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カイトの自覚


「ぅう…………ん。」


 宮殿敷地内にある魔法師団本部の研究室。備え付けの棚には様々な素材や薬品、作りかけの魔道具などが並んでいる。部屋の中央には大きな机があり、夜更けの暗がりの中で卓上の魔法灯の明かりに照らされた金属類や色とりどりの宝石類が一際魅力的な光を纏っていた。これらの素材としばらく格闘していたカイトは、一息つこうと立ち上がって大きく伸びをした。


「……こんな時間まで……、また何か有用なモノを思いついたのですか?」


 いつの間にか扉の前に佇んでいた人物が、興味深そうにこちらに声をかけてきた。


「団長……。まだいらっしゃったんですか。」


「ええ、少し片付けなければならない書類仕事があったもので。それより、君の方こそ、あまり根をつめると明日に響きますよ。」


 本日の魔法師団の勤務内容は、午前中が訓練で、午後からは騎士団と合同で帝都の西にある魔の森の魔獣討伐任務に当たっていた。周辺国との関係性が比較的良好な現在、騎士団や魔法師団の任務は、定期的な魔獣討伐が主体となっている。

 帝都からほど近い距離にある魔の森からは、時折スタンピードが発生することもあり、週に一、二度は様子見がてら討伐を行っていた。

 今日討ち漏らした何体かを、明日改めて狩る予定となっている。


「実は、知り合いから面白そうな開発依頼を受けまして。医療関連の物なんですが、他にも応用がききそうなので、早めに形にしてみたいなと。また試作機ができたら、団長にもお見せしますよ。」


「それは楽しみですね。……流石、魔工学科主席卒業者だ。君が魔法師団や騎士団のみならず、市井にまでもたらした功績は数知れないよ。特にこの携帯()()は、我々の戦い方を一変させた代物ですからね。市井に流通している方も、その機能は限定されているとはいえ、人々の生活スタイルに大きく影響を与えた革命的発明だ。」


 団長の称賛はいささか大袈裟にも聞こえるが、実際この携帯伝話(デバイス)の普及により、離れた人間とも容易に通信できるようになったことで、新たな時代が到来したと言わざるを得ない。これ以外にも様々なカイトの功績が評価され、皇帝陛下から潤沢な研究資金を用意されるまでになっていた。ゆえに、リンからの相談にも、安請け合いできたのである。

 もちろん、リンに説明した知り合いというのは偽りで、彼自身が開発者その人だ。


「熱中しすぎて、身体を壊さないようにね」との忠告を残して、団長は早々に立ち去っていった。


 カイトはふと、手元の携帯伝話(デバイス)に目を向けた。画面を操作して、表示されるリンの位置情報を確認する。こんな時間だというのに、どうもまだ病院内にいるようだ。


(――夜勤でもしてるのかな……。それか、呼び出されたのか。)


 小料理屋からの帰りに酔漢に絡まれた日、リンの住居の屋根の上で、カイはこっそりリンのデバイスをいじっておいた。カイト端末での位置情報把握と、転移ポータル機能を付与したのだ。これで、彼女があのデバイスを装着している限り、どこにいても一瞬にして駆けつけることができる。


(我ながら、こんなことして、気持ち悪いって分かってる。だけど、彼女が一人の時にあんな風に誰かに襲われたらと思うと……。)


 まだたった3回ほどしか会ってはいないが、既にどうしようもなく彼女に惹かれている自分に気付いていた。あれほど女性に対して警戒心を抱いていたというのに、不思議なものだ。しかし彼女の魅力を思えば、こうなったのも当然のように思える。どこかあどけなく、庇護欲をそそる見た目。かと思えば理知的な瞳には意志の強さを湛え、会話は示唆に富んでおりこちらを飽きさせない。何よりカイトに対しての節度ある態度が好ましかった。


(――彼女を、誰にも渡したくない。)


 これまでの元彼達(ヤツら)の目が節穴で良かった――。今はまだ「練習相手」という立場だが、これから何としてでも彼女と徐々に距離を詰め、ゆくゆくは本当の恋人になってもらいたい……。

 嫌がられない程度に、自分というものを印象付けていかなければ。実家の猫に対する距離感を思い出しながら、カイトは次の一手に思いを巡らせる。


 しかしその時、あの嫌な「事件」のことがフラッシュバックのように脳裏をよぎり、一気にカイトの気持ちを凍らせた。


(――この気持ちを、関係を、彼女以外の誰にも悟らせてはならない。)


 そうでなければ、きっと誰かに壊されてしまう……そんな恐ろしい予感がカイトを襲う。

 以前より少なくなったとはいえ、未だに自分に対する羨望の眼差しが絶えないことは自覚している。もしカイトの姿でリンと接触している場面を誰かに目撃でもされてしまい、カイト・アーガイルに親しい女性ができたなどという噂が広がりでもしたら、リンもカイトもどうなってしまうか分からない。無いとは思いたいが、彼女に口止めをしたとしても、リン自身が誰かにカイトと親しくしていることを話してしまわないとも限らない。


(彼女自身を守るためにも、しばらくはただの「カイ」のままでいさせてもらう。)


この芽吹き始めた温かな関係を絶対に死守すると決めたカイトは、時機が来るまではリンに対して素性を隠し通すことを心に誓った。


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