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カイトの婚約者


 病室の窓から、カーテン越しに柔らかな光が差してくる。モニターの規則的な音が、カイトの穏やかな心拍数を教えてくれていた。病室の外からは、朝食を配膳する音も聞こえてくる。寝台に突っ伏していたリンが、朝の気配を感じて、うっすらと目を開けたその時――――病室の扉が勢いよく開かれた。


「おにいさま……!カイトおにいさま!」


「お待ちください!面会はまだ……」


 リンが驚いて振り返ると、儚げな印象の黒髪の美少女が、病院スタッフの静止を必死に振り解きながら室内に入り込んでくる。抜けるような白い肌に、涙に濡れた瞳、薄紫色のドレスが庇護欲をそそる、十代後半と思しき令嬢が、カイトの名を呼びながら寝台に駆け寄った。リンを押し退ける勢いで、寝台に横たわるカイトの身体に縋りつき、悲壮な顔で名前を呼び続ける。

 寝起きに一体何が起きているのか理解できず、リンはしばし呆然と目の前の闖入者を眺めていた。


「あの……一体何事ですか。カイトさんとのご関係は……?」


 我に返ったリンが、やや困惑気味に尋ねると、令嬢は涙に濡れた顔を振り向かせながら、ツンと澄まして衝撃的な言葉を放った。


(わたくし)は、カイトおにいさまの婚約者です。」


「………………は?」


(……こん、やく……しゃ?)


 目の前の美少女曰く、自分はカイトの従兄妹で、幼い頃からの許嫁である、今朝早くに両親からカイトが瀕死の重傷を負ったことを聞かされ、居ても立っても居られず病院に駆けつけたのだという。


「おにいさま……どうして目を開けてくださらないの?マーガレットがおそばにおります……!どうか、目を覚ましてくださいまし……!」


「待ってください。カイトさんは、治療のため、今現在魔法で鎮静されている状態です。もうあと二、三日は覚醒することはありませんし、厳重な体調管理のため、しばらく面会は謝絶されております。」


 あまりの衝撃に、逆に冷静さを取り戻したリンは、治療を担当した者として、現状を手短に説明した。婚約者と名乗った令嬢は、どこか虚な目をして、話しかけてきたリンを見た。


「……貴女は、どなた?」


「……私…………は……、……この病院の魔法医で、昨晩カイトさんの治療を担当した者です。」


 カイトさんの恋人です――――などとは言えるはずもなかった。


「おにいさまは、助かるの?」


「命の危機は脱しています。あとは、後遺症が残らないよう、細心の注意を払うだけです。」


「そう。それなら、席を外してくださるかしら。(わたくし)、しばらくおにいさまと二人きりになりたいの。」


 マーガレットなる令嬢は、面会謝絶など意に介さないといった風に、どこか狂気じみた様相で自身の要望を述べた。続け様に発された言葉の信じ難い内容に、リンは今度こそ耳を疑った。


「おにいさまが無事で本当によかった……。おにいさまが儚くなってしまわれたら、(わたくし)もお腹の子も、生きていけませんわ…………」


*****


 それから、リンはどうやって家に帰ってきたのか分からない。気づいたら、魔法医の制服姿のまま、自室のベッドに横たわっていた。茫然自失のまま、ただただ天井を見上げている。


(カイトさんの……婚約者。……お腹の子…………。)


 病室で聞いた彼女の言葉が、脳内でこだまする。


(嘘をついているようにも見えなかった……。だけど、本当に……?)


 確かめようにも、当のカイトはしばらく目を覚まさない。目を覚ましたとして、自分は彼に確かめる勇気があるだろうか?これまでカイトと過ごした時間が、走馬灯のように蘇る。彼がそんな不誠実な人物だとは到底思えないが……もし、……もしも、あの楽しく美しい時間が、全て偽りで。恋愛に不慣れな自分を弄ぶ、ただの遊びだったとしたら……?……その時自分は、立ち直ることができるだろうか。彼女とカイトが結ばれた後、魔法師団とも顔を合わせるような今の職場で、働き続けることができるのか?

 ――――否。到底できるとは思えない。それほどまでに、リンはカイトに心を捧げていた。


(……どうしよう……。……こわい……、こわいよ……)


 カイトを信じたい。しかし、自分の心の弱さが、それを躊躇させる。リンは、悩みに悩んだ末、あることを決断した。




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