97 マティウスの行方1
クラウス伯父は心から謝罪してくれた。
契約魔術で縛られていたとはいえ、成すすべが無かった事を後悔しているようだった。
マティウスが助けに来てくれた事を大変喜び意味ありげに親睦を深めようとしていた。
私との仲を聞き出そうと迫るクラウスにマティウスは無表情のまま軽く流し、農村開発の事で話を濁していた。
なんか……おかしい?気がするな。
「どうされました?フェアリーネ様。何か気になる事でも?」
私が考え込んでいたのに気がついたミラベルが側に来てそっと話してくれた。
「あの、インファント様の事なら心配ありませんよ。騎士団から派遣されて来た領主様直属の騎士達が上位貴族が犯罪を犯した時に閉じ込められる場所に連れて行かれたそうですから」
そうだったんだ。流石にそれも気になっていた。インファントは私に危害を加えるつもりは無かったのかも知れないけど、実際に彼は常軌を逸していた。もう回復も無理かもしれない。
身内での犯行とはいえ、許される事では無いだろう。しかし騎士団まで出て来ているとは思ってなかった。確か、マティウス達は三人だけで助けに来たと言っていたのに。
クラウスから何とか逃れマティウスが私の側に来た。ベットに腰掛け手を繋いてくれる。
「マティウス、どうして騎士団が来たの?まさか私を助ける為じゃないでしょ?」
マティウスは一瞬言い淀んだ。
「インファントがフェアリーネを監禁しているかも知れんと、父上に報告したのだ」
マティウスの父、ベネディクトは騎士団長だ。そんな人に言うなんてよっぽど切羽詰まっていたようだ。そりゃ一ヶ月も行方不明ってちょっと心折れるよね。
「それで、ベネディクト様が私の居場所を知っていたの?」
「確信は無かったが旧辺境伯邸には隠し部屋があったと聞いた事があると教えられ、そこへユージーン様の協力のもと調べに来たのだ。スラットリーは動けなかったからな」
遠巻きに見ていたユージーンが側に来て悲しげに私を見る。
「すまない、フェアリーネ。私が不甲斐ないばかりにお前をこんな目に合わせて」
「お兄様はご存知なかったのでしょう?」
「あぁ、何かおかしいとは思っていたんだ。お前が行方不明になる少し前から父上は様子が変だった。部屋に引きこもってばかりだったので、いなくなった事に気付くのが遅れた」
異変に気がついたユージーンは私の安否を確認したらミラベルごといない事に気がつき、直ぐにインファントの仕業じゃ無いかと思ったそうだ。
スラットリーに連絡を取るも知らぬ存ぜぬで手掛かりはなく、途方に暮れたときにマティウスが私を探して奔走していると知り、ちょうど旧辺境伯邸に向かうと聞き同行したそうだ。
旧辺境伯邸では屋敷を調べる許可を出しギリギリで私を発見出来た。
やはり結構衰弱していたようで、まだ体が動かない。
夜も更けユージーンも下がりやっとマティウスとふたりになった。あ、ミラベルがいたか。
「マティウス疲れた?」
私は変わらず様子がおかしい彼に尋ねる。
「いや、大丈夫だ。君こそ疲れたであろ?」
マティウスはいつもより優しい目で私をいたわってくれる。その目が何故か気になってしまう。
私がボンヤリしていると、ミラベルが早く休むように言ってきた。
「まだお疲れなんですよ。さ、マティウス様はご用意したお部屋へ」
ミラベルに促されマティウスが私の手を離した。
「あっ」
私が思わず声を出すとマティウスは慌ててまた手を繋いだ。
「どうしたんだ?」
心配顔のマティウスに今度は安心して、なんだか笑ってしまった。それを見てマティウスも安心したのか微笑む。
「もう、仕方ありませんね。今夜だけですよ。マティウス様、フェアリーネ様がお眠りになるまでここにいらしても構いませんわ」
ミラベルが私を駄々っ子のように見て腰に手を当て大袈裟にため息をついた。
「信用しておりますわよ、マティウス様」
私のベットの脇で驚いた顔のマティウスにグッサリと釘を刺しミラベルは出て行った。
私達はお互いに見合うとフフッと笑いあった。
「ねぇ、隣に来て」
私はそう言うとすぐ横をポンポンと叩いてベットに乗るよう言った。
マティウスは躊躇していたがゆっくり近づき少し間を空けて私の隣に横になった。
「君から誘われるとは思わなかった」
私は焦った。
「誘うって、ち、違うわ。ナニかして欲しいワケじゃないの」
そう言って手を振り否定する。
「フフッ、わかっている」
なんだかイチャコラしてるみたいで照れくさい。
「今夜は、側に、いて欲しくて……」
色々あり過ぎてまだ落ち着かない私は、なんだか様子のおかしい気がするマティウスが気になって仕方がなかった。マティウスは私の手をそっと握る。
「大丈夫だ、眠るまではここにいるから」
そう言って笑った顔にホッとして私は目を閉じた。
マティウスの手の温かさと呼吸が聞こえてじんわりと幸せを感じながら眠りに落ちた。
ふと目が覚めた。
朝か、何だろ。
おかしい。
「ミラベル」
私の声にすぐ天蓋のカーテンが開く。
「マティウスは?」
ミラベルは言いにくそうに顔を歪めた。
「今朝早くにアデミンストへ立ちましたわ。フェアリーネ様に知らせるからと言ったのですが、起こさなくて良いと仰って」
イヤな予感がする。最初からおかしかった。
騎士団なんて私の為に動くわけ無い。
様子のおかしかったマティウス、何かある。
「クラウス伯父様を呼んできて」
私のただならぬ様子にミラベルはすぐにクラウスを呼んでくれた。一緒にユージーンも来た。
「どうしたのだ?」
クラウスにマティウスの事を調べるように頼む。
「何故急に帰ったのか、何故騎士団がこの話に関わってきたのか。至急お願いします。それとお兄様、わたくしアデミンストへ帰りたいです。出来るだけ早く」
ユージーンは眉をひそめる。
「フェアリーネにはまだ無理だよ。アデミンストまでは遠い。マティウス様だってそう思ったからお前を連れ帰らなかったのだろ。とにかく回復する迄駄目だよ。馬車の旅はキツイからね」
確かにそうかも知れない、でも……
クラウスからの知らせはまだ来ない。
ここからアデミンストまではどれだけ馬を飛ばしても三日から四日。往復を考えても十日ほどはかかる。
私はその間体力の回復に務め、何とか立てるようになった。
これなら帰れるかも。
私はミラベルとお茶を頂きながらアデミンストへいつ帰るか計画していた、その時顔色を変えたクラウスが知らせを持ってきた。
「フェアリーネ、落ち着いてききなさい」
怖い、聞きたくない。でも聞かなきゃ。
私は深呼吸しコックリ頷くとクラウスは顔をしかめた。
「マティウス様の婚約が決まった。お相手は噂があったエルナンデス伯爵令嬢だ」
私はキツく目を閉じこみ上げる吐き気に堪えた。手にしたカップをガチャリと音をたてて置くと席をたった。
「フェアリーネ様!大丈夫ですか!」
ミラベルが支えてくれ私は口を押えながら手洗い場へ急ぐ。
胃の中を全部吐き出したがまだ吐き気は止まらない。
「フェアリーネ様、しっかりなさって下さい。どうしてこんな……」
ミラベルの泣き声のような言葉が遠くに聞える。
どうして?ずっとおかしかった。
上手く行き過ぎてると思っていた。
マティウスとずっと一緒になんていられるわけ無かった。私はホントのフェアリーネじゃ無いし、エマでもアリアでも無い。
この世界の誰でもない私が誰かを愛して愛されるなんて無理な話だ。
この髪だって……この髪だってマティウスは……充分だって言ってくれたのに。
離さないって言ってくれたのに……
どうして……マティウス……




