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副団長の噂

 ――――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピコン、ピコン、ピコン、ピコン――――


 患者の心拍数や血圧を表示するモニターが、耳障りな音を立てて警告を発する。生命兆候(バイタルサイン)が異常値を示している――――そんなことはモニターに指摘されずとも、「魔法医の眼」を通して把握していた。

 目の前に横たわる騎士の脇腹から胸にかけて、魔獣の大きな爪痕が走っている。既に除痛と鎮静と軽い止血の魔法は施してあり、先ほどまで苦悶に満ちた表情に脂汗を浮かべていた患者は、一転して蒼白だが安らかな顔をしている。

 全身のスキャンで得た推定出血量の数値を元に、体液回復の魔法を重ねてかけると、患者の顔に生気が戻りつつあった。


(――あとはこの裂創を塞ぐだけ……。)


 リンは、傷跡が残らないよう細心の注意を払いながら癒合の魔法をかけていく。傷の辺縁から新たな組織が再生され、隙間なく繋がっていき――魔法をかけ終わった後には、傷がどこにあったのか全く分からない状態に回復していた。


(ちゃんと、後遺症もありませんように。)


 魔法医の腕によっては、見た目が綺麗に繋がっていても、神経や筋肉の機能が落ちてしまうことが無いわけではない。幸いリンはそういった経験はないが、今後もし四肢欠損などといった大きな外傷に出会すことがあれば、どうなるか分からない。一つ一つ、丁寧に積み重ねていこう……そう気を引き締め直していた時。


「リン、そっちが落ち着いたら、こっちも手伝ってくれない?」


 同僚のイオナ・インヴァネスがヘルプを求めて声をかけてきた。今日は騎士団と魔法師団の魔獣討伐があったため、運び込まれる負傷者も多い。一息つく暇もなく、リンはイオナの担当患者を共同で診ることにした。


*****


「っああーーーっ!疲れた!」


 あれから、運び込まれる患者が途絶えて、リンたちが休憩を取れたのは、正午を2時間ほども過ぎた頃だった。院内の食堂にイオナと二人で滑り込み、なんとか残っていた定食にありついている。冷たい水を一気に煽って、イオナが大きくため息をついた。


「……おつかれ。今日は結構重傷が多かったね。」


 リンが遅い昼食に手をつけながら労いの言葉をかけると、イオナもそれに同意した。


「ほんとに。でも、リンが手伝ってくれたお陰で助かったよ。ありがとう。」


「お互い様だよ。イオナもいつも手伝ってくれてるじゃない。」


「……私は、リンほどの貢献はできてないよ。昨日も遅くまで残ってたんじゃない?真面目なのはリンの取り柄だけど、頑張り過ぎは良くないよ。せっかくの美貌が、寝不足でくすんじゃうぞ。……あー、こんな過酷な生活早く終わりにして、悠々自適に暮らしたい……。どこかに養ってくれる優良物件はいないものか……」


「もう、イオナったら。」


 半ばふざけ気味に愚痴をこぼすイオナに、またいつものが始まったとばかりにリンは苦笑した。


「……そういえば、カレンが昨日は勤務中にものすっごい美形を見かけたって言ってたよ。なんでも、魔法師団の副団長サマで、普段あまり病院のお世話になるようなレベルの人ではないんだけど、昨日は団員の付き添いで一瞬姿を見せたとかなんとか……。なんであの子はそんなこと知ってんのかって話だけど。」


 カレンというのも、学院時代から仲の良い優秀な同期で、卒業して同じくこの賢帝記念病院に勤めている。割と世間の噂に敏感で、流行り物好きのコミュ強だ。


「へー……。美形の副団長サマかぁ。カレンが好きそうだね。」


「そうなのよ。でもね、カレンによると、その副団長サマは女嫌いで有名で、どんな美女の前でも常に冷徹な表情を崩さず、彼の間合いに入ろうものなら悪寒がして逃げ出したくなるらしいってもっぱらの噂なんだって。」


「それは……かなりお近づきになる難易度が高そうだね。」


 ものすごい美形、と聞いて、なんとなく脳裏にカイの素顔が浮かんだリンだったが、彼との間に隔たりを感じたことはなく、ましてや悪寒など――むしろ熱いくらいだった――などと考えていたら、カイとのあれこれを思い出して急に恥ずかしくなってきてしまった。


「……ん?どしたの、リン?大丈夫?熱でもある?」


「……な、なんでもないよ!私もその副団長、見てみたかったな……」


 咄嗟に適当なことを言って誤魔化してしまったが、イオナには、カイとのことを今度少し話してみても良いかな……などと考えるリンだった。


*****


「……というわけで、今日は、なかなかハードな一日でした……。やっぱり魔獣討伐がある日は仕事もきついですね……」


「それは、大変でしたね。お疲れ様でした。今日は僕の奢りですから、好きなもの注文してください。」


 あの後、午後からは多少落ち着いたものの、討伐任務による外傷患者の残りがちらほら運び込まれて、退勤時刻まで結局ほとんど休めなかったリンは、こうして今、例の小料理屋で隣のカイに愚痴をこぼしていた。もちろん、騎士団や魔法師団内にも魔法医は回復役として配属されているのだが、本格的な治療となるとやはり病院頼りになってくる。

 疲れ切って今晩の食事のことも考える気力がなく、更衣室でボーッとしていたところに、カイから食事のお誘いの連絡が来たのだ。曰く、「試作機ができたから、見てもらいたい」と。


 お通しのカプレーゼをつまみつつ、カイが開けてくれたスパークリングワインを口に含むと、弾ける泡が今日の疲れを吹き飛ばしてくれる気がした。

 来てすぐに頼んでおいた真鯛のカルパッチョが、さほど間を置かずにカウンターに到着して、早速二人でつつき始める。ディルとピンクペッパーが良いアクセントになり、中心部に置かれた柑橘が爽やかな後味をもたらしてくれる。


「これは……!いくらでもいけちゃいそうですね。」


「ええ、さすが店主(マスター)だ。」


 しばらく美味しいお酒と料理に興じたところで、リンは気になっていた今日の本題に切り込んだ。


「あの……、試作機ができたっていうのは、本当ですか?こんなに早く?」


 前回ここで会ってから、まだ2週間ほどしか経っていない。半信半疑のリンの目の前に、カイがストレージから取り出した物をゴトリと置いた。


「本来想定している大きさの1/20程度でまずは作ってみた……らしいんだけど……。」


 そう言って、カイが機器の説明を始めた。


「まず、この寝台に患者を寝かせて……」と言いながら、取り出した人形を台の上に置く。長方形の寝台の手前には小さなパネル、奥側の縁からは寝台と同じくらいの大きさのモニターが垂直に伸びていた。


「そして、この寝台に取り付けてあるパネルを操作して、スキャンした数値や状態を手入力すると、この奥のモニターに表示される仕組みになっている。ちょっと、試しに操作してみてくれますか。」


 リンは促されるまま、パネルを触ってみた。いくつかの項目が選択できるようになっており、一つを選ぶとその項目の詳細が入力できるようになっている。


「君とメッセージでやり取りした内容を参考に、項目を作成するよう依頼してみたんだけど、もし足りないものがあれば追加するから教えてほしい。」


「……すごいです。今のところ、ほとんど網羅されている気がします……。」


「それは良かった。……それと、僕が独自で考えた案も組み込んでもらったんだけど……。このボタンでモードを切り替えて、自動(オート)スキャンモードも選択できるようにしてみました。」


自動(オート)スキャンモード……?」


「そう。君が、スキャン能力には個人差があって、治療の正確さにも直結すると言っていたから、機器の方にそれを組み込んでしまえば、エキスパートレベルとはいかないまでも、ある程度の正確性は担保しつつ、治療スピードの向上にも繋がるかな……と。」


 耳慣れない言葉だったが、カイの説明を聞いてすぐにその素晴らしさを理解したリンは、驚嘆に目を輝かせた。


「……それは、ものすごい発明ですよ!ぜひ詳しく教えてください!」


 目の前の画期的な魔道具に興味津々となったリンは、仕事の疲れも忘れてカイとのやり取りに夢中になった。次々と届く店主(マスター)の美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、魔道具談義に花が咲く。

 気が付けば、また店内の客はカウンターにカイとリンの二人のみとなっていた。


「……やはり君との会話はすごく楽しい。勉強になったよ。……今日の内容を踏まえて、また試作機の改良を依頼するから、次回もチェックをお願いしたい。」


「……こちらこそ、勉強になります。またぜひ、よろしくお願いします。」


 試作機の話題も一旦落ち着いたところで、リンはふと、話の物種に今日聞いた噂のことをカイにふってみることにした。


「……そういえば、カイさんは、魔法師団の方達とは面識がありますか?」


「――っ、ごふっ。…………魔法師団?……どうして?」


 スパークリングワインの泡で咽せたのか、カイがらしくもなく咳き込みながらこちらに訝しげな目を向けた。


「いえ、あの……今日噂好きの友人経由でちょっとした話を耳にしまして。ものすごく美形だけど女嫌いで有名な魔法師団副団長様が、昨日病院にちらっといらっしゃったのだとか。それで、どういう方なのか聞いてみたら、魔道具開発でもご活躍されているらしく……もしかしたら、カイさんのご友人の魔工技師の方って、副団長様だったりするのかな……って。」


「い、いや……そう……だね。実は、そうなんだ……。あいつとは、もう長い付き合いで……、頼めば何でもやってくれる仲なんだ。……だけど、この事は、内密にしておいてくれないかな。あいつも、あまり目立つ事は嫌いみたいだから。完成品ができたら、魔法師団の方から病院に納入の打診があると思うから、その辺は心配しないで。」


 リンからの思いがけない質問に、カイはややしどろもどろになりながらも、事情を説明した。カイの不自然な様子に疑問を抱かないでもなかったが、あまり探られたくない様子だったので、前回同様、深くは追及しないでおこうとリンが決意していたところ、今度はカイからの提案の言葉に、リンが狼狽える番だった。


「……ところで、そろそろ練習も回数を重ねてきましたし、この辺りで一度、旅行にでも行きませんか?」





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