13話
「下手・・・」
見紛うこと無い事実ではあるがオブラートに包む事もなく呟くようにゼフィサスから吐かれたその言葉はマリアの自尊心をごっそりと抉るように削った。
約束通りE棟の端の方にある第三実験室に、ゼフィサスとマリアの姿はある。
マリアが講義を終え慌ててE棟へと向かうと、実験室の中ではゼフィサスが使う予定の機器を準備して待っていてくれた。
しかも、ゼフィサスは事前に第三実験室の使用許可まで取ってくれており、ゼフィサスの段取りの良さに舌を巻いた。
マリアは色々と自分の為に準備してもらった上に、ゼフィサスよりも遅れて来た事が申し訳なかった。
その事を謝ると、講義があったマリアと違い今日は自由登校だったのだと言われ、マリアの為にわざわざ来たのかもと思うと、なおさら申し訳なく感じてしまった。
「気にしすぎ・・・。俺が好きでしてる」
それに気付いたゼフィサスは頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
“好きと”いう単語に少しだけドキリとするが、気づかぬふりをして改めてお礼を伝えた。
ゼフィサスの準備してくれた機器―Mパワースコープ―は魔力の出力を、波形として映し出す機材である。
時間経過と共に魔力の出力量が目に見てわかるので時々授業で使うのだが、なにぶん魔力の出し方が下手くそなマリアは苦手意識の強い機器だ。
そして、また隣で見ているゼフィサスの『下手・・・』の一言で苦手が増強されたような気がする。
「出してる時、何か考えてる?」
画面に映し出された波形は、波打ち方が大きくなったり小さくなったりとガタガタしている。ゼフィサスが最初に見せてくれたのは綺麗な直線であった。
どこまでも続いていきそうなほど真っ直ぐで、画面が変わり映えせず面白みはなかった。
その点、マリアの波形はまったく安定していないが、画面を見ている分には変化があり飽きないだろう・・・となぜか前向きに考える事にした。
「出ろ、出ろと念じています」
「無で」
言われてその通りにしてみる。
「さっきよりかはマシか・・・」
「念じてないと、でてるか不安です」
「・・・よく合格したね」
「・・・はい」
しゅんと落ち込み気持ちが縮こまると、ゼフィサスが暖かい手をそっとマリアの額に持ってくる。
顔を見ると眩しそうに目を細め、微笑んでいた。
マリアは再びドキッとしたが、そのまま額に触れていた手がスライドして前髪をあげられ、額がまるだしになる。
「うぎゃー!」
可愛い悲鳴ではなくて、どこか男らしい野太い叫び声をあげる。
「な、な、な・・・何するんですか!!!???女性のおでこを見るなんて!先輩、女心わからないタイプですね!!」
マリアは額を丸出しにしたまま、早口で捲し立てるようにゼフィサスへの文句を言い切った。
それをみたゼフィサスは優しい笑みを浮かべる。
「元気、出た?」
「は?」
「落ち込んでたろ?」
(雰囲気があまい・・・)
ゼフィサスは最近よく喋るなとは思っていたが、それはマリアに慣れてきたからだろう。
挙句に、マリアを揶揄ったりもするし、笑顔もよく見る。
無表情を見ることの方が珍しくなってきた。
友人のような気安さに居心地の良さを感じるが、それに慣れ過ぎては危ない気がする。
「そりゃぁ、出来なさすぎて落ち込みますよ。先輩もおでこ見せてくれたら元気でます」
マリアは仕返しのために、ゼフィサスの額の開示を要求した。
女性よりも男性の方がナイーブな部分だったりするため、マリアも本気で要求したわけでは無い。
もし拒否されたら深追いするつもりもない。
しかし、ゼフィサスはあっさりと自分で前髪をかきあげて全開にする。
しかも、見やすいように少し膝を折ってくれている。
近くで見ると、前髪の分け目から見えていた通り、広すぎず、きめ細やかな肌の額が露わになった。
「ここ、産毛。可愛い」
生え際の産毛がふわふわで可愛く感じ、マリアはそこに手を伸ばして指先で優しく産毛へと触れると指先がくすぐったい。
「元気出た?」
ゼフィサスが下から上目遣いで声をかけて来て、顔があまりにも近くゼフィサスに触られた時以上にドキドキと胸がうるさくなる。
無意識に触っていた手をマリアはそっと離して距離を取る。
「はい」
「なら、よかった。いつでも触って良いよ」
額を出したまま、グイッと再びマリアの目の前に頭を突き出して距離を詰めてくる。
近すぎて、本気で言っているのか冗談で言っているのかマリアには計り知れない。
「・・・また、落ち込んだときに」
マリアの返答が正解だったのか、目の前からゼフィサスの頭が離れ少しホッとした。
あまりにも綺麗な顔は、近づきすぎると心臓に悪いのだとマリアは思う。
「なら、練習再開」
再び魔力の出力のやり方をマリアはゼフィサスのアドバイス通りに何度も行ってみた。
少しコツを覚えたところで、魔力の残りが少なくなり疲労感が強く出てきたために、今日は終了するしか無くなった。
「・・・ごめんなさい」
「これ以上して歩けなくなったら困るし、仕方ない」
ゼフィサスはマリアを座らせ、一人で片付けている。
使う物は決まっていたので、一人で片付けてもそんなに時間はかからない。
しかし、マリアは自分の為に準備から指導、片付けまでしてもらい不甲斐ないばかりである。
「落ち込んでるなら、また触る?」
「結構です。また、ちゃんとお礼します」
「ならお礼に・・・リアって呼んで良い?」
「・・・別に良いですけど、そんなのがお礼でいいんですか?」
「リア」
ゼフィサスは今までで1番嬉しそうに微笑んだ。
呼ばれた愛称は、どこか特別で魔法がかけられたように、足元から全身に温かい魔力のようなもの湧き上がるのを感じた。
温もりに包まれた体は、先程までの疲労感が消えており不思議と身体は軽かった。
その体の状態にマリアは手を広げたり、握ったり。
椅子から立ち上がり、軽く跳ねてみるが怠さはなく不思議であった。
愛称を呼んだゼフィサスの方を見ると、片付け終わったのだろうマリアの鞄を持ち、マリアの事を眺めたまま先ほどと同じように嬉しそうに微笑んでいる。
「楽になった?リア、帰ろ」
「あ、はい」
ゼフィサス先に歩き始める。
マリアの鞄を持たれているので、一緒に帰る事は決定のようである。




