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第一話 PMは少女の願いを受け止める

「いやー。美味しかったね、オサム!」

「シチュー一杯で、パンを何個食べるんだお前は。店主が泣きそうな顔をしていたぞ」


はち切れそうなお腹をさすりながら、満足そうに店を出てきたフネに、俺は呆れ顔を向ける。

ガウェインに紹介してもらった店は、お昼の間はセットのパンが食べ放題で、財布に優しい店だった。

だがさっきの店主の青ざめた顔を見る限り、再訪(さいほう)は難しそうだ。


「なんだか、タダって言われると無限に食べれるんだよね」


ところどころまだ土がむき出しの街道(かいどう)を、石畳の部分だけ器用に渡り歩くフネ。

自分ルールでも課しているのか、なぜか表情は真剣そのものだ。

俺はそんな彼女の後を、ゆっくりと歩いてついていく。

周囲を見渡すと、相変わらず復興に勤しむ人の姿も見られたが、それ以外ではようやく日常の暮らしが戻りつつあるのがうかがえた。

数カ月前の魔物の襲撃(しゅうげき)による痕跡(こんせき)は、後わずかだ。


「あ、あれって、アニカさんじゃないか?」

「え?アーちゃん?」


俺は街道の向こうから走ってくる人影に気づき、顔を上げる。

水色髪のおさげを揺らしながら、俺たちの前まで小走りで近づいてくる女性。

アステリスク国のギルド支部職員である、アニカさんだ。

冒険者登録した時から、ずっとお世話になっている人である。


「ヨシダさん、フーちゃんさん、探しました」


俺たちの前で停止した彼女は、軽く息を整えながら、いつもの明るい笑顔を向けた。

結構長い距離を走ってきたのか、頬が薄っすらと上気(じょうき)している。


「そんなに急いで何かあったんですか?宿に言伝(ことづて)入れてくれれば、俺たちから……」

「お二人への緊急の依頼が入ったんです。依頼主の方が急いでいたので、私がひとっ走りってわけです!」


俺がかけた言葉を途中で(さえぎ)り、彼女は短く理由を語った。


「緊急ってなーに?この前は迷いネコの捜索で。その前は庭の草刈りで。えっとえっと、さらに前は……」


フネが俺の横で一生懸命、これまでの依頼を思い返して口にする。

確かにこの国で俺たちは少しだけ有名になり、名指しでギルドに依頼してくれる案件も多かった。

全部フネが挙げたような、おつかいのようなものがほとんどだったが、それでも常に金欠の俺たちにはありがたい話だ。


「違います。もっと大変な依頼なんです。今マスターが直接依頼主と話をしてますが、『古龍の遺跡』攻略と同様、高難易度指定されるようなものです」

「やったー!ついにこの天才魔法剣士フネ様の活躍に、ふさわしい冒険ができるってわけね!」


アニカが真剣な表情で説明するのに対し、フネは顔を輝かせて喜びを表現する。

少し前に捕まえた迷い猫を抱えながら、「こんなのが、世界に(とどろ)く勇者の仕事なの?」と不満げにしていたのを、俺は思い返していた。

どうやらフラストレーションを溜めていたらしい。

俺としては安全安心な依頼で、定常的に対価を得られるサイクルの方が望ましいのだが。


「ま、まぁ。ふさわしい冒険になるかはわかりませんが、とにかく一度ギルドに来て欲しくて」


アニカがフネの発言に少し気圧されつつも、ちらっと俺に目を向けた。

少し上目遣いな視線を受けて、俺はわざとらしく肩をすくめる。

お世話になっている以上、彼女のお願いを無下(むげ)にするという選択肢はなかった。


「わかったよ、アニカさん。一度ギルドで依頼の話を聞こう」

「やるやるやる!フネの剣が戦いを求めてる!」


俺とフネの声が重なる。

フネはすでに大剣の(つか)に手をかけ、鼻息荒く今にも走り出していきそうな勢いだった。

アニカがその様子を見て、苦笑しながら、俺と視線を交わす。


「バーサーカーか、お前は」


俺の漏らした呟きは、虚しく宙に霧散(むさん)していった。




ギルドに着いた俺たちは、受付のある広い空間の端に待たされていた。

木製の椅子に腰かけた俺たち三人は、小さな木のテーブルを囲んで、受付の先にある会議室からマスターが出てくるのを待っている。

ギルド内には、他にも数人の冒険者たちが掲示板の周りに集まっているのがうかがえた。

アニカ曰く、マスターが変わってからは依頼の独占もなくなり、フリーの冒険者たちも徐々に戻ってきているらしい。


「へえ。不思議な夢ですね。フーちゃんさんは、その女の人だったんですか?」

「うーん。そうだったんだけど、そうじゃないような……」


フネは今朝俺にした夢の話を、アニカにもしているようだった。


「でも赤い目って、あんまり聞いたことないですね。人間だったんですよね?」

「それは間違いないよ。しかもすんごい美人さん。フネとタメを張れるくらい」

「ふふ。フーちゃんさん、とってもかわいいですもんね」

「えへへ」


特にすることもなく二人の会話に耳を傾けていたが、話はただの友達同士の会話に転がっていく。

俺は仲良さげな二人から視線を外すと、パーソナル・ターミナルを取り出して、肩に乗ったモルモット――ピットに指示を出した。


「先ほどの会議の議事録を、今日欠席していた部長に送信しておいてくれ」


パーソナル・ターミナルは、手のひらサイズの端末のような外見で、現実世界と通信できる俺の能力の一端だ。

理屈は分からないが、そのお陰で今もこうやって元の仕事を続けられている。

そして肩で鎮座(ちんざ)するモフモフした有機物が、デバイスのUIだ。

俺はピットが表示した会議議事録に目を通しながら、ターミナルで次の進捗(しんちょく)会議の資料を手早く纏めていく。

今回は会社としてもRFPで、既存商圏(しょうけん)を独占していた相手から勝ち取ったプロジェクトとあって、気合の入り方が違っていた。

成功は当然として、新規の顧客(こきゃく)に顔を売るチャンスでもあるのだ。


「待たせたね。アニカくん。二人を奥の部屋に連れてきてくれないかい?」


俺が資料を八割ほど片付けたところで、受付の奥の扉が開いた。

中から出てきたのは、黒髪を短く整えた端正(たんせい)な顔立ちの中年男だ。

彼はよく通る声でアニカに声をかけると、俺たち全員を手招きする。


「はーい。では、お二人ともこちらへどうぞ!」


アニカは立ち上がって、俺たちを受付の奥に促した。

ギルドの今いるフロア以外に足を踏み入れるのは初めての経験だ。

アニカの対応からも、中年男が新しいギルドマスターなのだろう。

案内された部屋は、調度品(ちょうどひん)の一つ一つの質が先のフロアよりワンランク上で、応接室然とした様相(ようそう)だった。

中央に置かれた光沢(こうたく)のある机と、向かい合うように並べられたソファー。

真っ先に目を引いたのは、そのソファーにちょこんと座る少女の姿だ。

銀髪を肩まで伸ばし、透き通るような白い肌の子供。

だがその眼差しはどこか大人びていて、部屋に入ってきた俺たちを見ても、軽く頭を下げるだけだ。

妙に落ち着いた雰囲気の子供、というのが俺の最初に受けた印象である。


「お二人はそちらへおかけください。アニカくん、お茶をいれてきてくれるかい?」

「はい、マスター!」


アニカが中年男の声に明るく返事をすると、足早に部屋を出ていった。

俺とフネがソファーに腰を下ろすのを確認してから、ギルドマスターは対面の少女の隣に座る。


「ヨシダさん、アダチさん。お噂はアニカくんからよく聞かされてますが、実際にお会いするのは初めてですね。私はここに配属されてきた新任のギルドマスター、ノーマンと申します。よろしく」


座るなり笑顔でそう名乗ると、彼はまず俺に手を差し出した。

俺はその手を握り返し、軽く握手を交わす。

ノーマンは続けてフネとも握手をすると、すっと姿勢を正した。


「お二人には色々お話をお伺いしたいところではありますが、先に仕事の話をさせてください。まずは、こちらが今回の依頼主であるリズさんです」


切り替えの早さに、仕事ができる男を予感させるノーマン。

そのノーマンの紹介を受けて、銀髪の少女――リズは静かに頭を下げた。


「リズさん。依頼内容は私から話させていただいてよろしいですか?」


彼の提案に、再び無言でリズは頷く。

先ほどから一言も発していないのは、大人に囲まれて緊張しているせいなのだろうか。

彼女の態度や物腰からは、まだ何も(はか)れない。

ノーマンは机の上の書類に手をかけると、俺たちに時折視線を向けながら、依頼内容を説明し始めた。


「彼女の住んでいる国は少し遠方でして、アステリスク国から北東――カーム山脈を越えた先にあるエテルナという国です。馬車だと五日以上はかかるところですね。エテルナ国は小さな国ですが、レゾナンス鉱石という珍しいレアメタルの産出国として、その筋では比較的有名な場所です。鉱石の詳細は依頼書に纏めてありますので、後で目を通しておいてください」


ノーマンが喋りながら、俺に依頼書の(うつ)しを差し出してくる。

同時に部屋に戻ってきたアニカが、全員の前にカップを並べていった。

室内に少しスパイスの効いたお茶の香りが広がり、空気を和らげる。


「さて、リズさんの依頼ですが。依頼は二つ。一つは昨今突然国を襲うようになった、魔物の討伐と集落の特定。もう一つは国で流行する奇病の調査です」


俺は依頼書の写しに目を通しながら、ノーマンの話に耳を傾けていた。

魔物の襲撃はここ数カ月以内に活発になり始めたもので、集落が特定できず国も対処に困っているらしい。

そして問題なのは、もう一つの奇病の内容だ。

エテルナ国民が老若男女(ろうにゃくなんにょ)問わず、突然身体を硬直(こうちょく)させ、前後の記憶障害を起こすという摩訶不思議(まかふしぎ)なもの。

注釈(ちゅうしゃく)を読むと、敵対国からの魔法攻撃ではないか、と推測が添えられていた。


「どうして、俺たちを名指しで?」


俺の問いかけはノーマンに向けてではなく、先ほどから沈黙を守っているリズに向けたものである。

依頼内容は、一つだけでもかなり困難を(きわ)めそうであり、わざわざ彼女が俺たちを指名したことが純粋に疑問だった。


「……あなた方は、あのノアール大森林の古龍を(しず)められたのでしょう?」


リズが初めて口を開く。

子供特有の甲高い声ではなく、抑揚(よくよう)のない静かな声音(こわね)

だがその静けさとは裏腹に、彼女の両肩は小刻みに震えていた。


「最古の龍種であるあの御方は、ほとんど神話の生き物と言っても過言ではありません。それを鎮めたあなた方であれば、私の国もお救いいただけるのではないかと思った次第です」

「買いかぶり過ぎだ。それに……」


俺は真っすぐ見つめてくるリズから視線を外すと、天井を仰いで考え込む。

どう考えてもこの依頼は受注すると、長期間拘束されることは想像に(かた)くない。

今現実世界で手掛けているプロジェクトのことを考えると、しばらくはアステリスク国に(とど)まって、そちらに集中したいという思いがあった。

大型案件をブッキングさせる苦労は、前回で()りている。

だが――

もう一度リズの顔に視線を戻す。

相変わらず表情の読めない顔つきで、彼女は俺をじっと見つめたままだ。


「駄目、でしょうか?」


ぽつりと漏らした呟きは、感情がこめられているのか判断が難しい。

だが上目遣いになったその瞳は、微かに光が揺れていて、真摯(しんし)な気持ちだけは伝わってきた。


「だめなわけないわよ!全部このフネ様に、まっかせなさい!」


俺が言葉を返す前に、身を乗り出したフネがリズの両肩を抱き抱え、にっこり笑って言った。

それが承諾の合図となったのか、ノーマンが素早く依頼書に受領印を押す。

こうしてなし崩し的に、俺たちは遥か遠くの国が抱える、大きな問題に巻き込まれていくのだった。

オサムたちの冒険譚の第二弾です。

是非お付き合い頂けると幸いです。

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