96 インファントの事情
妻のマルスリーヌと出会ったのはとある夜会であった。
よくある話だ。パーティでお互いひと目で恋に落ちそのまま結婚し幸せに暮らしていた。
マルスリーヌはフワリとした薄い緋色の髪を柔らかく纏めいつも私を愛してくれていた。
ニ年後にユージーンが生まれマルスリーヌは息子に夢中になり毎日が幸せに満ちていた。
私は辺境伯である為本来なら管理地域である辺境へ本拠地を構えなくてはならなかったがマルスリーヌがアデミンストで暮したがったので、その管理をスラットリー子爵に託した。
私の一族は代々南方の森を管理して来た。
代々の領主が私達一族を取り立てていたがいつの時代からかその様子は一変した。
特別な役割を担っていた我が一族は徐々に貴族社会の中心から外れ今では名ばかりの辺境伯に落ちぶれた。なんとか矜持は保っているものの息子の代にはそれにも危うい。
マルスリーヌは美しく着飾るのを大変喜び、私は彼女の望むものをすべて与えた。彼女は私を愛し、息子を愛したが、フェアリーネの誕生でその幸せは変貌した……
フェアリーネは大変美しく素晴らしい蒼玉の瞳を持って生まれたが唯一、その髪は色を無くしていた……
ひと目見たマルスリーヌは意識を失った……
その日から我が家の生活の中心はフェアリーネとなった。フェアリーネは美しく育ち、私達家族と数名の使用人だけで屋敷深くにひっそりと暮らしていた。
フェアリーネが大きくなるにつれマルスリーヌはその心の不安を大きくしていった。彼女の行く末を思い悩み心は蝕まれベットの上で過ごす日が増えていった。
そしてついに、マルスリーヌは私にフェアリーネを託すと天に召されてしまった。私はうちひしがれたが悲しんでばかりもいられなかった。フェアリーネを守って行かねばならない。
ユージーンが爵位を引き継ぎフェアリーネを一生守って行くには金が必要であった。
マルスリーヌ以外の妻を娶るのは気が進まなかったがフェアリーネの為にスラットリー子爵からイブリンを迎えた。ユージーンは眉を潜めたが仕方が無かったのだ。
フェアリーネはその後も美しく育ちやがて妻のマルスリーヌの面影を色濃くしていった。
私はフェアリーネを守って行かねばならなかったが、フェアリーネはやがて外の世界へ興味をもち始めた。ユージーンが通っていた学院や、社交界などに行きたがり私は一度だけ彼女を個人的で少人数のパーティへ連れて行ってしまった。
そこではフェアリーネの白い髪を恐れ、卑下し、嘲笑う者たちに囲まれ彼女はニ度と外へ行きたいとは言わなかった。
その日からフェアリーネは母マルスリーヌの様に部屋にこもり、ベットの上で過ごす日が増えて行った。
フェアリーネは私にマルスリーヌと同じ顔で己の苦しみを訴えてきて、その苦しみから逃れたいと願った……
私は言われるままにフェアリーネに眠りを与え続け、ついに彼女も妻の元へ行ってしまったと思った……
だが、フェアリーネは戻ってきた。
私の元へ戻って来てくれたのだ。
ハツラツとした彼女には悲しい記憶が無かった。幸せそうに笑うフェアリーネを見るのは何年ぶりであったか……
だが、フェアリーネは私の気持ちとは裏腹にまた外へ出たがり、学院へ行きたがった。
愛しいフェアリーネの願いを無下には出来ず私はまた彼女を外へ出してしまったが、悪夢は繰り返された。口さがない奴等に私のフェアリーネは傷付けられ帰ってきた。
だが、彼女はまた行くと言う。
何故だ、なぜフェアリーネは私から離れようとするのか?
学院から遠ざけようとイブリンの実家であるスラットリーに預けた。これで少しは落ち着くかと思ったがフェアリーネは自らの髪切り、学院に行きたいと訴えてきた。私はまた彼女の願いを叶え、学院へ通わせた。
だがそれがまた別の悪夢の始まりであった……
美しいフェアリーネにいずれ誰かが近寄って来ることは時間の問題であった。
よりによってあのテンプルウッド伯爵の息子マティウスだった。
マティウスはその端正な顔で幾多の貴族令嬢を虜にしあらゆる誘いを袖にしたにも関わらず私のフェアリーネに目をつけた。
しばらくは見守っていたが、やがてそれはフェアリーネを利用して、我が管理地域を調査することが目的だとわかった。
フェアリーネはマティウスを同僚だと、気持ちは無いといって庇った。
あぁ、なんて事だ。
お前は利用されただけなのに、彼を愛してしまったのか……
誰にも愛しいお前を触れさせない。
テンプルウッドに渡すくらいならいっそ……
お前を守るのは私だよ、フェアリーネ。




