17話
うっすらと目を開き、意識が少しずつ戻ってくる。
マリアは真っ白な空間に、硬めなマットレスの上に横たわっていた。
顔を少し動かすと、適度に筋肉のついた背中が目に入ってきた。
ぼーっと背中を見ていれば、その後ろ姿が誰なのか頭もはっきりとしてきた。
「せん・・・ぱい?」
声は掠れて、ハッキリとは喋れない。
しかし、声は聞こえたようで、ゼフィサスはゆっくりと振り返りマリアへと視線を向けてきた。
「リア!」
ゆっくりと近づいてきて、ベッド脇に腰かけると優しく頭を撫でて来た。
「痛いところはない?」
「あ、り・・・せん」
動かなければ痛みはない。
キョロキョロとマリアは周りを見回す。
薬品棚が目に入ってきてここが医務室だという事はわかった。
(医務室、初めて入った・・・」
「わ、たし・・・」
「池で溺れた」
その言葉で、水に沈んでいった時の感覚を思い出し、急にマリアは怖くなってきた。
光が遠ざかり、身体が重くなる感覚。
そして、思い出した様に足首に熱が集中し始めて、痛みを持ち始めた。
ゼフィサスはマリアの恐怖心に気付いたのか、頭から手を離し今度はそっと手を握りしめてくれた。
「先輩は・・・なんで?」
「リアがあの女に呼び出されたって、ユージンに聞いた。ただ、連絡が来たのが午後に入ってからで、直ぐには抜け出せなくて間に合わなかった。ごめん」
辛そうな表情でゼフィサスが握っていた手に力がこもる。
そして、その手をゼフィサスはそっと頬へと近づける。
ゼフィサスの頬は冷たかった。
「先輩・・・服・・・」
「あぁ・・・、リアのはすぐに乾かしたけど俺のシャツはこれから・・・」
「先輩も、池に?」
ゼフィサスから答えが返ってくることは無かった。
無言なのが答えなのだろう。
「・・・ごめんなさい」
「リアが謝る事じゃない。これから病院に行くから。その間、話を聞かせて」
そう言うとゼフィサスは一旦マリアから離れた。
椅子に掛けてあった濡れたシャツを掴み、ゼフィサスは風魔法と火魔法の応用でシャツを乾かし、それを手早く着た。
お互いに池に入っていたとは思えないほど、今は乾ききっている。
その後、病院へ行く段取りをつけてくれていた医務員が戻ってきて、ゼフィサスと教員一人に付き添われて病院へと向かった。
途中、どうしてそうなったのかの聞き取りの為に経緯を話したが、お互いの会話はそこまで正確に覚えておらず、少しずつ思い出しながら説明した。
マリアもシルヴィアもお互いに褒められるような口調では無かったので、マリアは細かく説明するのがとても恥ずかしかった。
病院ではひと通り検査してもらった。
足首は捻挫しており、医療魔法で患部を冷却してもらい包帯で固定し、そこまま帰れることとなった。
歩きにくいが、そのままに帰れることにマリアは安堵とした。
足の不自由なマリアのために車で寮の玄関まで教員に送ってもらった。
「先生、ありがとうございました」
「ピヨタン、明日は休みなさい。ゼフィルス、寮の管理人に連絡して、一度だけ入室権限が付与された。部屋まで送ってあげなさい。ただし、15分間だけだ。気をつけなさい」
「わかりました」
そのまま教員と分かれると、ゼフィサスはマリアの前に背を向けてしゃがみ込んだ。
「どうぞ」
動かなければ足首の痛みも落ち着いて来たが、動けばどうしても痛みがある。
マリアはゼフィサスの好意に甘える事にしてゆっくりと背中に乗った。
そのまま、ゼフィサスが立ち上りそのまま歩き出す。
「・・・巻き込んでごめん」
ゼフィサスの顔は見えないが、声は沈んでいる。
「先輩に背負ってもらうと、いつもと景色が違いますね!特別な景色を見せてもらったので、これで許します。気にしないでください」
ゼフィサスが悪いわけではないから、今日の事を引きずって欲しくはない。
危ない目に遭ったのは事実だが、挑発してしまった責任もマリア自身にはあると思っている。
「リア・・・」
「ユージン先輩にもお礼言っといてください」
「わかった」
ゼフィサスの背中は大きくて、暖かく落ち着く。
廊下をすれ違う人は驚いた表情で2人を見ていた。
それは女子寮に男性がいたからなのか、ゼフィサスがマリアを背負っていたからかはわからない。
でも、ゼフィサスと一緒にいるだけで注目を浴びてしまう。
良い意味でも、悪い意味でも。
それなりに体を張った授業内容ではあったが今回、やっとそこに気づく事ができた。
なら、今後マリアはゼフィサスに関わらない方がお互いのためだ。
一歩、一歩、マリアの部屋へと近づいていく。
部屋までの道順を伝えながら、故意的に少しだけ遠回りする順路を伝えた。
その間は記憶に残らないようなしょうもない話を楽しんだ。
先程沈んでいたゼフィサスの声はいつも通りだ。
遠回りして、部屋に着きドアを開け、中へ入る。
「あとは1人で大丈夫です。ありがとうございました」
「明日はゆっくりやすんで。おやすみ、リア」
「はい。・・・さよなら、先輩」
笑顔でそのままドアを閉める。ゼフィサスの顔は見なかった。
3ヶ月前に戻るだけ。
なのに、なんでこんなに胸が痛いのだろうか・・・
マリア痛む足で部屋を移動し、机の中から手紙を取り出す。
その痛みから目を背けるために、マリアは一枚ずつその手紙を読み返すのだった。




