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外伝二『新たなる挑戦者――No.13の後継者』(前編)

――本編終了後。小惑星の衝突が回避された、平和な世界。


退屈じゃない日常は、まだ続いている。

天叡結社≪エデン・オルド≫において、「元No.13」の名は一種の伝説と化していた。


虚数領域の観測者≪イマジナリー・オブザーバー≫榊原悠真。


史上最年少で十三席に招かれ、入隊初日に序列保持者三名を模擬戦で沈め、わずか一年でNo.13の座を得た怪物。「弱い方についたほうが面白そう」という意味不明の辞表一行で組織を去り、その後、盟主の極秘指令で派遣された十三席を——片っ端から返り討ちにした男。


人間武器庫≪アルティメット・ウェポン≫鬼嶋十夜。対物ライフルで千八百メートルの超長距離狙撃を仕掛けるも、三日前から察知されていた。完敗。


不運伯爵≪アンラッキー・マン≫蟻塚洋一。幸運の欠片を大量に消費して挑むも、かすり傷ひとつつけられなかった。完敗。


正体不明≪アンノウン≫雨貝ハルキ。異能無効化で肉薄して、唯一悠真に傷を負わせたが、最後はケーキの顔面直撃から暴走車に撥ねられて病院送りとなった。惜敗。


十三席が揃って返り討ちにあった。


榊原悠真の、最強の異能者の伝説は、結社の構成員たちの間で尾ひれがつきながら語り継がれていた。「百人の異能者を同時に相手にして勝った」とか「目を合わせただけで相手が土下座する」とか、明らかに事実と異なる話も混じっていたが、誰も訂正しなかった。事実だけで十分に化物じみていたので、多少の誇張が加わっても違和感がなかったのだ。


そんな伝説の席——No.13の椅子に、新たな主が座った。


* * *

天叡結社≪エデン・オルド≫。地下四十七階。ラウンジ。


鬼嶋十夜は、ラウンジのソファでコーヒーを飲んでいた。訓練の合間の休憩時間。手入れしたばかりの軍靴が、テーブルの下で光っている。


ラウンジの扉が開いた。


入ってきたのは——目を引く少女だった。


まず、服装。


黒を基調としたゴシック・ロリータ。膝上のフリルスカートに、レースをあしらったブラウス。首元には黒いチョーカー。黒いニーハイソックスにリボンのついた編み上げブーツ。爪は黒いネイル。指には銀のリング。


次に、顔。


大きな瞳。まつ毛が長い。涙袋がぷっくりとしていて、その下に小さなラインストーンが貼られている。唇はグロスでうるうると光っていた。髪は腰まで届く長さで、艶やかな黒。毛先だけがワインレッドにグラデーションで染められている。頭には小さな黒いティアラ型のヘアアクセサリー。


全体として——ゴスロリ、地雷系、姫系。属性が渋滞していた。ありとあらゆる方向の「かわいい」を全部盛りにして、一人の少女に押し込んだような外見だった。


石動姫華いするぎ ひめか。十七歳。


序列第十三位《No.13》――重力葬送の黒百合≪グラビティ・リリィ≫。


悠真が抜けた後、その空席を埋める形で十三席に招かれた新入り。


姫華はラウンジを見回し、鬼嶋を見つけると、ツカツカと歩み寄った。編み上げブーツのヒールがコツコツと床を鳴らす。


「鬼嶋十夜さま。少しよろしくて?」


声まで「お嬢様」だった。語尾が独特の甘さを帯びている。


鬼嶋はコーヒーカップを口元で止めて、姫華を見上げた。


「……何だ」


「前任のNo.13――榊原悠真について、お聞きしたいのですけれど」


鬼嶋の目が、わずかに細くなった。


「榊原の、何が知りたい」


「全部ですわ。どんな異能で、どんな戦い方をして、どのように十三席を返り討ちにしたのか。全部」


姫華の大きな瞳が、きらきらと輝いていた。好奇心。野心。そして——挑戦者の目。


鬼嶋はコーヒーを一口飲み、カップをテーブルに置いた。


「考えている事は、だいたい察しがつくが……やめておけ」


「あら」


「俺は千八百メートルの超長距離から対物ライフルで狙撃した。三日前から射点を準備して、完璧なタイミングで撃とうとした。結果、あいつは三日前から全部察知していて、俺の射点で俺を待ち構えていた。手も足も出なかった」


鬼嶋の声には、苦い経験の重みがあった。


「お前がどれだけの使い手か知らないが、忠告はしておく。榊原悠真には手を出すな」


姫華は鬼嶋の忠告を聞き終えると、数秒間黙っていた。


そして——にこりと笑った。


「本当にみなさま、榊原悠真の事を高く評価してらっしゃいますのね。こうして十三席のみなさまがたが一目置かれる、最強の異能者が、もし、わたくしの前で膝をついたら……とっても面白そうですわ」


姫華のうっとりとした表情を見て、鬼嶋は深い溜息をついた。


「……聞く耳持たねえか」


「持ちませんわ♪」


姫華はくるりと踵を返し、フリルのスカートを翻してラウンジを出て行った。甘い香水の残り香だけが、しばらく空気に漂っていた。


鬼嶋は呆れた顔でその背中を見送り、コーヒーの残りを一気に飲み干した。


「ったく。新入りってのは、どうしてこう自信過剰なのかね。……どうなっても知らんぞ」


カップをテーブルに置く音が、やけに大きく響いた。


* * *

都立桜ヶ丘高校。朝。


悠真は下駄箱を開けた。


中に、封筒が一通。


黒い封筒。封蝋で閉じられている。封蝋の紋章は——黒百合。


「……なんだこれ」


悠真は封を開け、中の便箋を取り出した。


便箋も黒。金色のインクで、流麗な筆記体が綴られていた。



元No.13、榊原悠真さまと、その仲間の方々へ


はじめまして。わたくしは石動姫華。

あなたさまの空けた席に、新たに座らせていただきましたNo.13でございます。


つきましては、放課後、お通いの学園のグラウンド中央にて、お待ちしております。

決闘のお申し込みでございますわ。


逃げるなんて、まさかなさいませんわよね?


重力葬送の黒百合≪グラビティ・リリィ≫

石動姫華



悠真は便箋を読み終えて、しばらく黙っていた。


「何それ、見せて」


横から紅音が覗き込んだ。便箋を一読して、目を丸くした。


「挑戦状……? しかもNo.13って、悠真の後任じゃん!」


「なにかしら」


環奈も近づいてきて便箋を読んだ。眼鏡を直す仕草で目を細める。


「明らかに罠だと思うのだけど」


環奈の声は冷静だった。


「放課後のグラウンド中央、って。わざわざ場所を指定してくるということは、その場所に何か意味がある。相手にとって有利な条件が整う場所を選んでいるはず」


「だよねー」


紅音も同意した。腕を組んで、小首を傾げる。


「グラウンドって、だだっ広い空間で何もないよね。建物もないし、車もないし、人もいないし。悠真の虚数演算が操作できる変数が少ない場所をわざと選んでる、ってことかな」


環奈が頷いた。


「十中八九そうね。この石動姫華という人物は、あなたの能力をある程度分析した上で挑んできている。バカではなさそうよ」


悠真は二人のやり取りを聞きながら、便箋を封筒に戻した。


そして——笑った。


「なるほど、面白そうだ」


いつもの、あの笑み。退屈の正反対にある、危険な輝き。


環奈と紅音は顔を見合わせた。


知っていた。この顔を。この声を。悠真がこう言った時、何を言っても止まらないことを。


環奈は溜息をつき、紅音は肩をすくめた。


だが、二人の口元にも——仕方ないな、と言いたそうな微笑が浮かんでいた。


「付き合うわよ。当然」と環奈。


「わたしも行く! 新しいNo.13がどんな奴か、見てやるんだから!」と紅音。


「放課後が楽しみだな」


悠真は便箋をポケットにしまい、教室に向かって歩き出した。

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