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花舞う街でまた逢えたなら

タイトル回収です。


 列車とバスを乗り継いで、すっかり日も暮れた頃、帝都フィオラの中心部まで戻ってきたリンは、車窓から見える大通りのフィオラ並木にうっとりと目を細めた。薄桃色の花が一斉に咲き誇り、街を埋め尽くす勢いだ。魔法灯の暖かな灯りでライトアップされて、幻想的な雰囲気を醸し出している。大樹の広場前の停留所でバスを降りると、広場の喧騒が一気に押し寄せてきた。


「そっか……春祭り……」


――本当に、そっくりだね。

――すごく綺麗だ。

――時間を操る魔法がないのが残念だ……。

 ひらひらと舞い落ちる花弁が、あの時の光景を思い起こさせる。リンの髪についた花弁をつまみ取って、慈しむような目をしていたカイト。その表情が、脳裏に鮮明に思い浮かぶ。


 海辺の街アズールからの大きな荷物は宅配便で自宅へ送ってあり、小さな鞄一つで帝都に戻って来たリンは、なんとなく気が急いて、家に帰るより先に、カイトを探そうと、宮殿の方へ向かおうとしていた。広場の北側に続く大通りの先に、騎士団や魔法師団本部を擁する広大な宮殿の敷地がある。もちろん、リンの務める病院もこの中だ。生体認証で敷地内に入ることができるリンは、中に入ってカイトを探しに行こうかと考えていたが、広場のお祭り騒ぎを見て、ふと我に返った。


(もうこんな時間だし……。こんな日に、魔法師団にいるわけないか。)


 広場に足を踏み入れると、昨年と同様、様々な露店が並んでいた。カイトと贈り物をし合った宝石の店もまた来ている。

 ふと目についたところに、美味しそうなサングリアを扱う店があり、リンは足を止めた。


(去年、カイトさんと飲んだ……)


 オレンジとシナモンの香りを纏った甘い赤ワインの鮮やかさが、特別な懐かしさを掻き立てる。

 移動続きでまともに食事をしていなかったリンは、喉の渇きを覚えて、購入した一杯を一気に飲み干してしまった。空きっ腹に酒精が沁みて、急に目の前がフワフワと覚束なくなる。一度大樹の周りの円形ベンチに座って休憩でもしようかと思ったところ……


(あれは……、もしかして……カイトさん……?)


 ライトアップされた満開の花の下で、ローブのフードを被り、眼鏡をかけた黒髪の青年が虚な目をして座っていた。首から提げている透明な結晶を、右手の親指と人差し指の間に挟み、光にかざして見つめていた。中にフィオラの花弁が入っているようだ。


(よかった。右手……ちゃんと、動いてる。)


 一見したところは、利き腕の動きに遜色はない。リンは、そのことに少し安堵しながら、そっと彼に近づいた。


「……おとなり、いいですか」


 その声を聞いて、弾かれたようにこちらを振り向いたカイトは、眼鏡の奥の瞳を見開き、今にも泣きそうな表情で固まった……と思いきや、勢いよく立ち上がり、リンの両手を掴む。


「……どこにっ。……僕が、どれだけ心配したと……っ」


「ごめんなさい。……私、もしかしてあなたに騙されていたのかなって……。自分に自信がなくなってしまって……。…………病室に、婚約者だっていうひとが。」


 そう言いながらリンも、目の奥がツンとなる。


「あれは…っ、全くのデタラメで…!頼む、君にだけは信じてほしい!……あの子のことは、少し、事情が複雑で……」


 そう言ってカイトは、あの日遭遇した儚げな美少女の「事情」を説明し始めた。曰く、マーガレット・キャンベル――自称婚約者――は、確かにカイトの従兄妹(母の妹の子)ではあるのだが、許婚というのも、妊娠しているというのも、全てが彼女の妄想であるらしい。幼い頃に誘拐されそうになったところを王子様のように助けられて以来、カイトに惚れ込んでしまった彼女は、自分の父親に、カイトの許嫁にしてほしいとせがんだ。娘に甘い父親は安請け合いしてしまうが、アーガイル家の方からは断られてしまう。父親は娘を悲しませたくなかったため、婚約関係にあると数年は嘘をついていたのだが、ある時カイトと会う機会があり、本人から直接否定されたことで、精神を病んでしまった。現実を受け入れられず、自分は彼の婚約者だと暗示をかけて、日々妄想の中に生きており、想像妊娠までしてしまう。その状態でリンと鉢合わせてしまったとのことだった。


「…………そうだったのですね……。」


「彼女は、普段は屋敷に半幽閉状態で、外に出てくることはないのだが、恐らくあの時は、使用人の目を掻い潜ってやってきたのだと思う……。」


 カイトは、沈痛な面持ちで続けた。


「僕があんな状態の時に、さらに不安な思いをさせてしまって、本当に申し訳なかった……。ましてや、君が身命を賭して僕を治療してくれた後だったというのに……。」


「……私こそ、カイトさんがあんな状態だったのに、勝手にいなくなって、ごめんなさい。……あの、身体の具合は、どうですか?私、ちゃんと治せてた……?」


「…ああ、もう、十二分に。さすが君だ。どこも違和感はないよ。……本当に、ありがとう。」


 そう言ってカイトは、利き手の動きをリンに見せる。リンはホッとして、ついに目に溜めた涙が決壊した。


「…………よかった……」


「朦朧とした意識の中で、君が僕を必死で助けようとしてくれているのを、見たような気がするのに、目が覚めたら、君はいなくて……全然連絡もつかないし。動けるようになってすぐ、君の居場所を探知して、転移してみたんだけど、そこは君の部屋で、しばらく生活している気配もなくなっていて……。本当に焦ったよ。何か事件にでも巻き込まれて、攫われてしまったのかと。でも、職場に聞いたら休暇中だって言うし、どうにも分からなくて途方に暮れてたら、僕が意識を失っている間に、婚約者だと言い張る女性が来ていたと聞いて、まさかと思って……」


 リンがいなくなってからの出来事を、青ざめた顔で、震えながらカイトは口にする。


「今の今まで、生きた心地がしなかった……」


「ふふ、本当に、そうみたいですね。」


 カイトの必死さが伝わって来て、なんだか嬉しくなってしまったリンは、泣き笑いの顔で小首を傾げた。


「笑い事じゃないよ!……一世一代のプロポーズをした矢先に、死を覚悟するような大怪我をして、それでも奇跡的に助かったと思ったら、今度は君がいないだなんて!……待って、君……泣いてるのか?」


 リンの頬を濡らす涙が、魔法灯の灯りを反射して煌めく様に一瞬見惚れてしまったカイトは、そっと右手でその頬に触れ、つたう雫を親指で拭う。


「……ごめんなさい、あなたを疑うようなことして、心配かけて。……でも、怖かった。今までの全てが偽りだったのかなって……けど、ちゃんと分かったんです。あなたがたくさん練習させてくれたから、あなたの愛こそが本物なんだって。……今夜、ここで偶然あなたの姿を見つけて、それが確信に変わったんです。私がいないとカイトさんもダメなんだなって。……それに、ちゃんとあなたが回復してくれてて、ほっとしました。」


「……当たり前だよ。君がいなければ、僕はもう生きていけない。もう、僕の前からいなくなるのは無しだからね!お願いだから、君はずっと僕の隣で笑っててくれ……」

 

 そう言うと、カイトはリンを強く抱き締めた。リンも、それに応えるように、そっと彼の背中に手を伸ばす。しばらくの間、そうしてお互いの存在を確かめ合った。


「一年前にあなたが教えてくれた、あの言い伝え、覚えてますか……?」


―― 実はね……、春祭りの夜に、フィオラの大樹の下でキスをした恋人たちは、永遠に幸せに暮らせるという古い言い伝えがあるんだ――


 リンはカイトのローブをギュッと握り締め、恥ずかしそうに口にした。

 驚いた顔をして、「ごくり」と唾を飲み込むカイト。ローブのフードを外し、眼鏡も取り払った。


「……ここで君とするなら、コレは無しだ。」


 遮るもののないアイオライトの煌めきに、目が釘付けになる。素顔でしたいというカイトに、リンはどうしようもなく胸が高鳴った。


「……こんな怪しいヤツのこと、信じてくれてありがとう、リン。」


 悪戯っぽく笑って、リンの柔らかな唇を親指の腹で撫でる。顎を軽く持ち上げて、顔を近づけた。

 目を閉じて、少し背伸びするリン。桃色に発光するフィオラの大樹を背に、二つの影が重なった。




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