表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/20

第四話 PMはキックオフをリスケする

カーム山脈の旅路は三日三晩続いた。

いくつもの山々を越え、俺たち――主にフネが、討伐した魔物の数が軽く両手の指を折った頃。

ようやく辿り着いた先に、その国はあった。

まるで連峰(れんぽう)に囲まれた、落とし穴の底のような場所。

石壁に囲われし秘境の地――エテルナ。

馬車がその国に近づくと、入り口となる高い木製の門扉(もんぴ)擦過音(さっかおん)と共に、(おごそ)かに開かれた。


「うわー!きれいねー!」


フネが半分開いた窓から顔を突き出し、声を上げる。

甘い香りが風に乗って、鼻腔をついた。

俺も彼女の声につられ窓外に目を向けると、そこに広がるのは、不思議な(いろどり)の街の景観。

典型的な田舎町の(たたず)まいと、歩道のいたるところに咲き乱れる白い花々。

反り返った花弁(かべん)が、風にゆらゆらと揺れている。

甘い匂いの元は、これだろう。


「リズさん、この先でいいっすかね?」


手綱(たづな)を引きながら、トビーがキャビンに向かって声をかける。


「はい。もう少し先にオレンジ色の屋根の家がありますので、そちらの前でお願いします」


リズが少し大きな声で応えた。

しばらく馬車が進み、馬のいななきと共に停車する。

俺は扉を開けると、踏みしめるように大地に降り立った。

ずっと山道ばかりで、久しぶりの平らな道にかすかな感動すら覚える。

続けて、フネとリズが降りてきて、俺たちは依頼人の家の前に立った。

特に何の変哲(へんてつ)もない、小さな一軒家。

門の先に見える狭い庭にも、街の歩道で見た白い花が一面に咲いている。


「私の家です。ここで皆さまには宿泊してもらいます。父も母も暫くは遠方に出ておりますので、ご自由にお使いください。人数分のお部屋もありますし、食料や水、お酒も十分に備えてます。私は料理はできませんが、台所もお好きなように」


リズの説明に、トビーが小さく口笛を吹いた。

宿泊費の心配がないのは、俺たちにとってもありがたい話である。


「では、こちらへ――」


リズが先導(せんどう)して、家の扉を開いた。

長期間留守にしていたせいか、窓が閉め切られており、室内は薄暗い。

目を()らして中を見渡すと、大きめのテーブルに椅子が数脚。

それ以外は特に目立った調度品は何もない、少し殺風景な空間が広がっていた。


「ふえー。ここがリズちゃんちね。おじゃましまーす!」


フネがリズを追い越し、部屋の中に入っていく。

相変わらず遠慮という言葉は知らないらしい。

くるくると忙しなく室内を見て回るフネに、リズが少しだけ苦い笑みを浮かべながら声をかけた。


「皆さまのお部屋は、二階です。どうぞご自由に……」

「あ、いいこと思いついた!」


フネがぱんと手を叩き、台詞に被せるように声を上げる。

それからリズにずかずかと近寄ると、彼女の小さな両肩に手を乗せた。

満面の笑み。

リズが珍しく顔を強張らせ、若干後ずさる。


「リズちゃんって、どこで寝るの?」

「え?」


フネの言わんとする意図が掴めず、聞き返すリズ。

俺も大分慣れてはきたが、こいつのトンデモ思考は読めないことが多い。


「あ、私は……。一階で寝ますのでお気になさらず」

「じゃあ、フネとリズちゃんは、いっしょの部屋ね!」

「はい?」


続けて放たれた提案に、リズが文字通り目を丸くした。

フネは戸惑う彼女の手を引くと、問答無用で階段を軽快に昇っていく。

ほとんど人さらいの所業だ。

階段を途中まで上がったフネが、突然足を止めて階下(かいか)の俺たちを振り返った。


「あ、男子禁制だからね!オサムもトビーも、入ってきたらぶっとばすから!」

「……」


それから、さっさと二階に消えていく二人。

しばらくの後、ばたんと扉が閉まる音が聞こえてきた。

一階に残された俺とトビーは、お互い顔を見合わせ、苦笑する。

かくして、エテルナ国での滞在が始まったのだが――

この国での時間が、そう簡単に終わるものではないことを、この時の俺はまだ知らなかった。




空中に表示された複数の会議ウインドウ。

それら一つ一つに、現実世界の俺の部下たちの顔が次々と現れる。

彼らはせき止められていたダムが決壊したかの如く、口々に質問や依頼を俺に投げかけてきた。


「開発ベンダーのアウトテクニカさんとの、会議はいつにしますか?小沢さんが、この間のお客さんからの仕様変更の件で、急ぎ吉田さんに確認したいと仰ってまして」

「ああ、現行システムから引継ぎの件で、グレーだった部分か。会議は明日と明後日に仮でプロットしておいてくれ。時間は後でチャットする」

「すいません、吉田さん。この間リスケになった、仮想基盤全体の承認者レビューはいつにできますか?」

「ああ、あの日は申し訳ない。ギルドの依頼で猫を……」

「猫を飼われてるんですか?」

「そ、そうそう。最近飼い始めてな。この前動物病院に、どうしても連れて行かなくてはならなかったんだ。レビューは今日の夜にでもやろう」

「はい!ありがとうございます」

「吉田さんが先月提出されたプロジェクトレポートの件で、PMOの金子課長から問い合わせがきてます。なんでも、ここ二カ月の予実(よじつ)の数字が全然合ってないと」

「う……。分かった。その件は折り返し、俺が電話をしておく」

「吉田さん、明日のデータセンターへの搬入の件ですが……」


二階の部屋に入るなり、俺が最初に手をつけたのは、現実世界の仕事だ。

ここ数日は馬車の移動や、魔物の襲撃もあって、止まっていた業務が山積みだった。

ようやく腰を落ち着けたと思い――

全部片づけてやろうと、ピットに指示して部下全員とチャネルを繋いだら、この有様である。

無限に湧いてくる彼らの応対を続け、小一時間も経っただろうか。

ウインドウから、最後の部下が退室したのを確認する。

――パタン。

俺はパーソナル・ターミナルを閉じて、ベッドの上に身を投げ出した。

まるでビジネスホテルのように、丁寧に整えられたシーツ。

匂いのしない清潔な枕。

これも全部あの幼い依頼者がやっていたと考えると、どうにも現実感がない。

一人になると、これまであえて気にしなかったことが頭をもたげた。

ここまでの旅路を考えれば、ギルドへの依頼は子供にさせるおつかいのレベルではない。

彼女しかいなかったのか。

彼女でなければならなかったのか。


「あるいは、両方……か」


俺はひとりごちると、身を起こした。

考えたところで、答えがでるわけでもない。

コンコン

その時、遠慮がちに部屋の扉をノックする音が響く。


「リズです。ヨシダ様、いらっしゃいますか?」

「あ、ああ。開いてるから、入ってくれ」


噂をすれば、という奴だろうか。

俺が壁の向こう側へ声をかけると、ゆっくりと扉が開き、リズが半分だけ顔を覗かせた。


「もう少ししたら、国の自警団とのお打合せがあります。まずはこの国の現状を知っていただければと」

「分かった。すぐ出るよ」


用件だけを伝え、彼女は静かに扉を閉める。

こちらの仕事もいよいよこれからがキックオフ、といったところか。

俺は背筋を伸ばすと、立ち上がって少し気合を入れ直した。




家から近いということで、俺たちは馬車ではなく歩きで目的地へ向かうことになった。

案内役のリズが先頭を行き、俺とフネが後を続く。

時折、強い風が吹き荒れ、その度に甘い香りが鼻をついた。


「ねえ、リズちゃん。このいっぱいさいてるお花は、なんて名前なの?」


フネが道端に咲く白い花を指して、小さな背中に尋ねる。


「……ごめんなさい。お花の名前、知らないんです」


リズは申し訳なさそうに、一瞬だけ立ち止まって答えた。

フネも特に興味があったわけではないのか、「ふーん」とだけ返事を返す。

それ以上会話が続くことはなく、俺たちはすぐに目的地に辿り着いた。

木造の四角い建物。

窓もなく、入り口の扉は開きっ放しになっている。

リズが言うには、国の自警団の詰め所のようなものらしい。

アステリスク国のように騎士団を抱えるほどの資金はなく、この詰め所も駐屯所というよりは、町の集会所のような風体だ。


「ここです。もう来てると思いますが……」


リズが足早に建物に近づくと、タイミングを見計らったかのように、入り口からぬっと人影が姿を現した。


「おお。リズ嬢。長旅ご苦労だったな」


現れたのは、白髪まじりの壮年の男。

背丈は俺と同じくらいだが、鍛え上げられた肉体と――何より目を引いたのは身体中の傷だ。

腕も足も、顔も傷跡だらけ。

まさに歴戦の猛者(もさ)といった出で立ちだった。


「グレンさん、ただいま。この方々が……」


傷だらけの男――グレンの(ねぎら)いの言葉に、リズは親しげに言葉を返す。

それから一瞬口をつぐむと、俺たちを振り返って言葉を続けた。


「アステリスクからいらした、龍の聖女フネ様と、御付きのオサム様です」


フネの方を見ると、悪戯っ子のようにぺろりと舌を出している。

リズに色々部屋の中で吹き込んだのだろう。

呆れて、言葉も出ない。

どこに聖女がいるというのか。


「あなた方が、かの有名な勇者たちですか。これは心強い!」


傷の戦士が両手を広げて、顔を綻ばせた。


「龍の聖女あらため、最強無敵のフネです!こっちは、おまけのオサムです。よろしく!」


ずずいと身を乗り出し、フネが名乗る。

俺はもはや否定も肯定もせず、その後ろで小さく頭を下げた。

そんな俺たちにグレンは笑顔で頷くと、詰め所の中へ手招きしながら礼を述べる。


「遠方からはるばる、エテルナまでありがとうございます。ささ、中に入ってください。まずはお二人に今の情勢をお話しさせて――」


だが、彼の言葉は最後まで続かなかった。

柔和(にゅうわ)だった老兵の顔つきが、突然険しい顔に変貌(へんぼう)する。

思わず彼の視線の先を追うと、通りの向こうから二人の屈強そうな男たちが走ってくる様子がうかがえた。

酷く慌てた様子だ。


「説明するより、まずは見てもらった方が早いでしょう。早速お二人の出番です」


グレンは剣呑(けんのん)な顔つきのまま、腰に(たずさ)えた剣の柄に手をかけた。

どうやら、打ち合わせは先延ばしになりそうだ。

そういえば、キックオフミーティングをよくやりますが、工事現場だと着工前打ち合わせとかもそうですよね。

昔は私も現場上がりだったので、よく工事の方々と一緒に参加してました。施工図書見ながら半分寝てましたが(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ