花舞う街の春祭り
「うわぁ……!美味しそう!良いんですか?奢っていただいて……」
「勿論。今日は僕からの誘いですし、ここは歳上に良い格好させてください。」
帝都フィオラの春祭りは、毎年花の月の第二週に開催される、帝国の一大イベントだ。樹齢1000年を超えるという帝国のシンボルツリー、フィオラの大樹を囲む広場に、様々な露店や催し物が開かれ、国中の人々が集まり、花の咲き乱れる帝都の繁栄を祝う。
リンがあの小料理屋でカイと出会った日は、祭りの3日ほど前であった。あの後すぐにカイから連絡があり、春祭りの夜に一緒に出かける約束になった。
お互い仕事終わりに着替えて待ち合わせ、広場で買い食いを始めたところである。
リンの手元には、フィオラの花の塩漬けが乗った薄桃色の饅頭と、お花見団子が並んでいた。蒸したての饅頭をそっと頬張ると、優しいフィオラの香りと滑らかなこし餡の上品な舌触りが口の中に広がった。
「ん〜、美味しい!」
「それは良かった」
「でも、どうして私が歳下って分かるんですか?私、年齢って言いましたっけ…」
カイさんもお一つどうぞ、と饅頭を勧めながら、リンはふと疑問を口にした。
「まあ、なんとなく。見た目とか、言動が……僕よりは下なのかな、と……」
「あ、ひどい!もしかして、子供っぽいって言ってます?」
「いや、そういう訳では……というか、実際おいくつなんですか――って、こういう事を女性に聞くのは失礼か。」
カイは胸の前で慌てて手を振り否定するが、さらに失言を重ねたことに気づいて冷や汗をかいているようだった。
「全然構いませんよ〜。今は24歳になったばかりです。先日誕生日だったので。」
実はフラれた日が誕生日だったのだが、それは傷を抉るだけなので言わないでおく。
「そうなんですか?それはおめでとうございます。じゃあ、今日は誕生日祝いもしないとですね。」
「良いんですか!?そんなこと言ってもらえたの初めてかもしれない……やっぱり歳上は違いますね……。私なんてずっと何もない人生だったから……」
そう言いながら、過去の寂しい恋愛遍歴を思い出したリンは、お花見団子を食べながら遠い目をしている。
「いや、僕もそんなに経験がある訳では……って、これこの前も言ったような。……いや、駄目ですね、練習台である僕がそんな頼りないようでは。よし、じゃあここは歳上の余裕を見せて、それなりに経験があるということにしておきましょう。」
「……ふふ、なんですか、それ。」
主張を翻したカイの言い様が可笑しくて、二人で目を合わせて笑った。
――練習台。彼はそう言ってくれたけど、本当にこんな事をしてもらって良いのだろうか。彼にメリットが何も無いような――――
「ところで、先日僕が遮ってしまった、貴女の研究の話ですけど、もう一度詳しく聞かせてもらえないでしょうか。僕も実は魔工学を専門にしていまして、何か通じるものがあるかもしれないな、と思いまして……。あ、勿論話せる範囲で構いませんので……」
(――なるほど。彼も研究熱心仲間だったのか。)
それだったら、と、リンは学院時代に発表した内容から、最近自身が試行錯誤していることまで、ある程度かいつまんで分かりやすく――リンなりに――説明した。
途中から自分だけが喋っているような気もしたが、カイが熱心に相槌を打ってくれているようだったので、そのまま区切りの良いところまで話続けると、話し終えた頃には喉がカラカラに渇いてしまっていた。
「すみません、私だけ話し続けてしまって……」
「いえ、ものすごく興味深かったです。沢山話していただいてありがとうございます。喉が渇いたのでは?何か飲み物も探しましょうか。」
誕生日祝いだし、もっといろいろ見て回りましょう、と促しながら、カイが徐に手を差し伸べる。
「人が多いので、はぐれないように。」
とても自然なエスコートに、リンもなんだかつられてしまって、そうするのが当たり前かのように、彼の綺麗な手を取った。少し骨張った長い指が、リンの華奢な手を包み込む。彼に大事にされている気がして、指先から伝わる温もりで心まで温かくなったようだった。
(――だめだめ、これは練習なんだから……。)
恋愛事に疎いリンでも、なんだか本物の恋人同士のように錯覚してしまいそうになり、かつてない経験に心が浮き立つのをなんとか戒めようとしていた。
(練習、れんしゅう……。……だけど、練習って、一体どこまで……?)
自身の手を引いて半歩前を歩く長身の青年を見遣りながら、リンは心のざわめきがどうにも落ち着けられずにいた――。
*****
あれからひとしきり露店をハシゴして、お腹も喉の渇きも十分満たされたリンたちは、フィオラの大樹の根本の大きな円形ベンチに腰を落ち着けていた。
魔法灯の荘厳な灯りに照らされた大樹が、暖かみのある薄桃色を周囲に広げている。ベンチに座るリンの髪も、灯りに照らされ同じような色合いに輝いていた。
ヒラヒラと舞い落ちる花弁がひとつ、リンの髪につく。カイはそれを長い指でそっと摘んで、リンの髪と見比べていた。
「本当に、そっくりだね。」
カイの言わんとしていることは、目線で分かった。この髪色も、悲劇の元凶の一つなんじゃないかと思ったこともある。滅多にない色なので、やたらと目立つのだ。人目を引く髪色をしていることは自覚している。ちょっと「軽そう」に見えることも。
(やっぱり、染めた方が良いのかな……)
そんな風に少し自分に自信をなくしかけていたところで、思いもよらない言葉が鼓膜を擽った。
「すごく綺麗だ。」




