第十四話 PMはオーバーヒートを懸念する
エテルナ国は静けさに包まれていた。
日が昇り始めた頃、国に住まうほぼ全住民が、破壊された門の外に列をなしている。
老若男女、怪我を負った者も無事な者も、あらゆる人々がそこに在った。
めいめいが武器を手に、襲撃を待ち構えている。
それは異様な光景――
俺たちは少し離れた国の外にある、小高い丘の上からその様子を眺めていた。
ベラドンナは一晩と言い残したらしいが、いつ来るとは言っていない。
どこから襲ってくるか、予測は難しかった。
俺はピットに指示して、正面から来なかった場合に備え、至るところにセンサーを巡らせていたが――
「ぜーったい。あの女は、正面からくるわよ!」
隣で大剣を肩に担いだフネが、山の向こうを見据えながら口を開く。
俺も同感だ。
あの魔族の女は、わざわざオルセン王に嫌がらせのように宣告したのだ。
こそこそ裏から侵入するような真似は、しないように思えた。
「頼むぞ、フネ。お前がベラドンナを倒せるかどうかにかかっている」
「まっかせて。これ見てよ」
フネが首から下げたペンダントを俺に見せながら、不敵な笑みを浮かべる。
シンプルな金属の鎖に、深碧の石が剝き出しで付けられた物。
「どこで無駄遣いしたんだ?」
ペンダントに手をかけて、俺は訝し気に尋ねた。
不思議な、吸い込まれるような光沢の石だ。
「ちがうわよ!」
彼女は俺から奪い返すようにペンダントを引っ手繰ると、歯を見せながら唸る。
戦闘前で気が立っているのだろうか。
「王様が使ってくれって言うから、はいしゃくしたのよ!これは……なんだっけ?なんか、魔力をぶーすするてきな」
「ぶーす?ブースト……増幅のことか?」
「そう。それ!」
フネは誇らしそうに胸を反らす。
どうやらレゾナンス鉱石を飾ったペンダントらしい。
これだけの大きさだと、以前調べた価値に換算すれば半端ではない貴重品だ。
魔法を発揮する際に、威力を乗算式に増加させるとピットから聞いているが、どれほどのものなのだろうか。
俺は以前山に巨大な穴を開けた、フネの魔法を思い出す。
「味方がいないところで、頼むぞ」
俺は静かに並んだ人垣に目を向け、彼女の肩をがしっと掴んだ。
「りょーかい!」
分かっているのか、いないのか。
彼女はお道化たように、俺に向かって敬礼のポーズを取る。
若干不安を感じるが、本当の懸念はそこではない。
「それにしても、状況は良くないな。被害が出ないようにするのは、難しいか」
「みんなを街の中に入れておけなかったの?」
「オルセン王をはじめ、他の人たちも全員。戦う気満々なんだ。部外者の俺が止められない」
フネの疑問に、俺は苦々しく答える。
ピットの分析では魔物たちの統率は、眷属化させている張本人を叩けば瓦解する可能性が高いらしい。
尚更ここはフネによる、ベラドンナ一点突破がベストな作戦に思えた。
しかし彼らは、自分たちの国は自分たちで守る。
これまでもそうしてきたと、きかなかったのだ。
「すでに手の内を読まれているが、デコイでも巻いておくか」
「あ、オサムのかげぶんしんね!」
俺はピットに、俺の姿を含めたあらゆる人物データのARを、戦闘が開始すれば住民たちに混ぜて出力させるように指示する。
これで俺というデコイだけを無視するといった戦法は、取れないはずだ。
とはいえ、どこまでいってもARはARでしかない。
目くらましにはなっても、戦力にはなり得なかった。
王の話を聞く限り、昨日攻めてきた魔物の数は、軽く住民の倍以上いたと聞く。
果たして、どれだけ効果があるのか――
相手の出方次第で、少しずつテーラリングしていくしかないだろう。
「……そういえば、リズは?」
俺は幼い依頼人の居場所を、フネに尋ねた。
いつもはフネと一緒にいるはずなのに、この場に姿が見えない。
「リズちゃん、昨日部屋に帰ってこなかったのよね。たぶん、おじさんの怪我が心配で付き添ってるんだと思う」
フネの言うおじさんというのは、グレンのことだ。
トビーは俺たちと一緒に戻ってきたが、確かにリズは王宮から一緒に出ていない。
部屋にも戻ってないということは、昨夜からずっとグレンに付き添っているというのは、その通りなのだろう。
できれば王宮の中で、グレンと大人しくしていてくれると良いのだが。
俺は王宮の方角に視線を向けながら、戦いの始まりを静かに待つのだった。
始まりは唐突だ。
心のどこかで、ベラドンナが宣戦布告などをして、開戦の狼煙が上がるのかと期待していた愚かさに辟易する。
山から降りてきた大量の魔物たち。
オーク・キャプテンや、見慣れたインプ・クラッカー、キリング・ウォルグだけじゃない。
空を飛翔する魔物に加えて、他にも続々と見知らぬ顔ぶれが大きな波のようになって押し寄せてきた。
地鳴りのような無数の足音が、エテルナ国に徐々に近づいてくる。
住民たちの反応も異常だった。
全員が武器を身構え、血走った目で、迫りくる魔物の群れに向かって雄叫びを上げる。
怒号と怒声。
ぶつかり合うまでの猶予は、ほぼない。
「ピット、ベラドンナだけに絞って探索してくれ!」
あの大勢の大群の中から、目視で探し出すのは早々に諦め、俺はピットに素早く指示を出す。
肩に乗るAI機能付きUIが、魔物たちに照準を合わせて分析を開始した。
「フネ。とりあえず、まずは迎え撃とう。なるべく住民たちの被害を抑えるんだ」
「その前に、一発かましてあげる!」
振り返ったフネが、目を爛々と輝かして片手を魔物の集団に向ける。
同時にもう片方の手は、胸元のペンダントに添えられていた。
鉱石が鈍い光を放つ。
ドン!
鼓膜を揺らした音は一瞬。
結果も一瞬だ。
以前広場から、山を穿った爆裂魔法の比ではない。
放たれた魔力の熱線は、黒いうねりに着弾すると魔物ごと大地の地形を変貌させた。
遅れてきた爆発音は、あれだけ騒々しかったエテルナ国民を瞬時に黙らせるほどの轟音。
俺も酷い耳鳴りに襲われ、思わずこめかみを押さえる。
凄まじいまでの魔法の威力だったが――
魔物のうねりは一部が欠けても、吹き飛ばされた仲間を踏みつけ、すぐに進行を再開した。
僅かに静まり返った国民も魔物の進軍を見て、すぐに熱を取り戻す。
「くそ。全く怯まないな。それでも結構削れたとは思うが……」
丘の上から見下ろす魔物の津波と、エテルナ国民たちの衝突は、もう目前だ。
「もうちょっと、ぶっ放しとく?」
「止めとこう。あそこまで接近してると、味方まで巻き添えになってしまう」
「だよね……」
フネは俺の言葉にあっさり頷くと、ペンダントから手を離す。
「そろそろ俺たちも、皆と合流しよう。ピット、ベラドンナは検知できたか?」
「検知不可。探索範囲を絞ってください。敵性反応の閾値超過で、精度低下しております」
ピットの索敵も、ここまで魔物の数が多いと上手く機能しないようだった。
それにもしかしたら、魔族の女はこの襲撃を全然別の場所から指示しているだけの可能性すらある。
俺とフネは丘を急いで降り、戦場を混戦の渦中へと移した。
そこではすでに、エテルナ国民たちと魔物の激しい戦いが始まっている――
外門すぐのところで、見知った顔の栗毛の若者が、キリング・ウォルグに囲まれながら必死に剣を振るっていた。
遠目から見ただけでも、彼我の戦力差が著しいことは分かっていたことだ。
一人の住民に対して、何体もの魔物が襲いかかる図式があちらこちらでうかがえる。
ピットに命じたデコイも、民衆に紛れて戦力の分散を図っていたが、大きな効力はなさそうだった。
目についた若者は、駆け寄る俺たちに気づくと目線だけをこちらに向ける。
検問場で一緒になった、検査官のテオ。
彼は俺と一瞬目が合うと、少しだけ嬉しそうに口角を上げた。
しかし次の瞬間、銀狼の爪の猛攻を全身に浴び、目の前を血飛沫が飛ぶ。
「フネ、テオを!」
俺が声を上げた時には、フネの姿はテオと魔物の間に躍り出ていた。
斬り結びは、三度。
一の薙ぎで、二体同時に首を刎ね。
二の突きで、テオの背後の一体を大きく貫き。
三の振り下ろしで、囲んでいた最後の魔物を地面の染みに変える。
まさに寸暇の乱舞。
「うごいちゃだめよ!」
敵を殲滅した彼女が、身体中から血を流すテオに向かって叫んだ。
だが彼は痛みを感じていないかのように、すぐに身を起こすと、他の魔物に向かっていこうとする。
致命傷には見えないが、浅い傷にも思えなかった。
ふらつくテオの腕を、フネが掴む。
「そんな身体で、うごけるわけないでしょ!」
「大丈夫です。エテルナの人間は強いんですよ」
フネの叱咤に近い言葉に、テオは以前と同じ台詞を返して笑った。
俺は二人から視線を外し、周りに目を向ける。
周囲では激しい戦闘が繰り広げられていたが、数で負けているはずなのに、戦況は互角以上に映った。
エテルナの住民たちは、グレンや自警団の戦士たちと同様――
自らが傷つくことを恐れず、愚直に魔物たちに攻撃の刃を振るっていく。
魔物の牙や凶刃に晒されながらも、彼らの歩みは止まらない。
血を流しながら戦うその姿に、俺は薄ら寒い何かを感じ取っていた。
守りたいという強い思いや、覚悟だけではない。
システムスパイクしているような、不自然な過負荷を想起させる。
「うおおおおお!」
フネの手を振り払ったテオが、手近の小鬼を剣で薙ぎ倒す。
「いったい、どうなってるの?痛くないのかな?」
隣に戻ってきたフネが、その様子を不思議そうに眺めながら、俺に尋ねた。
「分からん。とりあえずフネは引き続き、住民たちを守ることに専念してくれ」
「おっけー!」
俺は他の戦局にも目を遣り、フネにお願いする。
老人や子供たちまで、魔物と戦っている異様な光景。
いくら恐怖を克服していても、身体能力で劣る者たちは次々と魔物の手にかかり、倒れていく。
「ピット。可能な限り人命を優先して、緊急度を表示」
「了解」
「同時にベラドンナの追跡も続けてくれ」
俺の指示を受けると、ピットは肩からフネに飛び移り、戦場にARでマーキングを開始する。
赤く「緊急度高」と表示された場所に、フネは疾走した。
拮抗した混戦状態。
今はまだ外門で前線が踏み止まっているが、あることを契機に相克した戦は瓦解することになる。
そして敵の将、ベラドンナの姿は未だ濃霧の中だった――
Q:テーラリングって、なーに?
A:物事を最適化していくことだよ!分かり辛いね、お兄さん!
物事は常に状況、事態が変動していくものです。
よって対処方法も「最適化」していく必要があります。
何が必要で、何が不要か。
どの部分に注力しなければならないか。リソースをかけるか。
こういったことを最適化していくわけですね。
予算もスケジュールも決まっている。出来ることが限られるなら、何を優先すべきか。
ある意味この物語のテーマかもしれません(適当に言ってるだけかも)




