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春祭りの言い伝え


「すごく綺麗だ。」


 何気なく、といった風に、独り言のように溢されたその言葉は、俯き加減だったリンの顔を上向かせるのに十分な効力を発揮した。

 ふいに広場の喧騒が遠のいて、速くなった自分の鼓動の音が相手に聞こえてしまうのではないかと錯覚する。フィオラの大樹から広がる暖かなピンクの光のお陰で、赤くなった頬を誤魔化せている気がするのがまだ幸いか。


「時間を操る魔法がないのが残念だ。……もしあったら、この花びらを今日の記念にとっておけるんだが。……いや、そうか……あれを試してみるか。」


 何かを思いついたのか、カイは手に取った花弁を大事そうにケースに仕舞い込んだ。



「そう言えば、誕生日プレゼントがまだでしたね。」


 そう言いながら、カイがストレージから細長い小箱を取り出した。中を開くと、複雑な色合いに煌めく宝石が一粒ついたシンプルなペンダントだった。


「アンダリュサイトって言うらしい。君の瞳に似てるような気がして、さっき露店で買っておいたんです。」


(――全然気づかなかった。私がいろんな色石に夢中になっていた時だろうか。誕生日プレゼント……しかも、宝石だなんて……。)


 思いもよらないサプライズにリンが呆然としている間に、「つけてみてもいいかな」と言いながら、カイが首の後ろに手を回す。


「うん、できた。今はちょっと夜だから、なんとなくの色合いしか分からないけど、また明日の日中にでも、確認してみてくれないかな。気に入らなければ祭りの間は交換もしてくれるみたいだし……」


「いいい、いえ!!こ、これで、いえ、これが良いです!!ありがとうございます!こんな素敵な贈り物……初めて……」


 思わず、本物のリンの瞳の方から、一粒の雫がこぼれ落ちた。


「ちょ、いや、喜んでもらえるのはありがたいけど……弱ったな。泣かせたかった訳では……大丈夫ですか。」


「……ぐす。……すみません。今まで付き合った人にもこんなことしてもらったことなくて……。あの、こういうのって、普通なんですか……?練習の一貫として……?」


「……さあ、どうだろう……。恋人同士だったら贈り物をし合うのはよくあることだと思うけど……。そうじゃなくて、今日は、僕からのささやかなお祝いの気持ちとして受け取ってくれないかな。自分でもよく分からないけど、そうしたい気分だったから。」


 眼鏡の奥で優しく笑って、「ね?」と言いながら、頭をポンポン撫でてくる。そのまま顎の下まで擽ってきそうな勢いだ。


(勘違いしちゃダメ。実家の猫に、似てるだけだから。……でも、どうしよう。こんなの……。)


 恋愛初心者のチュートリアルとは言えないほどの情報量に、早くも処理落ちしかけているリンであったが、ダメ押しのように、カイが更なる情報を提供してくる。


「実は、この春祭りには、とある有名な言い伝えがあるんですけど……、リンさんはご存知ですか?」


「……ほえ?」


(いけない、ぼうっとしていて、変な声が出てしまった……。言い伝え?そんなのあったかな……)


 田舎から魔法医を目指して帝都に出てきて、学院時代もひたすら勉学に励み、就職してからも仕事に忙殺されてあまりまともに春祭りに参加したことがなかったリンは、カイの言う有名な言い伝えとやらに皆目見当がつかなかった。


「あの、お恥ずかしながら、そういったことには疎くて……。どんな内容なんですか?」


「……ふふ、そうでしょうね。そうじゃないかと思いました。」


 思った通りだ、といった顔つきで、カイが口元を押さえて少し悪戯っぽい目を向ける。


「……もう、からかわないで、早く教えてください。」


 心外だ、といった表情で、頬を少し膨らませて上目遣いにカイを見る目つきは、やはり実家の猫を思い起こさせて、ついついからかいたくなってしまうようだ。


「はは、ごめんごめん。……実はね、春祭りの夜に、フィオラの大樹の下でキスをした恋人たちは、永遠に幸せに暮らせるという古い言い伝えがあるんだ。」


「…………キ、……キス……?」


「そう。」


「…………こ、ここ…で……?」


「うん。…………………………………………してみる?」


「…………え…………?」


(……キス?…………カイさんと……私が?)


 予想だにしないカイの発言だったが、それでも今夜二人で楽しく過ごした時間や、先程からの無視できない胸の高鳴りを自覚して、目の前の綺麗な薄い唇が自分のものと重なる様を思い描いたところで、今度こそ完全にリンの脳はフリーズした。

 そんなリンの様子を見て、カイが慌てて胸の前で両手を振りながら訂正する。


「あーー、申し訳ない!冗談ですから、冗談!そういうことは、ちゃんと本当に好きな人との時に取っておいて!ね?さすがに練習でそこまでは駄目でしょう。……あ、今のは、こういう軽い男に引っかからないようにっていう教訓ですから、真に受けないで……」


「な、なーんだ、そうですよね……いや、ちょっとびっくりしてフリーズしちゃいました……。教えてくださって、ありがとうございます。」


 カイの慌てふためいた弁明に正気を取り戻したリンは、ちょっと残念なような、ホッとしたような気持ちで、目の前の指導者に律儀に礼を言った。


「……あの、……カイさんから見て、今日の私の振る舞いって、どうでしたか……?こ、恋人だったとして……また相手を不快にさせたりだとか、つまらなかったりだとか、ありませんでしたか……」


 広場の時計は、そろそろ23時を指している。あと1時間ほどで魔法灯のライトアップが終了し、露店も店仕舞いを始めるはずだ。名残惜しいが、そろそろ切り上げ時か……と、リンは恐る恐る本日の総評を聞いてみることにした。願わくは、カイも今晩共に過ごした時間を楽しんでくれていたら良いが。


 すると彼は、思いの外真剣な顔をして、きちんとこちらに向き直り、リンの両手を強く握りしめてきた。


「……そんなことは、絶対にないから、安心してください。そもそも、提案した僕が言うのもなんだけど、こんな練習なんてきっと必要ないくらい、君は魅力的だよ。……過去の男たちに、見る目がなかっただけだ。」


「そ、そう言っていただけるのはありがたいですけど……でも、この間カイさんも、なんとなく理由が分かったっておっしゃったじゃないですか。だから、きっと私が気づかないうちに、好ましくない振る舞いをしてしまっているのかなって……」


 リンの不安そうな顔を見て、カイは逡巡する様子を見せたが、一つ大きなため息を吐き、観念したように話し始めた。


「……こんなこと、あまり君に聞かせたくはなかったんだけど……、仕方ない。良いかい、これはただの下衆な一般論で、僕の考えとは違うからね。……たぶん、過去に君に近づいてきた彼らは、君のその可愛らしい見た目に、癒しを求めて近づいたんだと思う。……下心というか、情欲というか……恐らく直截的に言えば、すぐヤレるかも、みたいな……。」


 「大丈夫かい?」と聞きながら、こちらを案じる真摯な目線を感じる。


「だけど、意外と君がガードが堅くて、しかも話題に上がるのは仕事や学術的な小難しい内容ばかりときたら……、下心ありきの男達が、ゲンナリするのも分かるよね?……つまり、君のその才能を受け止めて、伸ばすだけの度量が相手に無かったってだけの話なんだよ。だから、君が気に病む必要なんてこれっぽっちもない。現に、僕は今夜君の素晴らしい話を聞けてすごく知的好奇心が刺激されたし、君と過ごした時間は僕自身も楽しいと思えた。……君も、自然体で楽しんでくれているように見えたけど。違ったかな?」


「――っ、……ちが、…わない…です……。私も、カイさんと過ごせて、すごく楽しかった……」


 カイからの、こちらを思い遣る真剣で温かな言葉たちに、言い知れぬ不安や悲しみが解けていくのを感じた。自分はこれで良いのだと、強く肯定してくれる存在が、こんなにも心強いものだということをリンは初めて知った。


(今日は本当に初めてのことばかりだ……。カイさんといると、心がポカポカする……。もっと、一緒に過ごしてみたい……。)


「……あの、理由は、分かりました。ですが、まだ、全然自信がなくて……。もしカイさんさえ良ければ、これからももう少し、練習に付き合っていただけませんか?」


 図々しい申し出なのは分かっている。だって、カイにはメリットがほとんどない。それでも、練習というのを口実にしてでも、また会いたいと思ってしまうほど、リンはこの言いようのない素敵な時間が今日だけで終わってしまうのはとても残念で仕方がなかった。


 カイは、少し驚いたような顔をして、すぐにその端正な顔に微笑みを浮かべた。


「奇遇ですね。僕も、もう少し貴女といろんな話をしてみたいと思っていました。もしかしたら、僕たちは相性が良いのかもしれませんね。……次はまた、あの小料理屋ででも、食事をしましょう。」


 早めの店仕舞いを始める露店もポツポツと見えてきて、いつの間にか、広場の人影もまばらになってきている。カイの両手がそっと離されるのが、とても名残惜しかった。先に立ち上がって、服の乱れを直したカイが、リンに向かって手を差し伸べる。


「さあ、そろそろ僕たちも帰りますか。また貴女の家の前まで送って行きますよ。」


 リンが今度は迷いなくカイの手を掴むと、二人はそのままリンの家がある通りの方向へと歩き始めた。もう人出はまばらではぐれようもないが、カイの大きな手は家に着くまでしっかりとリンの手を握りしめたままだった。




猫に首輪

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