魔法医リンの治療
「ピコン、ピコン、ピコン、ピコン――――」
「右上腕部切断、推定出血量1000〜1200ml、血圧低下、頻脈。出血性ショックです。意識障害、四肢麻痺、せん妄状態。ドラゴンの神経毒と思われます。」
モニターの警告音と、スキャン医療機器の自動音声が、逼迫した状況を伝えてくる。
寝台の上で苦悶の表情を浮かべるカイトの皮膚は蒼白で、一刻の猶予もない状態だった。
(カイトさん……!絶対に、私が助けます……!!)
周囲のスタッフが固唾を飲んで見守る中、リンの身命を賭した治療が始まった――――。
*****
フィオラの大樹の広場からカイトが姿を消した後、リンは言われた通りにすぐに自宅に帰ったが、やはり何となく嫌な予感がして、何をするでもなくただ時計の針を見つめていた。しかし、ふと思い立って、念の為病院へと戻ってみたところ、丁度そこに急患の第一報が入った。曰く、ドラゴン討伐で重傷を負った魔法師団副団長が運び込まれてくると――――。
リンは、一瞬血の気が引いて視界が暗転しかけたが、なんとか気持ちを奮い立たせて、魔法医の制服に着替え直した。
「私も手伝います!」
「リン……!」
夜勤のメンバーの中にはイオナの顔も見られた。日勤帯と比べるとスタッフの数は心許なく、自分達で対応可能かどうか不安があった彼女らは、強力な助っ人の参入を歓迎した。
そうこうしている内に、転移魔法によって宮殿敷地内に戻った魔法師団員達が、カイトを運び込んでくる。その惨状を目にしたリンは、思わず息を呑んだ。
「子供を助けようとして、瀕死のドラゴンに右腕を噛みちぎられたようだ。……血溜まりを作って地面に倒れていたところを、団員がすぐに発見して、一応止血だけは施したが……。」
「分かりました。すぐにこちらに寝かせてください!」
団長自らカイトを抱えて、魔法医達に状況を説明する。リンはすぐに、カイトを、彼が開発したスキャン医療機器の上に寝かせるよう指示した。
(手入力なんかしてる時間ない。)
モタモタしているとカイトの命の灯火が消えてしまう。一刻を争う容態に、リンは自身でもスキャン魔法を行使しながら、自動スキャンモードを起動した。
(すごい……カイトさん、こんなに正確に……)
大画面に表示されるカイトのステータスは、リンが自身の『魔法医の眼』で見ているものとほぼ同一だった。こんな時に、カイトの稀有な資質を思い知る。
「リン!私たちで、血液量の回復と、ドラゴンの神経毒の解毒を試みるから、あなたは右腕の再生に集中して!」
イオナともう一人のスタッフが、リンに声をかけ、早速治療に取り掛かる。
リンは、大きく息を吸って、これから行う治療に自身の能力の全てを懸けることを決意した。
『欠損部位の再生』――――それは、通常の創傷を癒合させるのとは大きく異なる。患者の細胞の遺伝子を操作して、筋肉や骨、血管など、あらゆる組織に分化・増殖させ、元の通りに修復するという、とてつもなく高度な魔法だった。これを扱えるのは、魔法医の中でもほんの一握りである。学院の医学科を主席卒業したリンは、その一人であった。
(ここに来てみて良かった。……カイトさんの腕は、私が絶対に元通りにしてみせる。)
深い集中状態に入ったリンの耳から、周囲の音が遠ざかってゆく。カイトと自分が融合していくような感覚の中で、少しずつ、目の前の傷口から、温かな薄桃色の眩い光と共に組織が再生されていくのが見えた。
*****
リンが、カイトの右腕を再生し終えた時、丁度神経毒の解毒も完了したようだった。魔法によって血液量も回復し、カイトの皮膚に血色が戻っている。鎮静魔法をかけられたカイトの表情は、先程とは打って変わって、穏やかな顔をしていた。このまま数日は鎮静して全身管理を行い、後遺症を防ぐ予定となっている。
病室に運ばれていくカイトに付き添って、リンも一緒に移動した。病室に人気がなくなった後、寝台の傍に腰掛けて、カイトの両手を握りしめる。
(どうか……、どうか、上手くいっていますように。)
右腕の機能もきちんと回復しているかどうかは、カイトが目を醒ましてからでないと分からない。カイトの寝顔を祈るように見つめていたリンだったが、自身も極度の疲労により、いつの間にか意識を失った――――。




