第十九話 PMは深層の真相を勘案する
俺たちは再び、王宮を目指していた。
助けるべき小さな依頼人は、必ず王宮の奥にいる。
フネはそう確信していたし、俺ももはや疑ってはいなかった。
「なんだかこいつら、強くなってる!」
街中に巣食う魔物たちが、俺たちに次々と襲いかかってくる。
眼前のオーク・キャプテンが振り下ろした巨大な戦斧を、大剣で受け止めながら、フネが叫んだ。
俺は彼女の背後で、ピットに素早く分析を依頼する。
「ピット、魔物たちの眷属化は解けてないのか?」
「解けてません。解析した結果、魔物たちは以前よりもさらに強化された支配を受けてます」
巨大な豚の魔物が、フネの大剣で腕を斬り落とされる。
しかし彼は意に介した様子も、悲鳴すら上げずに、残された腕を使い斧で攻撃を繰り出してきた。
「んきゃ!」
小さな悲鳴を上げて吹き飛んできたフネに巻き込まれ、もつれるように俺たちは地面を転がる。
「大丈夫か、フネ!」
「へーき!オサム、あの得意のかげぶんしんで、ちょっくら敵を散らしてくれない!?」
すぐに起き上がったフネが、目の前の片腕のオークに斬りかかりながら叫んだ。
一体に手間取っている間に、周りからはうじゃうじゃと何体ものインプ・クラッカーが集まってきている。
俺は素早くピットに指示を出し、自分と同じ姿のAR複製体を、奴らの進行方向とは逆に出現させた。
集まってきた緑の小鬼たちは、つられるように向きを変えて離れていく。
しかし、それも焼け石に水だ。
「オサム。前からもきてる!」
顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは、見慣れた灰色の毛並みに蒼い一本線の銀狼――キリング・ウォルグ。
フネが倒したオークの屍を乗り越え、数十体の彼らが今度は道を塞いだ。
連携の取れた動きで、フネ目がけて突進してくる。
複製体を出現させたが、彼らはそれを無視してフネだけを集中攻撃してきた。
学習――されている。
「くっそだらー!」
彼女は大剣を振り回し、最初に飛びかかってきた二体を一撃で弾き飛ばした。
だが波状で突撃してきた死角からの三体目の頭突きをまともに食らって、今度は彼女が吹き飛ぶ。
飛んできた彼女の身体を受け止めたが、勢いは殺せない。
またしても一緒になって、ごろごろと地面を舐める俺たち。
至近距離でフネを見ると、彼女はぺろりと舌なめずりをして、目を爛々と輝かせていた。
続けざまに倒れた俺たちに向かって、魔物の息も吐かせぬ波状攻撃が驟雨の如く押し寄せる。
「やば……」
俺は咄嗟に、フネを庇うように前に出ようとする、が。
「ちょうしのんなー!フネちゃんびーーーむ!!」
それよりも早く、ふざけたかけ声と共に、強力な熱線が狼の集団を貫いた。
至近距離で魔法の余波を受け、髪の焦げた匂いが鼻腔を刺激する。
数十体いた銀狼たちは、断末魔の悲鳴を上げることもなく、瞬時に蒸発霧散した。
黒髪を頬に張りつかせ、不敵に笑う相棒の横顔。
俺が彼女に声をかけようとしたところで、突然空が暗くなった。
「まじか……」
安堵の息を入れる間もなく、天を仰ぐ。
そこには翼を生やした無数の巨鳥が、空を旋回しながら俺たちを悠然と見下ろしていた。
さらに視線を戻すと、今度は住居の影や、道の向こうからも続々と魔物たちが沸き出てきているのが見える。
――際限がない。
俺は肩に乗るモルモットの背を撫でると、小さく呟く。
「王宮までのルートを再計算。可能な限り、脅威を避けてくれ」
俺たちの目的は魔物の討伐じゃない。
リズを救い出すこと。
こんなところで、もたついているわけにはいかなかった。
狭い路地は、大通りと違って魔物の数がまだ比較的少ない。
王宮まではかなり大回りになるが、さすがのフネの戦力をもってしても、あの数の正面突破は無理と判断した。
時間はないが、急がば回れ。
俺とフネともふもふ一匹は、曲がりくねった細い小道を全力で駆け抜けていく。
主を失くした住居群から、時折飛び出してくる魔物たちを大剣で蹴散らすフネ。
俺は走りながら、前を行く彼女に話しかけた。
「なあ、フネ」
「ん?」
「リズを助けたいのは分かったんだが、あの子は一体何者なんだ?」
ずっと気になっていたことだ。
あの時フネがエテルナに誰も入ってこないように、立ち塞がった理由を聞いた。
ロジカルでもなく、欠片を繋ぎ合わせたような彼女の口ぶりだったが、要約すると俺に伝わったことは一つ。
不思議な話だが、リズに夢の中でお願いされたから――と。
「わっかんない!」
彼女は目の前の小鬼を大剣で斬り伏せ、叫んだ。
緑の矮躯が縦に割れ、地面に崩れ落ちる。
走る勢いを落とすことなく、疾走を続ける俺たち。
今度は両脇の倒壊した建物から、左右同時に銀狼が鋭い爪をたてて飛びかかってきた。
「でも、フネはリズちゃんだったの!彼女は助けなくちゃいけない!」
やはり要領を得ないことを口走りながら、彼女は右方から強襲する狼を、大剣の刃で地面に圧し潰す。
さらに左方の魔物には、勢いを乗せた回し蹴りを腹に目がけて叩き込んだ。
錐もみしながら、地面を何度もバウンドするキリング・ウォルグ。
だが――
これまでだったら、彼女の一撃で昏倒していたはずの彼らは、地面を跳ねるとすぐに反撃に転じてきた。
執拗な爪攻撃が、フネを襲う。
「しつこい男は嫌われるんだからね!」
鋭い爪のラッシュを、刃の背で受け流していくフネ。
軽口を叩いているが、全てを防ぎきれずに、彼女の腕や脚には次々と赤い線が刻印されていく。
狼たちの執念めいた怒涛の連続攻撃は、途切れることがない。
しかもフネは俺に被害が及ばないように、常に位置関係を気にしながら戦っていた。
「ピット、弱点分析を!」
「弱点――存在しません」
俺もできることがないかと、ピットに指示を出すが、返ってきたのは無情な回答だ。
以前は眼前の個体の弱点を表示させていたはずだが、存在しないというのはどういうことだ。
俺の意図が伝わったのか、ピットが即座に続ける。
「弱点で表示させていたのは、機能を低下させる中枢。しかしこの個体はどこを攻撃しても、機能を低下させる核がありません」
「倒すには?」
俺が聞き返すのと、フネが二体の頭部を雄叫びと共に斬り飛ばしたのは同時。
地面をゴロンと転がってきた銀狼の頭が、俺のつま先にあたって止まる。
足元のピットがそれを小さな前足で触れながら、首をもたげて答えた。
「生命の源を、絶つしかありません」
死ぬまで止まらない、ということか。
どこかで見たような、魔物の戦い方の変異。
自警団やテオ、国の住民たちの、生命を投げ出すような戦いぶりに酷似している。
俺はその類似性に気づき、同時に共通したある根底に気づく。
魔物の眷属化――
意思を持たぬモノに、上位種が知能や感情を与える事象。
今回の魔物たちの戦い方の変化と、テオが自慢したエテルナ国民の強さ。
意思を持つ者にも、同様の影響を及ぼすことができるのだとしたら。
――だが、どうしても一つ分からない。
ホワイダニットが、あの子に繋がらない。
「オサム、急ぐわよ!また、集まってきた!!」
フネが声を荒げると同時に、強引に俺の手を取って走り出した。
引きずられるように、俺も慌てて駆け出す。
住居の屋根の上では、いつの間に集まってきたのか、無数の魔物たちの目がこちらを見下ろして光っていた。
王宮までは、まだ距離がある。
ピットが薄い青色で宙に描いたAR最適ルートは、まだ先が見えずに路地の向こうに続いていた。
フネの魔法の一撃が、見たこともない大型の魔物の腹に穴を穿つ。
ズシンと重い音をたてて、崩れ落ちる巨大な骸。
相対する彼女は大剣を杖代わりにして、肩で荒い息をしていた。
衣服がところどころ破れ、露出した肌からは血が滲んでいる。
「んがー。いくらなんでも、おおすぎよ!きりがない!」
「いや、そろそろ終わりみたいだぞ。あそこを見ろ」
立ち止まったフネの腕を掴み、俺は持っていた布で滲んだ血を拭いながら、遠くに見える王宮と思しき建物の尖塔を指し示した。
ここまでに彼女が倒した魔物の数は、優に百体を超えるだろう。
しかしそれでも、国の中に蔓延る奴らの数からすれば、減った内に入らない。
このままこの国が魔物の国と認定されれば、恐らくギルドや周辺国が総力を挙げて討伐に乗り出す。
それはエレノアのタイムリミットの話に関係なく、疑いようのない事実だ。
そしてそうなれば、この国は自然と滅びる。
リズが一生懸命に守ろうとした、エテルナの終わりの未来――
「必ず。俺たちがなんとかしないとな」
「あったりまえでしょ!」
ぼそりと呟いた俺の言葉に、幾分呼吸を整えたフネが大きな声で応える。
彼女は疲れを感じさせない様子で、大きく胸を張ると、俺と同じく王宮を指差して口角を上げた。
凄みのある笑みは、いつもと変わらず頼もしい。
「ぜーったい。助け出してあげるんだから!約束したんだもん!」
その時ピットがアラームを鳴らす。
この音は、部下からのslack個人宛メッセージだ。
決め顔のフネをとりあえず置いて、俺は通知のメッセージに目を通す。
昨夜俺が依頼したエビデンス集めの結果が、そこには綴られていた。
「なーによ!まさか、こんなとこまで仕事とかいわないわよね!」
「こっちはこっちで、かなりやばいんだよ」
「リズちゃんのが、大事なんだから!」
宙に照らされた出力メッセージを邪魔するように、フネが表示されたログに顔を突っ込む。
文字がフネの顔で潰れるが、その頃にはすでにあらかた見終わっていた。
やはり商用システムの稼働停止は、アウトテクニカで発生したものと同じ事象だった。
そしてメッセージの先に書かれていたのは、俺が分からなかった「誰が、なぜ」ということの顛末。
RFPで争った競合他社の元派遣エンジニア。
彼は数十年、同じプロジェクトに貢献してきた筋金入りのプログラマーで、旧ネットバンクシステムの礎を創り上げたといっても過言ではない実績を誇っていた。
だが今回我が社に破れたことで、組織再編の中、彼は居場所を失う。
自分が創り上げたものを奪われ、職も奪われた彼がシステムに仕掛けた時限式のウイルスが、今回のトラブルの原因だったのだ。
旧システムに潜ませていたそれをファイルごと吸い上げたアウトテクニカで、同じ事象が発生したことから、俺は真相に辿り着いたが、そうでなければ誰も分からないような精巧なコードの海に仕掛けられた罠。
事件が発覚した後、彼は素直に自首したという。
誰よりもシステムを愛していた育て親の、哀しい結末だ。
俺は胸が痛くなるのと同時に、小さな符合に思いを馳せる。
悪意ではない悪意。
これは、そういうことなのだろうか。
「――さ、行くぞ」
俺はフネの頭をくしゃくしゃと撫でると、王宮に向かって歩き始めた。
彼女は少しだけ不満そうに頬を膨らませながらも、俺の後に続く。
ここまでの戦いの連続で、すでに日は傾き始めていた。
残された時間は、後僅か――
あゝ
次回予告と違う展開…
それにしても実際のRFPは、事前にある程度既定路線が決まっていたりします。
クライアントは一つの企業に偏重しないように、バランスを取ったり、これまでや今後の付き合いを加味したりします。
もちろん表向きは様々な角度でポイントを並べて、選定するわけですが、大人の世界は結構汚かったり。




