外伝三『シュレディンガーの告白』【分岐】
――量子力学において、観測されるまで猫は生きていると同時に死んでいる。
同様に、観測されるまで、この告白は成功すると同時に失敗している。
これは、二つの未来が重なり合う、確率の物語。
あるいは単に、一人の少年が勇気を出せずにいる話だ。
五月の終わり。放課後の屋上。
榊原悠真は、フェンスに寄りかかって空を見ていた。
十三席の総攻撃を凌ぎ、小惑星の騒ぎが去り、新しいNo.13のゴスロリ少女を退けて、日常は穏やかさを取り戻していた。
穏やかすぎるほどに。
悠真はポケットの中で、スマートフォンを握っていた。画面には何も表示されていない。ただ、握っている。
脳内では≪虚数演算≫が回っている。だが、敵の能力分析でも、確率場のモニタリングでもない。
計算しているのは――告白の成功確率だった。
世界の確率を自在に操る天才が、告白の成功率を「計算」している。操作ではなく、計算。
なぜなら悠真は、自分自身に誓ったからだ。
異能で好きな人を振り向かせるんじゃなく、俺の言葉で好きだ、と伝えたい。
あの日、駅前の宝くじ売り場の前で言った言葉は、本心だった。
だから≪虚数演算≫は使わない。確率は操作しない。純粋に、自分の言葉だけで。
遠山紅音。結社から追いかけてきた少女。怒りと執念を燃料に走ってきて、いつの間にか隣にいた少女。
氷室環奈。統計学で仮面を剥がした少女。異能なき身で異能者の世界に踏み込んだ少女。
どちらも、大切だ。どちらがいなくても、今の日常は成り立たない。
悠真は空を見上げた。
「……面倒だな、恋愛ってのは」
世界最強の異能者の、切実な独白だった。
ここから、世界は分岐する。
シュレディンガーの箱が開かれるまで、二つの未来は同時に存在する。




