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第二話 PMは弱きクライアントと合流する

出発は早かった。

今回旅の準備は、ギルドの計らいで全て用意してもらい、俺たちは依頼を受けた翌朝にはアステリスク国を出立する手はずになっている。

またエテルナ国とは国交もないため、移動はこれもギルドで手配してもらった馬車になった。

長距離の移動となれば、(いく)ばくかの着手金をもらったとしても、旅費をまかなうのは俺たちの懐事情(ふところじじょう)では厳しい――

その辺りも考慮(こうりょ)してくれたのだろう。


「りょっこう、りょっこう!」


フネがスキップを踏みながら、鼻歌まじりに街の外へと続く道へ歩みを進める。

リズとは北の市街地を抜けた先の、街道で落ち合う約束をしていた。

日はまだ昇り始めたばかりで、街中の人通りは少ない。

俺は軽快な足取りのフネの後に続きながら、依頼書を速読気味に斜め読みしていた。

昨夜は会議と資料作成に追われ、(ろく)に中身を確認できずにいたからである。


「ピット。このレゾナンス鉱石ってのは、保持者の魔力を増幅(ぞうふく)する希少(きしょう)な魔石と書かれてるが、具体的にはどんな効果なんだ?」


フネの頭の上で、ピットが首だけ振り返った。


「ナレッジ検索中……。該当、有り。レゾナンス鉱石の効果は、魔力を持った人間が魔法を発揮する際に、瞬間的にブーストをかけ威力を乗算(じょうざん)させる効能があります。主に戦争や、冒険者の強化アイテムとして人気がありますが、非常に高価なため市場に出回ることはほとんどありません」

「え?お高いの?」


フネが足を止めて、目を光らせる。

相変わらず現金なことだ。

とはいえ、俺も気になるところではあった。

なにせ今回の成功報酬には、レゾナンス鉱石も含まれているのだから、気にならないと言えば噓になる。


「価値は流動的に変動していますが、現在だとグラムあたり金貨百枚はくだりません」

『ひゃ、ひゃくまい!?』


俺とフネの声が珍しくはもった。

十グラムもあれば小さな家が建つレベルである。

それだけあればしばらくは、引きこもってテレワークに集中できそうだ。


「すごいね、オサム!そんだけあれば、毎日おいしいものが食べれるよ!」


フネの場合は、食い意地のようだ。

彼女は張り切ったように腕まくりをすると、先ほどまでよりも気持ちステップも軽やかに歩みを再開する。

俺もそれに続くように、足早に彼女の後を追いかけた。




アステリスクの北の外門では、アニカさんが出迎えてくれていた。

俺たちを見ると、手を振って小走りに近付いてくる。


「おはようございます!お二人とも、よく寝れましたか?」


朝の陽ざしが似合う爽やかな笑顔で、口を開く彼女。

今日はいつもの職員の恰好ではなく、動き易そうな白いワンピース姿だった。

彼女の問いかけに、フネが元気いっぱいに胸を張って答える。


「もちろん、たっぷり寝たよ。……オサムは寝ないで、なんだかモンモンしてたみたいだけど!」


言いながらこちらを振り返り、ニシシと嫌味な笑みを向けるフネ。

確かに俺は現実世界の仕事が忙し過ぎて、明け方まで寝られていないのは事実だ。

だが、鬱屈(うっくつ)とした感情を抱いて寝られていなかったわけではないので、誤解を招く言い方はやめてもらいたい。

そんな複雑な俺の心境が顔に出たのか、こちらを心配そうに見つめてくるアニカに、俺は軽い笑みを返して大丈夫だと告げる。

徹夜でシステムトラブルを直して、翌日には謝罪のための顧客訪問なんて経験は、過去に何度もあった。

プロマネのタフさを見くびってもらっては困る。


「それよりアニカさん。今日はノーマンさんは来ていないのか?」


俺は昨日会ったギルドマスターの姿が無いことに気づき、アニカに尋ねた。


「あ、マスターは今日は出張で、本部に出かけてます。お二人を見送れないのは残念がってましたが……」

「そうか。色々手配してもらったので、お礼を言っておきたかったが、仕方ないな」


俺は言いながら、ふと思いついて彼女に続けて言葉を投げかける。


「ん?じゃあ、なんでアニカさんはここにいるんだ?準備物とかは全て馬車に積み込んでおくと聞いていたが」

「あ、それはですね……」


アニカが説明をしようと口を開いた瞬間、彼女の横からフネがぴょこっと顔を突き出して俺たちの間に割り込んだ。


「言わせないでよ。オサム。アーちゃんだって、乙女なんだから」

「ちょ、ちょ。何を言うんです。フーちゃんさん!違いますよ!」

「……」


フネの横やりに顔を真っ赤にして否定するアニカ。

何でも色恋沙汰(いろこいざた)に繋げようとするのは、転生前のお(つぼね)の本領発揮というところか。

俺はそんな二人の漫才を、冷静に見つめながら、心の中で分析した。


「つっまんなーい!もっとオサムがうろたえないと、話がふくらまないじゃない!」

「フーちゃんさん、(ふく)らませなくていいですから!本当違うんですって。今日ここに来たのは、私も途中まで同行するからなんです」


フネのぼやく言葉に、アニカが食い気味に言葉をかぶせる。

彼女は白い肌をまだ赤く染めたまま、俺に向かって身振り手振りを交えて説明を続けた。


「実はですね。マスターから別のお仕事をいただいてまして。ギルドの別支部で人手が足りないみたいだから、そこのお手伝いに行くんです。ついでだから馬車でカーム山脈手前までご一緒しなさいって、マスターが言うからですね……」

「分かったよ。こちらとしても、ギルドの関係者が途中まででも同行してくれるのは助かる。まだ依頼人ともそこまで話せてないしな」

「……はい!」


俺がアニカの早口で語った内容に納得を示すと、彼女は安心したように笑顔を取り戻して元気よく頷く。

実際のところ、この同行は俺としてもありがたかった。

あの無口な依頼人と空気を読まないフネで、いきなり三人きりはかなり不安があったからだ。


「じゃ、早く行こう!リズちゃん、待たせたら悪いからさ」


フネは自分がかき回したことをすっかり忘れたかの如く、さっさと外門をくぐって街道に出ていく。

その様子を何か言いたげに、しかし言葉を飲み込んで見つめるアニカ。

俺はそんな彼女の肩を、同情をこめて軽く叩いた。




街道に出てすぐのところに、一際大きな馬車が停まっていた。

広い客室を巨大な木製の車輪が支えており、繋がれた二頭の(たくま)しい馬が低くいなないている。

以前高級レストランに招待された時に乗った、装飾性の高い馬車とは違い、全体的に無骨(ぶこつ)な印象を受ける(たたず)まいだ。


「でっか!」


フネが馬車を見上げて、素直な感想を漏らす。

俺も声には漏らさなかったが、その大きなフォルムを前に小さく息を吐いた。


「待ってたっすよ。みなさん!」


立ちすくむ俺たちに、馬のいる方角から明るい声がかかった。

馬の影からぬっと姿を見せたのは、赤茶色の長髪を後ろで縛った、背の高い若い男だ。

彼は軽い足取りで俺たちのそばに駆け寄ってくると、アニカの前で立ち止まった。

それからおもむろに彼女の手を取って、白い歯を見せながら口を開く。


「アニカちゃん、ひさしぶり!あいかわらず美人さんっすね!」

「お久しぶりです。トビーさんも、あいかわらずお元気そうで」


アニカも笑顔で手を握り返して、言葉を返す。

どうやら二人は知り合いなようだ。


「こちら、ギルドと契約してる御者のトビーさんです。こんな感じですが、優秀な方なんですよ」


長身の男――トビーを、俺とフネに紹介するアニカ。

言葉の中に若干の無垢な棘を感じるのは、二人の関係性の長さや深さを物語っていた。

彼はその紹介に、参ったなといった感じで、頭を搔きながら軽く頭を下げる。


「はじめまして、こんな感じのトビーっす。お二人が救国(きゅうこく)の勇者様っすね。……やや!?」


彼は顔を上げると、フネの前に瞬間移動した。

そして恐るべき早業で両手を(うやうや)しく取ると、地面に片膝をつく。


「なんとお美しい。まさか、こんな可憐(かれん)な少女がドラゴンを(しず)めた女剣士だったとは」

「かれん……」


フネがトビーの対応に、(とろ)けたような表情で空を仰いだ。

それからくるっと俺を振り返り、口角(こうかく)を不気味に吊り上げる。


「オサム。フネってば、やっぱ超絶うつくしくてかれんなんだって。もっとありがたがってよね!」

「――トビーさん。初めまして。道中よろしくお願いします」


俺はフネを無視して、トビーに手を差し出した。

そろそろ漫談(まんだん)も終わりにしないと、いつまで経っても出発ができそうにない。

彼は俺の言葉に視線をこちらに向けると、すっと立ち上がって、静かにフネの手を離す。

それから、突然真剣な顔つきになって俺の手をとった。


「ああ。任せてくれ。カーム山脈は俺も何度か踏破(とうは)したルートだ。だが昨今は魔物の活動が活発だと聞いている。あんたたちは優秀な冒険者なんだろう?そっちは任せるぜ」


握手する手とは逆の手で拳を作り、彼は俺の胸を軽く叩いてウインクする。

切り替わりの早さを見る限り、アニカの言う通り、仕事においては優秀で信頼が置けそうな男だった。


「じゃあ、そろそろ出発するっすよ。依頼人は先に乗っているので、皆さんもどうぞ!」


彼はそう言って、キャビンの扉を勢いよく開く。

中にはアニカ、フネ、俺の順で乗り込んだ。

全員が乗り込んだのを確認して、トビーが扉を閉めると、室内は少し薄暗くなる。


「窓、開けますね」

「……やめて」


アニカが部屋に備え付けの窓を早速開けたところで、消え入りそうな小さな声が狭い空間に流れ出た。

俺たち全員が、一斉に声の主の方を向く。

四角い部屋の一番奥に、静かに座っていたのは銀髪の少女――リズだ。

彼女は開けた窓から差し込む日の光に、少し眩しそうに目を細めると、再び口を開いた。


「ごめんなさい。小さい時から、お医者様に日の光をあまり浴びないように言われているの。そちら側の窓なら半分開いても大丈夫ですので」

「あ、あ……。こちらこそ、気付かずにすいません」


アニカは慌てて謝ると、窓を閉める。

再び室内は薄い闇に閉ざされて、お互いの顔が見えなくなった。

さすがにこのままでは不便だと、俺はリズが先ほど指し示してくれた彼女から一番遠い窓を、少しだけ開く。

同時に外から馬のいななきが聞こえ、ゆっくりと馬車は発車したのだった。

ようやく旅路の開始です。

はてさて、プロマネは今回どう立ち回ってくれるのか?

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