表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/19

第十三話 PMは因果の認識を誤謬する

「オサム、あれ見て!」


窓から顔を突き出したフネが、声を荒げる。

彼女に促されるまま、俺も隣に顔を並べて彼女の顔の向きに視線を合わせた。

遠くの空に、幾本もの煙が昇っていく様子が視界に飛び込んでくる。

同時に肉が焦げるような嫌な臭いが、鼻をついた。


「……トビーさん、もっと早くお願いします!」


胸の内の焦燥(しょうそう)そのままに、俺は御者台に向かって声を張り上げる。

返事の代わりに、馬がけたたましくいななく声が返ってきた。

馬車の速度がさらに加速し、風景が緑の線となって後方へ流れていく。

息苦しさを覚えて、俺は胸を強く押さえた。

自己の責任と選択の結果が、この先に待ち受けているという恐怖。

数多(あまた)のプロジェクトで、どん底のような窮地(きゅうち)を乗り越えてきた。

しかしこの世界では重みが違う。

失敗が、そのまま命に繋がるということの再認識――


「おちついて、オサム」


頬に触れる温もりと、耳元で囁かれる声に、俺は我に返った。

フネが俺の頬を両手で挟み込んで、間近(まぢか)で俺をじっと見つめている。

黒い瞳の中で、情けない自分の顔が反射していた。


「この後どうするかが、だいじなんでしょ。いつも言ってるよね。失敗を次に活かせって!」

「……ああ。そう、だったな」


触れた指先から伝わる体温が、身体の緊張を解していく。

マネージャーとして、何度も部下に口酸っぱく伝えてきた台詞。

まさか、フネに教えられるとは思わなかった。

俺は気持ちを切り替え、彼女の肩に手を置くと、(あご)を引いて決意を示す。

その様子に満足したように、相棒は表情を和らげ、いつもの明るい笑みを浮かべた。

エテルナ国まで、後わずか――

馬車は急く気持ちを乗せて、猛スピードで山間(さんかん)を駆け抜けていく。




巨大な木製の門扉(もんぴ)は、上半分が破壊され、いまだ(くすぶ)った火の粉がちりちりと燃えている。

周囲の高い壁も、いたるところが崩れ落ち、間隙(かんげき)から覗く街の惨状が目に飛び込んできた。

覚悟していたことだが、俺の選択の結果が目の前に広がる光景に、言葉を失う。

だが俺以上に取り乱したのは、幼い依頼人だった。


「い、いや……。嫌だ……」


リズは窓の外から転げ落ちそうなほど身を乗り出し、小さく戦慄(わなな)く。

これまで微かな兆候を見せても、大きく感情を発露(はつろ)させることがなかった少女。

その少女が戦火で燃えるエテルナを前に、泣き出しそうな表情を見せる。


「危ないよ、リズちゃん!」


慌ててフネが、背後からリズを抱きしめた。

腕の中で嫌々をするように、銀髪を振り乱して暴れ続けるリズを、必死にフネが抑え込む。


「私の……国。フネ様、早く。早く、急いで!」

「分かった。分かったから、リズちゃん落ち着いて!」


馬車は最早限界に近いのか、車体を大きく(きし)ませながら疾走した。

補強されていた窓が、バキンと音を立てて飛んでいく。

だが構わずに御者はさらに鞭を振るって、速度を上げた。

半壊した門。

大通り。

倒れた人々と、踏みにじられた白い花々を視界に収め――

馬車はようやく、王宮の前で速度を落とした。


「ピット、周囲の敵をサーチしてくれ」


キャビンから降りる前に、俺は自立型AIに辺りを探らせる。

肩から床に飛び降りたピットは、扉の前で一瞬だけ固まって瞳を光らせた。


「敵性反応無し。安全域」


その答えに俺は少しだけ安堵し、扉を開けて車体から降りる。

周囲には魔物の姿はなく、王宮前の広場には人影もなかった。

ただ争った形跡は至るところに垣間(かいま)見え、折れた武器や、血痕(けっこん)の跡が生々しく地面に染みを作っている。

安全を確認した俺は、キャビンの中でリズを抱えたままのフネに片手で合図を送った。


「気をつけてね、リズちゃん」


優しく声をかけながらも、フネは少女の手を離さずに馬車から降りる。

先ほどまでの様相から、リズが勝手に走り出したりしないようにという配慮だろう。

敵影(てきえい)がないとはいえ、どこに危険が潜んでいるか分からない。

正しい判断だ。

俺は二人が馬車を出てきたところで、改めて周囲を見渡した。

とりあえずどこから確認に行くべきか、短く逡巡(しゅんじゅん)する。

自警団の詰め所か、王宮。

生き残りがいるとすれば、どちらかの可能性が高い。


「とりあえず、王宮に行って状況を確認しよう。トビーさんも、危ないので一緒に来てください」


フネとリズ、御者台からちょうど降りてきたトビーにも声をかけて、俺は王宮の門をくぐった。

ここから詰め所までは距離がある。

それに王宮であれば、この国の要人たちも集まっているだろうという考えだ。

幸い白い質素な建物自体は、戦火を(まぬが)れたのか、損傷はほとんど見られなかった。

短い庭を抜ける際に、ふと気になってリズを見ると、彼女はぼんやりとしたいつもの顔つきでフネに手を引かれている。

その眼差しは、庭に咲く白い花に注がれていた。

ここの花々は通りで見たものとは違い、まだ白い花弁を反らして健在だ。

嗅ぎ慣れた甘い香りが漂う中――

全員無言で歩き続け、王宮の扉前で揃って足を止める。


「……誰かいればいいが」


俺は独り言のような呟きを漏らし、扉に手をかけた。

ゆっくりと慎重に開く。

立て付けが少し悪いのか、地面を()る音がギイと鳴り響き、入り口そばの長い廊下に響き渡る。


「誰もいないようだな。入ろう」


首だけを先に中に突っ込み、人影がないことを確認した俺は、皆を促しながら最初に足を踏み入れた。

廊下の左右には、いくつも扉が並んでいる。

これを全部確認して見て回るには、少し骨が折れそうだ。

俺はさっと見渡し、手分けして捜索を提案しようとしたところで、入り口近くの扉が開かれた。


「お。リズ嬢」


聞き慣れた老兵の声。

白髪まじりの髪を撫で上げた、傷だらけの戦士――グレン。

彼は身体中に包帯を巻いた姿で、もう一人の壮年の男に支えられながら現れた。

フネの手を離れ、リズが老兵に抱きつく。


「グレンさん。それにオルセンさんも、無事で良かった」


銀髪の少女は(たくま)しい腕の中で、顔を上げて珍しく声を張り上げた。

グレンが驚いたように目を見開き、隣の壮年の男――オルセンを向く。

丁寧に整えられた髭と、切り揃えられた黒い前髪を見る限り、戦士というよりかは貴族王族のような品格を備えた男。

その男はグレンの少し慌てた様子に、声を出して笑った。


「はっはっは。エテルナ最強の戦士が、形無しじゃな。グレン」


オルセンの言葉に、参ったなという感じでグレンが頭を掻く。

だがすぐに俺を見つめると、深く頭を下げた。


「オサムさん。申し訳ない。サザンドールの兵まで上手く調達してもらったのに、この(ざま)だ」

「そんな!謝るのは俺の方です。俺が……!」


慌てて反射的に俺も頭を下げる。

謝らなければならないのは俺だ。

まんまとベラドンナの罠に陥落(かんらく)しなければ、ここまで被害が大きくなることはなかったかもしれない。


「どういうことです?魔物の拠点は見つかったのですか?」


俺の謝罪に、グレンが不思議そうに首を傾げた。

事情を説明しようと、口を開きかけたところで、オルセンが先に割って入る。

彼はグレンを支えたまま、俺たち全員を柔和(にゅうわ)な顔で見渡した。


「みなさんも長旅でお疲れでしょう。ちょうど今こいつの手当ても済んだところで、お茶でも()れようとしていたんです。積もる話と、これからのことは部屋で伺いましょう」

「……そうですな、オルセン王」


グレンの返した言葉に、俺は驚きを隠せない。

地位ある人物だと思っていたが、まさか国のトップだったとは。

俺たちは王に誘われるまま、王宮内の小奇麗なサロンに通されたのだった。




案内されたのは、ほっとするような居心地の良い談話室。

暖色(だんしょく)で統一された調度品と、花瓶に生けられた白い花。

グレンは早々にトビーとリズに抱えられ、部屋の奥の別室に消えていった。

平気な顔をしていた老兵だったが、怪我の状態は思った以上に深刻なようだ。


「どうぞお座りください。お茶を持ってきます」


向かい合わせに備えられた革製のソファーを勧められ、俺とフネは同時に腰を下ろす。

適度な弾性(だんせい)に身を沈めると、『古血の要塞跡』からここまでの疲れが一気に噴出したのか、急激な眠気が襲ってきた。

それは隣のフネも同じなのか、すでに薄目で舟を漕ぎ始めている有様だ。

かっくりと俺の肩に、頭を預けるフネ。

その重みが静かに伝わってくる。

いつもなら注意するところだが、彼女の功労(こうろう)を考えるとそんな気にはなれなかった。


「すいません。かなり無理をさせたみたいで……」


お茶を配膳(はいぜん)し、対面に腰を下ろしたオルセン王に、俺は軽く頭を下げる。


「よいよい。寝かせてあげなさい」


その謝罪に対し、人差し指を口元にあて、片目を(つぶ)って見せる王。

チャーミングなその仕草が、彼の人の好さと気品を垣間見せた。

心理的安全性を他人に与えることが、自然とできる施政者(しせいしゃ)――それが俺の受けた印象だ。

俺は彼の言葉に甘え、そっと身を引くと、フネをソファの上に寝かせる。

(つか)の間、室内に静寂が落ち――

目の前のカップを口に運んだオルセン王が、ゆっくりと沈黙を破るように口を開く。


「さて。まずは魔物の拠点について、話してもらいましょうか」

「そうですね――」


俺は自戒(じかい)の念をこめつつ、魔物の集落を特定した先に待ち構えていた、ベラドンナの罠を手短に説明した。

王は特に責める様子もなく、俺の報告を静かに聞いている。

時折小さく頷きを返しては、穏やかな表情で先を促す姿勢に、俺は昔尊敬していた上司の姿を重ねた。

傾聴(けいちょう)に長けた上司だったが、この王にも近しいものを感じる。


「なるほど。オサムさんの話を聞いた限り、こちらを襲撃してきた魔族が、本体だったというわけですね」


一通り話を聞き終えた王が、納得したように大きく頷いた。

それから初めて顔を苦渋(くじゅう)に歪め、大きく溜息を吐く。

部屋の奥に目を()った彼は、今度はエテルナ国襲撃の顛末(てんまつ)を語ってくれる。

ベラドンナ本体と大量の魔物が国を襲ったのは、狙いすましたように俺たちが国を離れた直後だったらしい。

突然強力な火炎魔法で門を破壊され、防衛もままならぬ内に彼女の眷属たちが雪崩(なだ)れ込んだ。

サザンドールの兵と、グレンを含めた三人の自警団が立ち向かったが、多勢に無勢。

次々に倒れていく様を、王は無念を噛みしめるように話す。


「サザンドールから借り受けていた兵も全滅。自警団もグレンは私を(かば)って大怪我を負い、残り二人は……」

「……」


凄惨(せいさん)な状況を思い浮かべ、俺は言葉を返せなかった。

同時にここまでエテルナ国に執着する、ベラドンナの思考がやはり分からない。

彼女は「気に入らない」と言っていた。

果たして、何を気に入らないのだろうか。


「不思議だったのは、魔族の女は、王である私を殺さなかったことです。彼女はグレンを倒すと、死を覚悟した私に向かってこう言い残しました」


王は少し溜めてから、重々しく口を開いた。


「見せしめのために一晩。逃げたければ、好きにしろ――と」




パーソナル・ターミナルを開く。

ピットが中空に映し出したパワーポイントには、週次のプロジェクトレポートが掲載されていた。

RFPで勝ち取った肝入りプロジェクトも、すでに佳境(かきょう)

以前PMOから指摘を受けたEVとACの差異も、かなり軌道修正されており、進捗(しんちょく)は順調だ。


「ピット。次は部下のレビュー待ちで溜まっている、ドキュメント一覧を出してくれ」

「了解」


時刻は深夜――

ここはリズの家の中ではない。

エテルナ国の外門のそば、以前は検問場があった場所。

テオと共に、魔物へのマーキングを何度も試みたところだ。

施設はすでに焼け焦げていたが、辛うじて残ったカウンターに俺は肘をついて、こうして業務に(いそ)しんでいた。

ピットが次々と出力する、設計書や、運用マニュアル。

だが目に飛び込んでくるのは、無残に破壊された家屋や、荒らされた田畑、それに白い花の残骸だった。

マルチタスクは俺の特技だと思っていた。

幾つもの大小様々なプロジェクトを並走させた経験も、一度や二度じゃない。

だが、今は目の前のタスクに全く集中できなかった。


「くそ。失敗ばかりじゃないか」


俺は苛立ちをそのまま口に出す。

何も罠に嵌ったことだけを悔いているわけではない。

俺はサザンドールのエレノアの元へ、急ぎ書簡(しょかん)を持って、ほぼ休みなしで走ってもらったトビーのことを思う。

間に合うかどうかはさておき、打てる手段として彼女へ支援要請を出したのだが。

予め、以前フネにやったようにピットでチャネルを確立しておけば、遠隔でも一瞬でできたことだ。

こういう感覚一つ一つが、まだこの世界と現実世界とのギャップを埋められないでいる。

俺は握りしめた拳を震わせ、天を仰ぐ。

暗闇の先は、俺を嘲笑(あざわら)うような雲一つない満天の星空だった。


「倒せば解決する話、だと良いが」


頭の中を整理する。

魔物の件だけじゃなく、石白化症セリファス・シンドロームのことも解決できていない。

襲撃の始まりと、ベラドンナの執着を見る限りは、彼女の仕業なのだろうか。

――だが。

執着と言えば、もう一つ不明瞭(ふめいりょう)なことが出てきた。

依頼人リズの取り乱しよう。

あの幼い少女は、あまりにも必死過ぎる。


「こんなとこにいたんだ」


俺がぐるぐる思考を巡らせていると、不意に背後から声がかかった。

振り返らなくても分かる。

俺の相棒。


(すず)んでたんだよ」


俺はできるだけ感情を押し殺し、少しぶっきらぼうに応えた。

フネには日中も励まされている。

これ以上弱みを見せたくないという、変なプライド。

だが次の瞬間、両肩にかかる柔らかい手の感触に、俺は変な声を上げそうになった。


「ほんと、ぶきよーだよね。もう少し肩の力を抜きなさい」


肩を揉みながら、かけられる言葉は温かい。

しばらく心地良さに身を預けていた俺は、ふと思いついたことを口にした。


「リズのこと、どう思う?」


どうとでも取れる質問だ。

だが俺よりかはフネの方が、遥かに彼女を理解している気がした。

だから質問を重ねる。


「前にエテルナに来る途中で、魔物に襲われた時のことだ。敵を追い払って馬車に戻る時。お前は何かを見て、足を止めた。何を見たんだ?」

「よくおぼえてるねー。さっすが、オサム」

「茶化す……な!?」


突然視界にフネの顔が、逆さまに飛び込んでくる。

俺は今度こそ、口から変な声が漏れ出てしまった。

肩を掴んだ手をそのままに、彼女は変な姿勢のまま、珍しく真剣な顔で言い放った。


「リズちゃん。必ずあの子は、助けてあげないといけないと思う」

プロマネ用語でEVMってのがあります。

あーんどばりゅーまねじめんと、って読みます。

まぁ、カッコつけて言ってますが、要は計画(PV)と実際の進行(EV)、さらにほんまにかかったお金(AC)を総合的に見て、ちゃーんとプロジェクトがうまく進んでるよねーって図る指標です。

ちなみに、物語にはまーーーったく関係ないので、用語は読み飛ばして下さい(じゃあ書くな)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ