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副団長の闇

「では次!雷鳴の陣!」


 麗らかな春の陽射しの中、心地よい風が通り抜ける訓練場に、周囲の全てを凍りつかせるかのような冷徹な声が響く。ここ、帝国魔法師団訓練場では、先程から午前の訓練が行われていた。今は5人1組に分かれて、決められた陣形の行動パターンを次々にこなしていき、連携を鍛えるというメニューの途中だ。全体に目が行き届くようにやや上空からその指揮を執る人物は、アイオライトの瞳を炯々と光らせている。艶のある黒髪はセンター分けにして流され、露わになった額が彼の鬼気迫る美しさを強調していた。風にローブがはためく様は、さながら一幅の絵画のようである。


「よし!やめ!ではこれより5分の休憩とする!」


 カイトの一声で、陣を形成していた魔法師達は各自好きなように散らばっていった。


「……なあ、今日の副長、いつもよりさらに恐くね?」


 隅の方にいた団員の一人が、近くにいた仲間に囁き声で尋ねる。訊かれたその団員も、寒気を感じながら首肯した。


「……確かに。なんか嫌なことでもあったんスかね。」


*****


 遡ること、数時間前。カイトは魔法師団宿舎にある自室のベッドの中で、悶々としていた。


(――いや、なんだよ、俺!「綺麗だ」とか「(キス)してみる?」とか、なんかすげー小っ恥ずかしいこと言ってなかったか??……しかも、恋人でもないのにアクセサリーを贈るとか……いや、喜んでくれてたから良かったものの……一歩間違えたらヤバい奴なんじゃ……)


 正直、自分でも今夜の自分の行動には驚いていた。春祭りの雰囲気に呑まれて、常になく浮かれてしまったのかもしれない。途中で飲んだ露店のサングリアのせいで、少し気が緩んだのかも……。……しかし、やはり最大の原因はもう分かっている。


(良い子だよな……。素直だし、賢いし……可愛いし。……それに、たぶん俺の素顔が見えてるみたいだけど、適切な距離感を保っていた……。)


 カイトには苦い経験がある。魔法学院を卒業し、魔法師団に入ってまだ年数が浅い頃は、今よりもっと素の表情で周囲の人間と接していた。特段、意識してのことではなく、自分としては周囲と同じような態度で常識的に振る舞っていただけだ。……だが、カイトは美しすぎた。強者揃いの魔法師団内でもメキメキと頭角を現す期待の星に、甘いマスクに柔和な物腰で接せられれば、誰しもがカイトを特別視せざるを得なかった。……そして、ある夏の昼下がりに、事件は起こったのである。


 その頃は、宮殿の警備も今よりはやや緩く、名家の令嬢達が騎士団や魔法師団の訓練を観に来ることが許可されていた。人気の団員にはファンクラブまでできるほどで、カイトもその例に漏れなかった。令嬢達は魔法による防御壁の外で、比較的安全な場所から訓練を応援していたが、魔法の暴発の可能性や防御壁の破綻の可能性もなくはないため、咄嗟の時に対応できるよう、カイトは時々そちらの方に目を向けながら訓練に参加していた。……すると、一人の令嬢が、くらりとバランスを崩すのが見えた。傍に控えていた侍女が傾いた令嬢の身体を抱き留めている。カイトは急いでそちらの方に飛んで行った。


「大丈夫ですか。熱中症かも。近くに医務室がありますので、お連れしても?」


 令嬢と侍女の許可を取り、令嬢を抱き抱えて医務室まで運んだ。しかし、そこには常駐しているはずの魔法医がいなかった。ひとまず令嬢をベッドに寝かせ、今後の対応を侍女と相談する。熱中症の対応については訓練の一環で一通り学んでいたため、自分でも可能だと説明し、侍女に手伝ってもらいながら魔法医が帰室するまで初期対応することにした。


「衣服をくつろげる必要があるので、そちらをお願いできますか。僕はなるべく見ないようにしますので。」


 侍女に、令嬢の服を緩めるように指示し、自分は氷魔法を用いて氷嚢を用意した。それを令嬢の身体にあてるように伝えて侍女に手渡す。あとは、戻ってきた魔法医が、体内の水分量を調整してくれるはずだ。数分ほどで魔法医が戻ってきたので、あとを引き継いでカイトは訓練場に踵を返した。


 対応は何も間違っていなかったはずだ。……だが、その日の夜に、団長のもとに令嬢の家からの苦情が入った。曰く、「カイト・アーガイルに服をはだけさせられ、素肌を触られた。娘が、傷物にされた責任を取ってもらいたいと泣いている」と――――


 カイトは必死で否定した。服をくつろげるのは侍女にやらせたし、自分は触るどころか見ることすらしていない、と。しかし翌朝には、団長と共に令嬢の家に呼び出され、令嬢の父親と、婚約者だという男まで現れて詰問を受ける羽目になった。

 事態を収拾させたのは、青ざめた顔で室内に乱入してきた例の侍女であった。彼女が泣きながら、カイトの主張こそが真実で、全くの濡れ衣であること、お嬢様がカイト愛しさに虚言を吐いていることを証言したことにより、ようやく彼らも矛を収める気になったようだった。この侍女が日頃から勤勉で、誠実な人柄であると皆に認知されていたことも幸いした。

 侍女によると、令嬢は普段から妄想癖があるらしく、カイトに熱を上げるようになってからは、それが一段と悪化したとのことだった。この話を聞いていた令嬢の父親と婚約者は、ソファの上で力無く項垂れていた……。


 この手痛い一件があってから、カイトは他人に対する自身の態度を改めるようになった。特に勤務中は、常に冷徹な表情と口調を崩さず、僅かな例外を除き、誰に対しても一定の距離を保つことを心がけた。魔法工学の知識を活かし、半径1メートル以内に他人が立ち入れば悪寒が走って離れたくなるように仕向ける魔道具も開発した。プライベートで出かける時も、その美貌を隠すための眼鏡を開発して身につけるようになった。


 かくして、「触れたら切れるような空気を纏った」現在のカイト・アーガイルが出来上がったのである。

 団員からは、「氷の副長」やら、「鬼の副長」やらと呼ばれて恐れられていることを彼はまだ知らない。


*****


 昨晩は、久しぶりに素の自分を出せたような気がする。リンが恋愛に奥手ということもあるからかもしれないが、彼女の距離感がとても心地良かった。自分から、一歩踏み込みたいと思ったのは初めてかもしれない。この幸せな気持ちをもっと味わってみたいし、誰かに壊されたくもない――。やはり、もう一度気を引き締めなくては。この間は団長に何か気取られそうになってしまった……。ある程度気を許している相手ではあるが。仕事中は、常に気を張っていなくては……。


 そして冒頭の「鬼副長」モードが発動した。




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