副団長の怒り
「……ねえ、……リン。リンってば!……大丈夫?」
「あ……うん、なんでもない。」
ポールと話した翌朝、リンがいつも通り出勤して、更衣室のロッカーを開けると、制服のスクラブが無惨にも切り刻まれていた。翌日は、室内履の中に泥が、そのまた翌日は、ロッカーにリンの顔にバツ印の付いた写真と、「副団長に手を出すな」の文字が書かれた貼り紙がなされていた。
連日の執拗な嫌がらせに、段々と身の危険を感じて憔悴してきたリンを見て、イオナが心配そうに尋ねる。
(――一体、誰がこんなことを……。)
不安を隠して気丈に振る舞うリンだったが、嫌がらせが一週間を超えたところで、流石にまいってきてしまった。
カイに無性に会いたくなったリンは、明日の休日を共に過ごせないかと携帯伝話でメッセージを送ってみた。すぐにカイから返事が来て、久しぶりに二人で出かけることになった。
*****
「……落ち着いた?」
「……ぐす。……は…い。すびばぜん……。」
霜の月も下旬になると、帝都の木々も一斉に色づき始める。ここ帝都中央公園も、赤や黄色、橙色に紅葉した木々のグラデーションが人々の目を楽しませている。人通りの少ない端の方のベンチに腰掛けたリンは、自らのハンカチで溢れた涙を拭い、カイに手渡された温かい飲み物を啜っている。隣に座るカイが、リンの背中をさすってくれていた。
「話せそうになったらでいいから、何があったか教えてくれないか?」
こちらを覗き込むカイの声音と表情には、心配と気遣いの色が滲んでいた。
公園で待ち合わせをしていた二人だったが、カイの姿を目にしたリンが、突然泣き出してしまったため、ベンチに座って一旦気持ちを落ち着けようと促してくれたのである。
リンが、ここしばらくの出来事を、ポツリポツリと話し始めると、一気に表情が険しくなったカイが、リンを強く抱きしめてきた。
「……リン…………。くそっ。しばらく会えなかった間にそんなことが……。……本当にすまない。僕が絶対になんとかするから。君はしばらく、仕事を休んでいて。」
「カイさんが……?」
カイは、リンの髪の毛に顎を埋めて、グリグリと顔を擦り付けてきた。リンを抱きしめる両腕の力もさらに強くなる。
「リン……ああ、リン……。本当は、片時も離れていたくないんだ。リンを傷つける奴は、僕が許さない。社会的に抹殺してやるから、安心して。」
何か怖いことを言われた気がするが、久しぶりのカイの温かな腕の中に捉われたリンは、言いようのない安心感に包まれて、小さなことはどうでもよくなってしまった。カイが何者であったとしても、自分のことを愛してくれていることにはきっと変わりない。この幸せを享受しているだけで、リンの心は満たされていくのを感じた。
*****
「リン!……良かった、元気そうで。」
公園でカイと会った後、一週間ほど有休を取ったリンは、久しぶりに病院に出勤するなり、イオナに抱きしめられた。
「リンが休んでる間に、全部解決したよ。」
「……え…………?」
なんでも、リンに嫌がらせをしていたのは、院内にいる副団長の熱狂的ファンである女性達で、彼女達は、表彰式でリンが副団長と並んでいるのを見て妬ましく思っていたところを、さらにポールに唆されて勘違いし、リンと副団長の恋路を阻もうとしていたらしい。院内に取り付けられた監視魔道具で彼女達の仕業だと判明したそうだ。女性達は他にも余罪があったことが職員たちからの聞き取りで明らかになり、懲戒解雇となった。また、ポールの方は、経理担当者と共謀して医療費の水増し請求を行い、横領していたことが判明し、こちらも懲戒解雇となった。
「誰が調査したのか分からないけど、余りにも圧倒的なスピードで解決したから、魔法師団の副団長サマが関わってるんじゃないかって気がするんだけど……」
「……副団長様が?」
「なんか、今までもチラホラあったみたい。ほら、ものすごい美形だって話でしょ。それで女性絡みで名誉毀損されるようなこともあったみたいで。その度に関係者の粗が出てきて社会的に葬られるだとかなんとか……」
「そ、そうなんだ……」
そういえば最近、何か物騒な言葉を聞いたような気もしたが、あまり深くは考えないことにした。とにかく、これでまたいつも通り働けるようになったのならありがたい。リンは、これで全てが解決したのだと、安心しきっていた――――。




