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副団長の名前は

 夏が過ぎ、秋が来た。季節が変わっても、二人の逢瀬は続いていた。「練習」から、「恋人同士のデート」という名目に変わって。

 リンの依頼したスキャン医療機器開発も順調に進んでおり、ついに初号機が先日病院に納入された。新しい医療機器を開発したので運用してみないかと、開発者である魔法師団副団長から病院長へと打診があり、その性能を目の当たりにした病院側が、二つ返事で買い取りを承諾したのである。

 今夜は、その打ち上げを兼ねて、二人でまた例の小料理屋に足を運んでいた。


「完成、おめでとうございまーす!」


「ありがとう。君のお陰だよ。」


 ちょっとお高めのスパークリングワインを開けて、二人で乾杯したところだ。

 「タコの雷撃燻製」などというスピードメニューを前菜につまみながら、繊細な泡を纏った黄金色の液体を流し込むと、すぐに幸せな気持ちで満たされた。


「いやいや、何をおっしゃいますか。カイさんの技術と人脈のお陰じゃないですか。私なんて、少し口を出しただけで……。」


「元々は君の発想だし、僕……とあいつは、それを形にするのを手伝っただけだから。」


「そんな……、ご謙遜を。……カイさんも副団長さんも、本当に凄い方です。直接お会いして、お礼を言えたら良いんですけど。魔法師団本部に行けば、お会いできるでしょうか……?」


「……ごほ、ごほっ。」


 リンが副団長の話題を振ると、カイが急に咽せ始めた。慌ててカイの背中をさする。


「……すまない。……あいつは、たぶんかなり忙しいから、急に行っても会えないんじゃないかな。僕から伝えておくから、大丈夫だよ。」


「そうですか……。では、よろしくお願いします。」


 リンは素直に諦めて、カイの言うことに従った。そうこうしている内に次のメニューが到着して、意識はそちらに奪われる。牛の胃袋のトマト煮込みが、美味しそうな湯気を立てていた。少しずつ朝晩は冷え込むようになってきて、温かいものが恋しくなる季節だ。


「そういえば、持ってきたよ。リィンの写真。」


「……リィン??」


 「ほら」、と言いながら見せてくれたのは、カイの実家の猫の写真だった。くりくりとしたヘイゼルの瞳、ツンと澄ました口元、やや桃色がかった金色の毛並み……。それはまるで、本当に――――


「ほら、そっくりだ。」


 写真をリンの顔の横にかざして、二つを見比べたカイが、くつくつと喉を鳴らしながら、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 それがなんだか、とても愛されているような気がして、急に恥ずかしくなったリンは、スパークリングワインのグラスを一気に煽って誤魔化した。


「ここを撫でると、ゴロゴロ言うんだ。」


 徐に、リンの顎の下を、カイの長い指がそっと擽る。かと思うと、そのまま顎のラインをなぞって、耳を擦ってきた。ゾクリとした感覚が、リンの中に芽生えて、心臓の辺りがキュウっとなった。


「――んっ、……」


(――なにこれ。……なんか、へん……。……もっと……)


 リンが、未知の感覚に思わず声を上げ、ボーッとなされるがままでいると、


「よおっ!お二人さん!……さては、とうとう付き合ったな?!こいつはめでてぇ。今日の酒は俺からの奢りだ!どんどん飲んでってくれ!」


 店主(マスター)が、後ろからいきなり二人の肩をバシッと叩き、大きな声で話しかけてきた。雷撃魔法のようなショックで現実に引き戻されたリンは、羞恥に頬を染めている。カイは二人の世界を邪魔されたことが不服なのか、氷の微笑を浮かべていた。


「ちょっと、あんた!やめなさいよ。……まったくもう。ごめんね、リンちゃん。でも、気兼ねなく飲んでいってね。……ごゆっくり。」


 店主(マスター)の暴走を奥さんが嗜めてくれて、厨房に連れ戻して行った。

 その後も、次々と美味しい料理とお酒が運ばれてきて、二人で楽しく過ごしているうちに、気づけばまた夜も更けていった――――。

 


*****


「ひょ、表彰?!……ですか……?」


 朝からあくせく働いて、お昼頃に一息つこうと思ったところ、なぜか院内放送で院長室に呼び出されたリンは、革張りの応接ソファに沈み込み、病院長と対峙していた。マホガニー製の机の上には、金彩の煌びやかなティーカップに、琥珀色の紅茶が注がれている。


「……うむ。魔法師団副団長殿によってもたらされた例の医療機器が、殊の外有用でな。既に量産機を発注して、本格的に施設全体に導入していく予定なのだ。そこで、彼に病院として感謝状を送ろうと思っておるのだが……聞くところによると、院内に共同開発者がおるとか。」


 病院長は、厳めしい顔つきで、自身の豊かな白鬚を撫でつけながら、話を続けた。


「何故か彼はその人物をなかなか話したがらなんだが……表彰と、昇進を検討しておるとほのめかしたら、ようやく口を割ってくれてな。」


 リンが沈黙で続きを促すと、老練の魔法医は眉毛の奥に隠れた瞳を煌めかせて笑みを浮かべた。


「キミじゃったなら、納得じゃ。流石、サミュエルの教え子じゃの。」


 サミュエル、というのは、魔法学院の院長の名だ。リンは学院時代、彼から直接指導を受けたことがある。この病院に推薦状を書いてくれたのも彼だ。


「……いえ、過分なお言葉です。共同開発と言いましても、私はただ提案を行っただけで……」


「そう謙遜せずとも良い。かのカイト・アーガイルを唸らせるほどの才覚じゃ。病院に齎した恩恵も大きい。もっと胸を張ってくれたまえ。」


「カイト・アーガイル……?」


「おや、お前さんは、共同開発者の名前も知らずにおったのか。……国立魔法学院魔工学科を主席卒業した天才にして、魔法師団副団長兼、皇帝陛下お抱えの魔工技師でもある、あの美しい御仁の名じゃよ。」




一応、設定

魔法学院長 サミュエル・ロイド

病院長 アルフィー・フロスト

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