第二十一話 PMは無双の少女と共に白き花を融和する②
白い空間に、紅い閃光が迸る。
光が倒れたフネに向かって伸びるのを目の当たりにした瞬間、俺の身体は自然と動いていた。
思考するよりも、疾く。
かかる重圧を無視して、フネの前に飛び出す。
俺の体幹では荷重に耐えきれず、すぐに前のめりに態勢を崩した。
刹那の間を置き――
脇腹を、焼けた鉄棒で貫かれたような激痛が走る。
フネの口が大きく開いていた。
何かを叫んでいるはずなのに、俺には上手く聞き取れない。
自分でもしまったと思う。
それでも仕方なかった。
論理とか正論とか打算とか、もはやそういう局面じゃない。
身体の力が抜けていき――
俺は倒れていたフネに覆い被さる形で、倒れ込んだ。
「ばかあ!!!!」
フネの怒声が、ようやく耳に届く。
彼女は怒りながらも、力のこもらない俺の身体を下から両手で受け止めた。
彼女と違って、俺の身体能力は並以下。
その辺の魔物でも攻撃が掠れば致命傷なのに、馬鹿なことをした。
だが、これ以上あのリズが、フネを傷つけるシーンを見たくなかったのだ。
どれだけ姿形が違えど、目の前の異形をフネがリズと信じているなら、なおさら。
フネは受け止めた俺をそっと純白の床に置くと、大剣の柄に手をかけた。
彼女の顔を見上げると、瞳は溢れる悲しみを押さえつけるように、揺らめいている。
――やめろ。
フネに手を伸ばすが、力が入らない。
相棒はぎこちなく大剣を構えながら、それでも俺を守るように立ち上がった。
「……お願い、元に戻ってよ!」
祈るような、フネの嘆きの声。
だが異形の者には届かない。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
絶叫と共に放たれた無数の闇の奔流が、フネへ襲いかかる。
彼女はそれら全てを、大剣の刃で迎え撃った。
剣を振るうたびに、漆黒の塊が砕け散り、弾けた瘴気が真っ白な床を汚していく。
悲鳴と黒い砲撃は、途切れることがない。
何度目かの迎撃で、フネの身体が僅かによろめいた。
ここまでの魔物との連戦。
目の前の異形の攻撃。
彼女の限界も近い。
「フネ、逃げろ……。このままじゃ、やられる」
「いや!」
俺が彼女だけでもと撤退を促すが、フネはこちらも見ずにきっぱりと拒否した。
もちろん、分かっていたことだ。
この俺の相棒は、究極に諦めが悪いのだ。
自分が守るといった者を放って、逃げ出すような女じゃない。
俺は何とか身を起こして、自身の身体の状態を確認する。
脇からは血が流れているが、出血量を見てもすぐに失血死するようなレベルではない。
少し痺れるが、まだ手足も動かせる。
だが、何ができるのだろうか。
俺は目の前の激戦を目にしながら、この魔の者をリズと仮定して、再び考察を改める――
リズは恐らくベラドンナと同じ魔族か、それに近しい人間ではない存在。
銀髪の小さな少女の正体が、目の前の異形だとして。
では魔物の襲撃は、リズの手引きによるものだったか。
――これは違う。
ベラドンナとリズが手を結んでいたのなら、ベラドンナが死んだのはおかしい。
リズは明らかにエテルナ国の一員として、オルセン王やグレンからも受け入れられていた。
それはこれまでのリズに対する彼らの態度で明白だ。
リズは魔物の襲撃から守る側の立場だった。
つまりベラドンナとは敵対関係にあったということ。
そしてもう一つ。
リズが人間ではない、人よりも強い存在であったとしたなら。
「ピット。以前聞いたロジックだが、高位の存在が低位の存在を眷属化させるというのは、例えば対象は魔物だけとは限らないか?」
「ナレッジにはありません。しかし可能性としてなら、ありえます」
「なるほど」
ピットの話を聞く限り、ロジックとして成立する可能性は十分ある。
人を眷属化させていたからこその、エテルナ国民の顧みない強さ。
この場合の上位種は、リズか。
となると石白化症とは、恐らく――
「きゃあ!」
フネの短い悲鳴。
彼女の手から大剣が零れ落ち、床に転がる。
リズはすでに絶叫を止めていた。
対峙するフネを紅い双眸で睥睨し、無言で右手を突き出す。
何もない空間から、リズの右手に唐突に斧槍が出現した。
それはベラドンナが持っていた物と、全く同じカタチ。
「リズ、やめろ!!」
俺は声を枯らして、叫ぶ。
しかしリズは斧槍を手にしたまま、緩慢にフネへと歩み寄った。
フネはすでに抵抗する力を失っているのか、それともここまできても彼女を攻撃できないのか――
ただ黙って、接近するリズを待つ。
俺は一息吐いた。
リズの斧槍が振り上げられる。
恐らくこの子には、もう意識がないのかもしれない。
契機を与えてあげないと、止まれない。
だがそれは、フネであってはいけないと思った。
相棒こそが、ずっと彼女の理解者だったのだから。
そうなってしまっては、後々ふたりに傷が残る。
「リズちゃん……」
フネが振り下ろされる斧槍を前に、瞳を閉じた。
俺はすでに身を起こして、駈け出している。
あの巨大な斧槍を受け止めるには、あまりにも貧弱な自分の身体を微かに呪った。
『……アァアアアアアアアア$%¥¥&!?』
「オサム!?」
リズとフネの声が重なる。
俺はどうにか間に合ったことに、小さく息を漏らした。
斧槍の穂先が、左胸のすぐ横を貫通している。
衝撃で骨や筋肉が砕け散ったのか、痛みは先ほどの比ではなかったが、頭は驚くほど明晰だった。
目の前のリズが大きな瞳から、一筋の紅い涙を零す。
俺は手を伸ばして、それを拭い取ってあげた。
『……オサム様、フネ様』
その声音は物静かな銀髪の少女――俺たちの依頼人のもの。
黒く染まりかけていた床が、再び白く反転していく。
ただの賭けだったが、どうやら賽の目はベットした方に転がってくれたみたいだ。
「君が、石白化症の原因だったんだな」
『……?』
俺の投げかけた言葉に、リズは心底不思議そうに首を傾げる。
その反応だけで十分だ。
やはりこれは、ただの悲劇。
『オサム様。私、なんてことを……』
リズがおろおろと、異形の姿のまま慌てふためく。
視線を落とすと、貫かれた箇所から止めどなく血が溢れ出しているのが見えた。
こういう場合、引き抜くのはまずかっただろうか。
「なんでよわっちいのに、いっつも馬鹿をするのよ!ばか!」
「すまん」
フネが泣きながら、俺の胸をポカポカと叩く。
なるほど、止めを刺しに来ているのか、と俺は苦笑しながら、次第に薄れゆく意識に微睡んでいった。
目を覚ますと、頭越しに柔らかい感触が伝わってきた。
ゆっくりと開いた視界に飛び込んできたのは、相棒の心配そうな顔と、紅い瞳のリズ。
「つ……。どれくらい寝てた?」
「動いちゃだめ。リズちゃんが手当してくれたけど、酷い怪我なんだから」
少し頭を動かす。
白い空間。
先ほどまでと同じ場所。
さして時間は経っていないようだ。
「いや。あまり時間がない。エレノアの元へ戻らないと、この国が荒らされる」
俺は心地良い膝枕に、少し名残惜しさを感じながらも、半身を起こす。
だがその前に、はっきりとさせておく必要があった。
「リズ」
『……はい』
フネの横に座ったリズが、俺の呼びかけに背筋を伸ばして、真剣な面持ちで頷いた。
長い銀色の髪が、さらりと揺れる。
ここからは突合と整理、そして今後の対応について決めていかなければならない。
「君がエテルナの国の人たちを、眷属化させていたのだろう?」
『はい』
「君はベラドンナと同じ、魔族なのか?」
『はい』
「そうか。だがエテルナの敵ではない。むしろ守りたいが故に、ギルドやサザンドールへ救援要請を出した」
『はい』
「魔物の襲来がベラドンナによるものというのは、分かっていたのか?」
『彼女は……』
リズによる告白が、滔々と語られる。
『私の名はリコリス。もっと旧い名もありましたが、数百年前に棄てました――』
『オサム様が仰る通り、私は魔族です。魔族と人間は永い間、戦争を続けてました。ベラドンナが使っていたあの要塞も、当時使われていたものです』
彼女が『古血の要塞跡』で、灯りの入力装置を見つけてくれたことを思い出す。
『私はベラドンナよりも、もっともっと。遥か昔から生きてきました。戦争にも数えきれないほど、参加しました』
『私は強い魔族でした。もちろんフネ様ほどではありませんが、それでも私の人生は常に戦いの中にしかありませんでした』
リズ――リコリスと名乗った魔族は、美しい貌で唇を震わすように動かした。
『ある時、激しい戦いで、私は大きな怪我を負いました』
『死んでも良いと思ってました』
『しかし、私は何の因果か、この小さなエテルナという国に流れ着きました』
紅い眼差しは、嘘偽りなく語らっているように見える。
だが何か決定的なことを、彼女は端折っているような気がした。
フネが静かに話を続けるリコリスの横顔を、見つめる。
『エテルナの国の人たちは、この姿の私を見ても、優しく受け入れてくれました』
『私はこの国が好きになりました』
『しかし小さな国は、外敵の非常に多い国でした。あの鉱石を狙う、様々な国の標的にされていました』
俺はサザンドールとの外交に戸惑うリズの姿を、思い返した。
それから、眷属化の「なぜ」に気づく。
「だから、国民一人一人を強化したのか」
『……はい。ご高察の通りです。私は国を護るためという名目の下、エテルナの住民全員を自分の眷属にしました』
「傀儡――国家か」
『そんなつもりじゃ、なかったんです!』
初めて異形になったリコリスが、激昂した。
真っ赤な瞳を大きく見開いた彼女は、しかしすぐに昂りを押さえて、唇を噛む。
絞り出すような、か細い声。
『そんな……つもりじゃありませんでした。私の眷属化の力は、人の意思を奪うものではありません。でも……やっぱり、それは私の独善なのでしょうね』
「そうだな。意思を奪わなくても、外部から強制される効果は、健全なシステムじゃない」
『は……い』
目を伏せるリコリス。
長い睫が影を落とし、彼女の表情を昏く陰らす。
フネは珍しく何も言わなかった。
彼女は自分よりも大きなリコリスの肩を抱き寄せると、まるで子供をあやすように角のある頭を優しく撫でる。
「恐らくは、システムの不全だよ。石白化症の正体は」
『……え?』
フネの胸に顔を埋めていたリコリスが、俺の言葉に顔を上げた。
「ここからは推察なので、実証してみるしかないが。長期間、人間に影響を及ぼしていた君の力は、恐らくオーバーヒートを起こした。システムクラッシュからの、機能停止。この辺が原因だと思う」
『そんな……』
「だから、君がそれを止めれば、病は治まるはずだ」
きっぱりと俺は告げる。
だが、リコリスは首を何度も横に振って、嫌々をした。
彼女が拒否する理由も、もちろん分かっている。
「他国との交渉は、俺がやるよ。サザンドールのエレノアと交渉して、エテルナの国防は調整する。もちろんレゾナンス鉱石に価値があるからこそ、できる交渉になるとは思うが。そこは任せてもらっていいかな?」
『……でも、きっとみんな、許してくれない……』
「その辺は俺とフネからも、きちんと説明するよ。パワーポイントの筋書きは、頭の中ではできている」
『……う、うぇ』
あまりにも、子供の泣き方だった。
数百年生きた魔族は、フネに抱き締められ、堰を切ったように大声で泣き出す。
こうしてようやく、このプロジェクトにもカットオーバーが見えてきたのだった。
もう少し続きます。
まだまだ力量不足ですが、最後までお付き合い頂けると幸甚です。
それにしても、仮説からの検証のサイクルは結構陥りがちですが、私ってば、大体最初にそれっぽい仮説を立てるのが得意なんですが…ほとんど間違ってるんですよね笑
センス無いです。




