第十七話 PMはトラブル対応で奮起する
ピットのアラームは、以前相談してきた部下からのものだった。
今この状況で冷静に判断できる自信はまるでなかったが、それでも俺はAIに会議チャネルを開くように指示する。
自分でも悲しいまでの、プロマネの習性。
加えてどちらか一方を切り捨てられない、俺の性分。
「吉田さん!ようやく繋がった!」
サザンドールの野営キャンプ内に、ウインドウ越しの部下の悲痛な叫び声が響いた。
声音から察するに、緊急度激高の事態だと容易に想像がつく。
顧客からの特大クレームか、システム障害か――あるいは、その両方か。
俺は現実世界側から舞い込んできたトラブルに、思わず口角を上げた。
こちら側があまりにもピンチ過ぎて、むしろ奇妙な安心感さえ覚える。
フネは相変わらず、目覚めない。
テオの安否も俺にできることといえば、祈ることぐらいだ。
サザンドールの追加部隊も、翌朝までは来ないと外交官は言っていた。
休めと言われたが、何かに没頭していた方が、精神衛生上マシだと思うのが、俺という人間だ。
「まずは落ち着いて、状況を報告してくれ。ネットバンクシステムの件か?」
「は、はい。そうなんですが……」
「どうした?」
部下は俺の問いかけに言葉を詰まらせると、焦った顔から怪訝そうな顔つきに変わる。
「吉田さん、大丈夫ですか。顔色が土気色ですよ?」
「……アプリの不具合だ。気にしないでくれ」
どうやら俺は、苦境に立たされている部下からも心配されるほど、酷い顔をしていたらしい。
まったくもって、情けない話だ。
俺は心の中で喝を入れつつ、小さく息を吐く。
「ならいいですが。吉田さんが倒れたら、やばいですからね」
「ははは。心配してくれて、ありがとう。このプロジェクトは肝入りだからな。倒れるわけには、いかないよ」
会社的にも重要な案件。
部長だけではなく、役員からも期待されている以上、失敗は許されない。
だが部下が持ってきた話は、俺の予想をさらに上回る事態だった。
「先日システム更改を終えて、無事リリースしたのは報告済みだと思います」
「そうだな。特に切り替え作業も問題なく、顧客の運用部門まで引き渡しが完了したと、前回レポートでは確認している」
「はい。ただ稼働開始の翌日から、その……システムが突然ハングアップしてしまって」
「馬鹿な。検証環境のリハーサルでも、初回適用でも問題なかったじゃないか!」
俺は思わず声を荒げてしまい、はっとしてすぐに頭を下げた。
「すまない」
画面の向こうで、部下が顔の前で慌てて手を左右に振る。
気にしていないというジェスチャーだろう。
彼は神妙な面持ちで、報告を続けた。
「いえ。大丈夫です。吉田さんが認識している通り、問題なかったはずなんですよ。ただ実際、システムは突然稼働停止してしまって。当日はエンドユーザーからのクレームが凄かったらしく、ネットニュースにもなってました。今はクライアント側で旧システムに切り戻しております」
「なるほど。では、今はサービス影響は出ていないんだな」
「はい。その点は大丈夫です。ただすでに旧システムは、保守期限が切れているので、クライアントはかなりお怒りのようで…‥」
「分かった。報告ありがとう。まずはこれまでの検証とリハーサルのログ。設計資料の最新版を個人宛に送付しておいてくれ。今日中に確認しておく」
「吉田さんだけでですか?膨大な量ですよ。私も一緒に!」
「いや、やらしてくれ。大丈夫だ。君は自分の業務に戻ってくれ」
普段リモートからしか関われない罪悪感もあった。
だが一人でやると言い出したのは、普段の自分の癖でもある。
インシデントに直面した時、俺はまず一人でルートコーズの仮説を立てることにしていた。
「分かりました。何かお手伝いできることがあったら、遠慮なく言ってください」
部下は少し申し訳なさそうに頭を下げて、画面から退室しようとする。
その時、俺はふとあることを思い出して、彼を呼び止めた。
以前看過した相談事――
外注していた開発ベンダーの、不穏なサーバの強制クラッシュ問題。
「アウトテクニカさんから、相談もらった件があっただろう。あの時のログサーバのクラッシュレポートも、併せて送っておいてくれ」
「……?分かりました」
少し不思議そうな顔をしながらも、部下は快く承諾すると、今度こそログアウトする。
優秀な彼から、圧縮されたファイルが届いたのは、会議後すぐだった。
野営場所はエテルナ国から、最も近い山の麓だと聞いている。
日中はテントの外でサザンドールの戦士たちが騒がしくしていたが、日が落ちてからは随分と静かに落ち着いた。
設置されている洋燈の明かりが、テント内をゆらゆらと照らしている。
一人で考えごとをするには、最適な環境。
俺は薄明かりの中、パーソナル・ターミナルと、ピットが表示するログデータを交互に睨めっこしていた。
時には比較ツールを用いて、設計書や検証、リハーサルの結果を分析する。
もう何時間も部下が集めた資料を黙々と眺めているが、答えに繋がりそうなものは今のところ何も見つからない。
「オサム様。次は事象発生当日のデータを出力しますか?」
「ああ、頼む」
目の前に照らし出される、大量の文字列。
顧客システムの監視ミドルウェア内を映したトラップログには、膨大なエラーメッセージが次々と流れてくる。
俺の目線は常に、縦に高速で流れていくそれらを追っていた。
しかし脳裏では同時に、全く別のことを考えている。
今回の依頼――
最初から難しい案件だとは思っていた。
リズという少女がギルドに持ち込んだ依頼内容は、小さな国の窮地を救うこと。
解決すべき課題、問題は二点。
魔物の討伐と集落の特定及び、流行病の原因調査。
フネが勢いで承諾したが、普通に考えれば慎重に請負を検討すべき事案だ。
だが依頼人の少女の震える肩を見て、俺も内心ではフネに賛同していた。
「リズ……彼女は間違いなく、このエテルナのキーマンだ」
小さな依頼人の名前を、口の中で反芻した。
喉がカラカラに乾いていることに気づく。
俺はついさっき戦士の一人が持ってきてくれた、紅茶の入ったコップに手を伸ばした。
――まだ温かい。
喉を僅かに潤し、俺はARで表示された空中のログに視線を戻す。
流れていくメッセージはどれも似たり寄ったりで、変わり映えしなかった。
「彼女の依頼は、国を代表してのもの。幼い少女が出張る必要性は、彼女だけが病に冒されていなかったから――か」
頭の中で状況を整理していく。
確かにエテルナの中で見た、道中で立ち往生する老婆や、グレンの症状を見る限り、遠出するには厄介過ぎる病だ。
なぜリズだけが病に罹らないのかは不明だが、一応の辻褄は合う。
しかしだとしても、年端もいかない少女に負わせる責務だろうか。
彼女の特異性は、国に到着してからの周囲の大人たちの応対にも表れていた。
自警団の長であるグレンや、国のトップであるオルセン王といった者たちが、リズを一人の大人として扱う。
仕草の中には孫に接するような節も見て取れたが、ここでいう大人としてというのは、扱いの話だ。
普通の子供に対する態度ではない。
少なくとも、国の中で何かしらの役割をもった人間――
それがリズという少女であることは、間違いなかった。
「……システムクラッシュ前後も、おかしなログは出ていないな。となると、サイレント障害か。厄介だな」
流れきった監視ログを見終わり、障害時間近傍で有益なログが見つからないことに嘆息する。
考えごとをしていると、どうしても独り言が多くなる。
俺はピットに、今度は実際に稼働が停止した機器の情報出力を指示した。
AIの瞳の明滅と共に、宙に次々と現れるウインドウ。
各々の画面で黒背景に無機質な白い文字が、一斉に流れ始めた。
俺は再び紅茶を一口喉に流し込み、全ウインドウを観察する。
些細なメッセージも、見落とさないようにしなければならない。
見落としてはいけないメッセージ。
見落としてはいけない会話。
見落としてはいけない異変――
リズに初めて石白化症の名を聞いた時に、俺は病の流行時期をヒアリングした。
その時に併せて、発生前後の変調も聞いている。
曰く、サザンドールの外交活性化と魔物の襲撃。
前者は恐らく無関係だ。
エレノアとの会話からも分かるように、エテルナとの国交の有用性を鑑みると、サザンドール側にメリットがない。
後者だとあたりをつけていたが、ベラドンナが死んだ今も、住民たちの停止は治まっていない。
彼女を倒せば全て解決するという浅薄なロジックは、砂上の楼閣の如く、脆くも崩れ去ったわけだ。
となると、病の原因探しは振り出しに戻る。
もう一つ気になっていた点。
自警団たちの異常な戦いぶり。
いや、自警団だけじゃない。
テオをはじめ、住民たち全員が、自らの損傷を厭わない戦闘スタイルを見せていた。
もちろんこの世界に来るまで、暴力とは無縁の人生を歩んできた俺にとって、戦いの何たるかが分かるかと問われると、甚だ怪しいところだが――
それでも生物として、普通なら敵の攻撃を本能的に避けようとするはずではないだろうか。
「エテルナの人間は強いんですよ――か」
検査官の口ぶりをなぞるように口にした。
自信に満ちた言葉の裏に、自分たちの異常な戦い方を暗に示していたとしたら。
理解の内か外かは分からないが、彼らは異質さを受け入れていることになる。
「ふう。結局装置のどれにも、おかしなログは見当たらないな」
俺は全てのウインドウがメッセージの出力を終えたことを確認すると、立ち上がって大きく伸びをした。
まだまだ夜は長い。
フネがいつ目覚めても大丈夫なように、次の行動指針を決めるのが俺の役割だ。
疲れ知らずなモルモットが、立ち上がった俺を見上げて僅かに首を傾ける。
俺は最後に依頼したアウトテクニカのデータ解析をピットに指示すると、誰もいないキャンプの中で頬を叩いて気合を入れ直した。
夜が更けてきた頃。
山を下りる風が、時折テントの幕を叩く音だけが静寂を揺らしていた。
エレノアが気を利かせてくれたのか、本営内にはあれから誰も入ってきていない。
すっかり冷めた紅茶を啜りながら、俺はピットの解析結果を何時間も眺めていた。
アウトテクニカの開発環境で発生した事象の原因は、概ね突き詰めることができた。
明日にでも部下に指示をして、裏取りをしていかなければならない。
誰が何の意図で、そんなことをしたのかは不明だが、本番環境でも恐らく同じことが起きていたのだろう。
「助かったよ。ピットがいなければ、正直こんなに早くは辿りつけなかった」
俺は床にぺたんと寝そべる自立型AIの背中を撫でた。
灰色の毛並みを揺らして、小さく喉を鳴らすその姿は、どこか誇らし気で愛らしい。
会社の独身連中がペットを飼いたがる気持ちは分からなかったが、今なら少し理解できる気がする。
「フネ……」
俺はいまだ目覚めない相棒の名を、知らず知らずの内に口にする。
もちろん誰も応える者はおらず、虚しさが胸の内を蝕んだ。
俺は小さく頭を振る。
――大丈夫だ。
明日にでも平気な顔をして目を覚まし、いつものように騒ぎ始めるに違いない。
今はきっと幸せな夢でも見ているのだろう。
「夢……。結局あいつの見ていた夢は、ただの夢だったのか?」
依頼が始まる前から、フネはおかしな夢の話をしていた。
一人の女の、どこか物悲しく断片的な――まるで追憶のような夢。
最初に聞いた時から、妙に引っかかる。
今回の依頼の奥に潜む思惑に、勘の鋭い彼女が感応した結果なのだろうか。
「さすがに、いくらなんでも繋げ過ぎ。飛躍し過ぎか……」
俺は自分の突拍子もない考えに、自嘲気味に苦笑を零した。
もう何時間もぶっ通しで業務と考察を続けてきて、疲れが出てきたせいだ。
だが石白化症の原因と、エテルナの住民が受け入れているであろう異質の根っこは、繋がっている気がする。
こちらは、ある程度確信めいたものがあった。
分からないのは、異質の発信者。
そして、それにより発信側が得られるメリット。
俺は堂々巡りのような思考の海に、再び沈んでいく。
翌日――サザンドールの戦士と俺の前に、彼女は立ち塞がった。
動きの少ない回ですいません。
オサムの原動力は仕事です。
ビタミン補給や栄養摂取みたいなものです。
許してあげて下さい。
ちょっと色々分かってきたような、ほんわか物語
引き続き見捨てず、お付き合い頂けると嬉しいです♪




