第十八話 PMは相棒の意を汲み共謀する
「外部顧問様。起きて」
凛とした声が、上から注がれた。
俺は微睡みの中、ゆっくりと目を見開く。
徐々に明瞭となる視界に、すらっとした二本の脚が聳え立つのが見えて、俺は慌てて身を起こした。
どうやら仕事をしながら、そのままテントの床で意識を失くしていたらしい。
もちろん声の主は、サザンドールの美人外交官――エレノアだ。
「これから、作戦会議を始めるの。来てもらえる?」
「……二人は?」
俺は立ち上がると同時に、彼女の言葉に被せるように、昨日繰り返した質問を投げかける。
だが彼女は答えるよりも先に、さっさとテントの外に向かって歩き始めた。
――悠長に会話をしている時間はないようだ。
最初に見たピンクのパンツスーツ姿を追いかけ、俺も天幕の外に出る。
外に出た瞬間、日の光に思わず立ち眩みを起こした。
ぐらりと傾く身体。
柔らかい腕が、俺を支える。
「しっかりしなさい。昨夜、あまり眠れなかったみたいね?」
エレノアが少し叱るような口調で、俺の顔をじっと見つめた。
切れ長の瞳に映る自身の姿は、まるで幽鬼の如く生気がない。
一晩かけて報告書を書き上げた後か、障害対応でマシンルームに籠っていた時の顔つきだ。
「すまない」
俺は掴まれた腕をそっと離して、足腰に力を入れ直した。
大地をしっかりと踏みしめ、一度天を仰ぐ。
抜けるような青空と、緑の香りを運ぶ風が心地良い。
「……大丈夫だ。行こう」
再び歩き始めた俺の横を、エレノアが気遣うように歩幅を合わせて歩く。
距離が近いのは、俺がまた倒れた時に支えられるようにだろう。
言葉にしなくても、態度だけでエルフの優しさが伝わってくる。
子供を騙して有利な契約を進める非情な部分もあるが、その姿勢が彼女の性格を形成しているわけではないのは、何度かの付き合いで分かってきた。
「テオ様は、峠を越えたわ。まだ油断ならないけど、命は大丈夫よ」
「本当か!」
「ええ」
彼女の横顔は朗報を伝えたはずなのに、浮かない様子だ。
胸の奥が、嫌な冷たさを覚える。
「フネは?」
「……フネ様は、恐らく……目覚めたみたいだわ」
彼女にしては、歯切れが悪い。
言葉には不穏な含みがあり、俺はさらに質問を続けようとしたが、エレノアはその追及から逃れるように足を速めた。
彼女の向かった先では、人だかりができている。
青空の下に設置された長机と、周りを取り囲む鎧に身を包んだ戦士たち。
さらには少し離れた場所にも、無数の兵が控えていた。
喧々囂々とする彼らは、エレノアの到着に皆一様に静まり返る。
「関係者も揃ったので、作戦会議を始めるわ」
彼女は机の上に手を置き、集まった面々を一瞥した。
それだけの所作で、屈強そうな者たちは皆、緊張の面持ちで彼女に注目を集める。
大層なカリスマ性を持ったリーダーだ。
俺は感心しながら、彼女の隣に立つ。
フネのことは気がかりだが、目覚めたというのであれば、この場の中にいてもおかしくはない。
エレノアが机に広げたエテルナ国の見取り図をベースに、皆に指示や作戦を伝えるのを聞きながら、俺は視線だけを人だかりに向けた。
昨日言っていた追加の兵とやらが、補充されたのだろう。
集まった戦士たちの数は、ざっと見渡しても数百は下らない。
アステリスク騎士団のように全員同じ装備というわけではない、様々な出で立ちの集団。
だが少なくとも、視界の範囲内に相棒の姿は見つからなかった。
目立ちたがり屋の彼女なら、これだけの混成部隊でもすぐに見つかるはずだった。
「――問題点は二つ。ここからは、エテルナ国の外部顧問であるオサム様の意見も聞きたいわ」
フネの捜索に意識を向けていた俺は、いきなり自分の名を呼ばれて慌ててエレノアに顔を向けた。
彼女は真剣な表情で、じっと俺を見つめてくる。
顔立ちが整っているせいで、威圧感が半端ではない。
俺は喉を一度鳴らすと、小さく顎を引いた。
否、引かされた。
その様子を見てエルフは満足したように視線を戦士たちに戻すと、声のトーンを一つ落として口を開く。
「まず一つ目の問題。エテルナの魔物たちは、動けなくなった住民たちを人質にとっている」
「そんな……」
俺は彼女の言葉に、思わず呻き声を漏らす。
人質を取るということは、魔物たちが意思をもって動いているということになる。
魔物たちを眷属化していた張本人であるベラドンナは、死んだはずだ。
結局あの魔族が死んでも、何一つ事態が好転していないことに、俺は激しい徒労感を覚えた。
だが次に語られる問題は、俺にとってより深刻な内容だった。
「そしてもう一つ。エテルナの入り口に、一人の人間の戦士が立ち塞がっているわ。先に人質解放で忍ばせた先遣隊は、彼女によって全員追い返されてしまっている。そうよね?」
「はい。エレノア様。私の部隊は、彼女のせいで撤退を余儀なくされました」
エレノアの正面に立つ、立派なロングソードを手にした若い戦士が苦い顔で頷いた。
よく見ると彼の銀の鎧は、肩と腰の部分が大きく陥没して、拉げている。
その立ち塞がったという者に、やられたのだろうか。
エレノアは彼の言葉を受けて、再び俺を見つめた。
瞳が少し憂いの色を帯びて、複雑な感情を滲ませている。
少しの間をおいてから、彼女はきっぱりと言い放った。
「オサム様。立ち塞がっているのは、フネ様です――」
部隊は最小限の人数に留めて、俺とエレノアはエテルナ国に向かった。
野営場所から、そこまで遠くない場所。
街道を歩く足取りは、自然と重くなる。
「フネ様の説得、お願いするわよ」
「分かった」
横を歩くエレノアが念を押すのに、俺は神妙な面持ちで答えた。
彼女が語った作戦の内容は、単純だ。
人質となっているエテルナの住民たちを救出するため、魔物たちの注意を逸らす。
そのために、まずは破壊された門の前で陣取っているフネを、説得する必要があるとのこと。
なにせ先遣隊の者たちが言うには、国に一歩近付いただけで、問答無用で彼女の手痛い洗礼を受けるらしい。
奇声を発していたとか、人間離れした跳躍で飛びかかってきたとか――それだけを聞くと、あまり普段と変わらない気もするが。
「エレノア様。説得が効かない場合は、対象を実力行使で黙らせても良いですか?」
精鋭で集められた戦士の内の一人、鋭い眼差しの男がエレノアに耳打ちする。
俺にも聞こえるように言っているのは、警告や牽制の意味合いが強いのだろう。
「無理よ。貴方は見ていないから仕方ないけど、私たちの戦力で抑え込むのは不可能」
「そ、そこまでですか。たかが少女一人でしょう?」
「……」
矜持を刺激されたのか、戦士はエレノアの言葉に食い下がった。
彼女は答えずに、俺をちらりと見つめる。
俺から答えろ、ということを暗に目が物語っていた。
「ただの少女と思わないでください。正直、説得が無理なら一旦撤退するのがベストです」
「しかし……」
「あそこ、見えますか?」
俺は人差し指を山の向こうに向けて、戦士に視線を促した。
彼は促されるまま、顔を遠くに見える山の斜面に向ける。
そこは以前フネが広場から放った爆裂魔法の影響で、巨大なクレーターが形成されていた。
「フネが前に魔物に向けて放った結果です。分かっていただけましたか?」
俺の説明に、彼は絶句したように目を見開き、やがて無言で首を縦に振った。
やはりこういった類は、結果を見てもらうのが早い。
だが今度はエレノアが、冷静な口調で会話に口を挟んできた。
「一旦撤退というのは、ナシよ。時間の猶予がないわ」
俺は怪訝な顔で聞き返す。
「時間の猶予がない?」
「ええ。恐らく近い内に、ギルドの依頼を受けた冒険者たちがやってくるわ。彼らは魔物を退治はするけど、人質の安否は気にしないはず。つまり事情を知っている私たちが片をつけるしかないってわけ」
「――!」
今度は俺が口を閉ざす番だった。
昨夜仕事と依頼の原因分析に没頭し過ぎたあまり、トビーに警告されていたことを、今の今まで忘れていたのだ。
トビーに言っていたような、冒険者向けの説明資料を作成している余裕はない。
「急ぎましょう」
俺は短く告げると、歩く速度を速める。
依頼人が本当に望んでいたのは、魔物の討伐でも病の原因究明でもなく――きっとエテルナそのものだ。
リズが悲壮な顔で叫んだ「私の国」という言葉が、脳裏を過ぎる。
街道の先にはようやく、エテルナ国の姿が見えてきた。
まだ遠目にしか様子はうかがえないが、不気味な静けさと異質さが、遠く離れたこの場所まで滲み出てきている。
そしてほどなくして、俺たちはエテルナへと辿り着いた。
禍々しく異様な奇観。
動かなくなった人々が、国を取り囲むようにずらりと垣根を築いている。
大人も子供も、老人も。
皆々、直前まで戦っていた姿勢で固まっていた。
そして彼ら一人一人に、纏わりつくように数体の魔物が寄り添っている。
彼らは停止した人間たちを襲うでもなく、つかず離れずの距離で蠕動し、全体が一つの巨大な生き物の様相を呈していた。
うねり、重なる、人と魔物のオブジェ――
美しく長閑だったエテルナ国の姿は、そこにはなかった。
「あそこよ」
エレノアが指す方向に、俺は視線を向ける。
元々巨大な外門があった国の玄関口。
すでに完全に崩壊して、瓦礫が重なる中に、彼女の姿はあった。
見慣れた巨大な大剣を手にして、仁王立ちで佇む少女。
俺たち一行が魔物たちを警戒しながら近づくと、すぐさま彼女が反応して大剣を構えながら声を荒げた。
「それ以上近寄ったら、よーしゃしないよ!」
俺はその様子を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
少なくとも何かに操られたり、彼女自身が変容しているようには見えなかったからだ。
エレノアが両手を上げながら、慎重に黒髪の少女――フネの前に進み出る。
フネの大剣の切っ先が、外交官に向けられた。
「び、美人エルフさんでも、ちかづけばキルよ!」
エレノアに剣を向けられると同時に、両脇の戦士が武器を構える。
それを片手で制しながら、長い耳をピンと張りつめさせて、彼女はさらに一歩フネに近づいた。
「落ち着いてください、フネ様。我々は貴女と……」
「だめ!」
外交官の言葉を遮り、フネが大剣を振り下ろす。
凄まじい轟音と共に地面が陥没し、地割れがエレノアとサザンドールの戦士たちに伸びた。
戦士の一人が驚愕の表情を浮かべながらも、素早く外交官を抱えて難を逃れる。
幸い俺のところまでは距離があったので、余波の影響は受けなかったが、フネの本気度合いに俺は内心困惑していた。
彼女に恐怖を覚えたわけではない。
あのフネが、ここまで拒絶する理由が分からないことに、混乱したのだ。
「……オサム様。やはり説得は、私では無理みたい」
俺の隣まで戻ってきたエレノアが、耳打ちする。
サザンドールの選りすぐりの精鋭たちは、一気に緊迫した様子でフネと距離を取り、めいめい武器を構えて対峙した。
だがフネはそれ以上追撃をしてくる様子はなく、大剣を地面に突き立て、再び直立姿勢に戻る。
「早くフネ様に道を譲ってもらって、エテルナ国内の魔物を殲滅しないとならないの。冒険者たちに荒らされる前に、鉱山の情報だけでも確保しておかないと」
エレノアがさらに身を寄せ、早口で捲し立てた。
住民たちを救えるなら救いたい――
これは国交を円滑に継続させるための、重要な要素なのは間違いない。
しかしそれが叶わないなら、最悪レゾナンス鉱石の情報資産だけでも入手しておきたいというのが、敏腕エルフの次善の策だと理解する。
計算高い彼女なら、当たり前のロジックだ。
「とりあえず、まずはフネの考えを聞いてくるよ」
「……任せたわ」
俺は特に手を上げるでもなく、ただ普通にフネに向かって歩を進める。
エレノアや他の戦士たちが見送る視線を背に受けながら、俺は相棒の傍までゆっくりと近づいていった。
「……」
フネは攻撃を仕掛けてくることもなく、ただ真っすぐに俺を見つめている。
大きな黒い瞳の奥底が、ゆらゆらと揺らめいていた。
どこか今にも泣き出しそうな様相。
彼女の目の前に立った俺を、フネは無言で見上げた。
それから小さく、俺にだけ聞こえる声で囁く。
「――を――たい。――は、ゆ――たの。だから」
「――とか」
「――お願い」
彼女の言葉はたどたどしく、要領を得ないところも多々あった。
だが一つだけ。
フネが大事にしているものが何かだけは、理解する。
――それで十分だ。
俺がその意外に小さい肩に手をかけると、彼女は僅かに身体を弛緩させた。
彼女の顔から険が取れたのを見て、俺は小走りでエレノアの元へ戻る。
「ここからは別行動をさせてもらう。エテルナは、俺とフネで何とかする」
俺は外交官に、きっぱりと宣言した。
長く説明する時間はないし、どう上手く話しても今はロジカルに説明できる自信がない。
周りの戦士たちが不満を露わにざわめきだつ中、俺とエレノアは短く言葉を交わし合う。
「あの数の魔物を二人で?」
「ああ。教えてくれた通り、眷属化された魔物たちだ。根本原因を取り除けば、無力化できる」
「住民たちはあのまま?」
「人質は、俺が代役を用意する。その隙に助け出してくれ。その後は可能な限り、安全な場所に集めておいてもらえると助かる」
「簡単に言ってくれるわね。こちらの見返りは?」
「サザンドールとしても、国と住民が共に助かる方がメリットあるだろう?鉱山とノウハウだけ手に入れても、立て付けと人件費を考えれば交易の存続がベストなはずだ」
「……半日しか待たないわ。日が沈むまでに、ここに貴方たちが戻ってこなければ総力を挙げてエテルナに攻め入る」
「十分だ」
交渉は、時間にしたらものの数分。
美人外交官は最後に大きく溜息を吐くと、端正な顔を微かに歪めて、それから部下たちにてきぱきと指示を始めた。
人質救出作戦を速やかに終え、俺とフネは無数の魔物が蠢くエテルナ国の中に、足を踏み入れる。
タイムリミットは日没まで。
俺たちの依頼達成に向けた、最後の戦いが始まった。
物語も終盤
ほんわかほのぼのコメディーも、ラストに向けて疾走中です!
次回
フネがご飯を残したって!?
この一大事に、アステリスク国あげての、かつてないグルメバトルが幕を上げる!
アニカのフライパンが華麗に空を舞い
ガウェインの出刃包丁が閃光を放つ
飛び入り参加のエレノアも参戦して
果たして勝者は誰の手に!
乞うご期待




