95 狂気の果て2
インファントはとにかく定期的に私にどういう方法か分からないけど薬を与えているようで殆どの時間を眠らされて過ごしていた。
目覚めればミラベルが必死に食事を与え、終わる頃またインファントがきて眠らされる。
私は精神的に耐えられなくなってきてインファントに何度も止めてくれと訴えたが「大丈夫だよ、愛しているよ」と繰り出すだけで聞き入れてくれなかった。
彼のなかではフェアリーネを誰の目にも触れさせ無い事が守る事だと思っているようだ。
そういった事がどれくらい続いたか分からなくなった頃ミラベルに体を激しく揺さぶられ目が覚めた。
「フェアリーネ様!助けが来たかもしれません!しっかりなさって下さい!」
私はハッとして何とか意識を保とうと頭を振る。遠くで大きな音がしたかと思った瞬間ドアの向こうで何かが爆発したような音がし、誰かが叫んでいた。
「フェアリーネ!どこだ!」
マティウスが助けに来てくれた!
私は必死に叫ぶが力が入らず大きな声は出ない。
「マティウス、マティウス。ここよ」
かすれた私の声と共にミラベルが叫ぶ。
「マティウスさま!!ここです、早く!」
ミラベルは私の側から離れドアへと向い走った。するとドアからインファントが飛び込んで来て、ミラベルを乱暴に壁に叩きつけた。一瞬の事で為すすべもなく倒れるミラベルはピクリとも動かない。
「お、お父様。もう止めて」
私は動かない体をインファントに抱えられ抱きしめられる。
「もうどこにも行かないでおくれ。私がずっと守って行くから。誰にも渡さないよ。マルスリーヌ」
やはりインファントは正気では無いようだった。
「お父様、わたくしはフェアリーネです。お母様では無いんです」
「あぁ、ごめんよ。分っているよ。お前を愛しているんだよ」
怖すぎる。
狂気の愛なのか、正気を失っているのか、私には分からないがとにかく恐怖に慄く。
「離して、お願い、助けて。マティウス!マティウス!」
私が泣き叫ぶとドアからマティウスが物凄い勢いで飛び込んできた。
「フェアリーネ!大丈夫か!」
マティウスに続きダリューンとアリステアもやって来て三人は私とインファントを取り巻く。
「お前にはフェアリーネは渡さない。フェアリーネは私といる事が幸せなんだ」
インファントはそう言ってグッタリとした私の頬を両手で包み込む。
「いやぁ、やめて、お父様、もうやめて……」
またゆっくりと意識が遠のきそうになる。マティウスが瞬時にインファントの腕を氷の魔術で固めるとダリューンが飛びかかってきた。お父様は固められた腕をそのままに私を抱えると素早く飛び退きベットの横から壁の中に吸い込まれていった。
そこは隠し部屋だったのか、小さな部屋で中には何も無い。窓も無くただ壁とタイル張りの床があるだけだった。
マティウス達も隠し部屋に気づき中に入って来た。お父様は奥の壁に背中を預けると私を離さないまま座り込んだ。
「近づくな!フェアリーネと私はここでずっと過ごすのだ。誰にも邪魔はさせん」
そう言って足で床のある部分を強く叩きつけた。そこは仕掛けがあったのかガコッと音がするとどこからともなく甘い香りが漂ってきた。
インファントがコフッと軽く咳をし血を吐く。
これって毒なんじゃないの?!
「マティウス!毒が……」
「わかってる!」
マティウスたちは袖で顔を覆うと、咳き込み出したインファントと私に近づく。
「く、来るな、ゴホッゴホッ。フェアリーネは渡さない」
インファントはあっという間に血を大量に吐き出した。なおも私を抱きしめ離そうとしない。
マティウスとダリューンがインファントの腕の氷を割り私を引き寄せる。
「フェアリーネ、しっかり!これを……」
マティウスが何か薬を私に与えようとしたが私は咳き込み飲み込めない。
「マ、マティウス、はや、ゴホッにげ、ゴホッ」
吐血するとあっという間に昏倒した。
「フェアリーネ様……もう、大丈夫ですわ」
私が薄っすらと目を開くとミラベルが泣きはらした目で顔を覗き込んでいた。
「ミラベル……助かったの?」
私は上手く状況が把握出来ずボンヤリと尋ねる。
「えぇ、一時は危なかったのですけど、マティウス様が解毒剤をお持ちでしたので何とかなりました。本当に……本当に」
ミラベルは泣き出すと鼻をグズグズと鳴らす。
「ミラベル、泣かないでお前こそ大丈夫なの?ケガは?」
「大丈夫です。マティウス様に癒やしをかけて頂きましたから。今はフェアリーネ様の看病疲れで眠ってらっしゃいますけど、ほらそこに」
指差す方へ目をやるとミラベルと反対の、私のベットに突っ伏して手を握るマティウスが眠っていた。
「あれから四日目です。本当に危なかったですから」
私はこの三日間生死を彷徨い重篤な状況が改善されたのが昨夜だったそうだ。やっと毒が抜け癒やしも効き出した。
流石、魔術の世界。毒さえ抜ければ速回復とか、凄い。
私がインファントに連れ去られてから実に1ヶ月以上が経っていた。
その間マティウスは私の行方を探し続けとうとう救い出してくれたのだ。
流石イケメン!やる事がカッコいい!惚れるねぇ……なんてね、テヘ。
スラットリーはやはり契約魔術で縛られておりインファントの行動は止められず口外も出来ず、私が監禁されていることがわかっていても何も出来なかったようだ。
マティウスがどこから嗅ぎつけたのかある日突然ユージーンと現れあっという間に隠してあった地階への通路を発見したった三人で突入して行ったそうだ。
私とインファントは毒に侵されたが三人は前もって解毒剤を摂取していた為無事だった。
インファントが毒を使うって知ってたのか?
優秀だなぁ、文武両道の氷壁の伯爵も伊達じゃないね!ムフフ。
「お疲れ様だね、マティウス」
私が眠っているマティウスに囁くと、そっと握られていた手に力が込められた。
「もう私の前から突然居なくなるのは止めてくれと言ったはずだが?」
寝起きの顔で私を見たマティウスは早速私の診察を始めた。脈を取ったり熱を確かめたりし、最後に頰に触れる。
「いや!」
インファントと同じ様に頬を触られゾワッとして顔をそむけた。マティウスは驚いて私を見つめる。
「どうしたのだ?大丈夫か?」
「ご、ごめん。おとう、様に触られた事を……思い出して……」
私は今更ながらその時の恐怖心を思い出しボロボロと泣いてしまった。
マティウスは悔しそうに顔を歪める。
「すまない、居場所を探しあてるのに手間取った」
「ううん、大丈夫だよ。マティウスとお父様は違うってちゃんと分かってる」
私は自らマティウスの手を顔に当てると頬ずりした。大丈夫だ。マティウスの手はちゃんと優しいって覚えてる。いつだって助けに来てくれる。
「まだ無理するな。一ヶ月以上ベットを動いていなかったそうだから少しづつ慣れていかなくてはな」
マティウスはそう言って私の手の甲にそっとくちびるを押し当てる。またもザワッとすると手を引いてしまう。インファントにキスされた事を思い出したのだ。
「だ、大丈夫。エヘヘ」
笑ってごまかしたがマティウスはグッと顔を近づける。
「何をされたんだ。奴はお前を自分の死んだ妻だと思い込んでいたそうだけど、まさか……」
マティウスが一瞬にしてブワっと怒気を発する。
「それは大丈夫ですわ。私がずっと付きっきりでおりましたから。ですが」
側でミラベルが素早く否定してくれた。
よかった、ずっと意識無い時があったし、あの様子のインファントじゃ自分の事ながら自信なかったよ。彼にも最後の自制心があったのかな?
「ですが、なんだ、なにをされたんだ?」
ミラベルの最後の一言を聞き流さなかったマティウスがなおも詰めてくる。
「いや、大した事じゃ無くて」
私が必死に隠しているのに横でミラベルが
「くちびるを奪われましたわ」
イヤー!ハッキリ言わないで。確かに気持ち悪かったけどそんなディープな感じでも無かったはずだし、親子間でも軽くチュッとかあるじゃん。それそれ!
「何だと、それは……」
マティウスはどこの馬の骨ともわからん奴に私がくちびるを奪われたかの様に怒っている。ミラベルもそれに油を注ぐ。
「しかも何度も」
余計な事を!しかも私は何度もとかわかってなかったのに!知りたくなかったぁー!




