黙っていたリズが口を開いた。
拳を膝の上でぎゅっと握りしめて、俺とフネを交互に見つめる眼差しは真剣そのもの。
本気でこの老兵の身を案じてるのがわかる。
「とりあえず、まずは情報を集めましょう。俺を検問に、フネは自警団に加えて下さい。それ以外にもこれまでの襲撃ルートや、魔物の種類、状況を詳細にヒアリングさせてもらえればと」
グレンが頷くのを見届け、俺は小さく息を吐いた。
やるべきことは薄っすらと見えてきたが、依頼内容はこれだけではない。
それに、拭いきれない胸の奥の違和感――
タスクはエテルナを襲う魔物のように、無限に湧き出てきそうな予感を感じるのだった。
「じゃあ、明日からは別行動だな。くれぐれも魔法で被害を大きくするなよ」
「しっつれーねー。オサムこそ、魔物を見つけたらすぐに言うのよ。よわっちいんだから!」
俺とフネは、リズの家の二階でそんな軽口を叩き合いながら別れた。
彼女はリズの手を引き、部屋の中へさっさと消えていく。
扉が閉まる音を聞き、俺も割り当てられた部屋に入った。
「ピット、slackで部長メッセージに添付されている資料をダウンロードしておいてくれ。ついでにいつもの校正を頼む」
「了解しました。オサム様」
部屋に入るなりピットに指示を出し、俺はベッドの上に仰向けに転がった。
白い天井を眺めながら、頭の中を整理する。
山々に囲まれた小国。
知恵ある魔物。
白い花。
間断なく続く被害。
猛進する戦士。
小さい依頼人の真剣な眼――
どれも情報が不十分で、まだ消化しきれていない。
俺は半身を起こすと、ベッドの隅で情報処理中のピットに声をかけた。
「カーム山脈で襲われた魔物と、今日交戦した魔物。片や人語を操り、一方は検問を突破する強かさを見せた。これって普通のことなのか?」
「普通と申されますと?」
薄暗い室内で、ピットの目が光る。
「これまで出会った魔物は多くはないが、ロゴスは例外として、知恵があるような振る舞いをする者はいなかった。この世界の常識として、魔物は人並みに知能が発達しているのか?」
俺は中途半端なインプットになったことを反省し、言葉を選び直した。
ピットは自立型だが、自走型ではない。
「まずロゴス様は、魔物ではないです。龍種は人と同様、この世界では種族の一つにカウントされます」
「種族の概念とは?」
「人が定義した概念になります。言葉を操り、感情がある者はこのカテゴリーに該当します」
「種族にカテゴライズされる者は、人や龍以外にも存在するということか」
「その通りです。この世界では、他には亜人、ドワーフ、エルフ――魔族といった様々な種族が存在します」
「アステリスクでは、見たことがなかったな」
「アステリスクは人が統治する国なのと、異種族間の交流が乏しいためでしょう」
「そういうものなんだな。ではその解釈だと、魔物は種族に含まれない。イコール言葉も操れないし、感情もないということか」
「はい。魔物は獣に分類されます。なのでオサム様の最初の質問に対しては、この世界の常識では、例外を除き魔物は知能も感情もありません」
「例外?」
俺はピットの回答内容の気になるワードに、すかさず反応する。
例外、特殊ケース、条件付き、といった言葉には、何度も煮え湯を飲まされてきた。
プロマネの条件反射のようなものだ。
「はい。魔物は高位の種族の眷属になる場合、知能や感情を会得する場合があります」
「眷属になるとはどういう意味なんだ?」
「……。申し訳ございません。具体的な事例はナレッジに存在しないようです。保有するナレッジは、あくまでこの世界に流布する口伝、文献から集積したものとなりますので、全ての回答を持ち合わせてはおりません」
「いや、十分だ。ありがとう」
俺がピットの頭を撫でると、彼は目を細めて灰色の身体をすり寄せてきた。
――結局、実地調査をして把握していくしかない。
だが、今のQA対応で考察が一歩進んだ。
エテルナ国を襲う魔物の背後に、何かがあるかもしれない可能性。
俺は目を閉じると、次の会議までしばしの仮眠を取るべく、再びベッドに身を沈めたのだった。
※但し、何某に限り、この限りではない
ちっちゃい文字に気付かない。
問い合わせると意外に何某のケースが多い。
そんなことが多々あります。
気をつけましょう。




