94 狂気の果て1
とにかくお父様に言うだけ言ってみるとなって馬車を出た。外ではミラベルがダリューンに羽交い締めにされながら捕らえられていた。
「フェアリーネ様!大丈夫ですか?」
最初は何とか我慢していたミラベルだが馬車の壁をドンと叩く音で我慢が出来ず中に突入しようとしていたらしい。危なかった。あれからマティウスは私を押し倒そうとして来たので未成年を盾に必死に逃げて来たのだ。
全く男ってやつは!
「ちょっと意見の相違があっただけよ、大丈夫」
私の言葉に納得していないマティウスの不満気な感じにミラベルは何故だが安心したようだ。
この話はミラベルにも言えない。明日、直接お父様に話すつもりだ。
一緒に行くと言うマティウスをややこしくなるからひとりで行くと説得し、その夜は別れた。
下手しなくても今日、私とマティウスが学院に行った事が伝わっているだろう。一緒に行けば話しすら聞いてもらえない気がする。過保護な父としては気に入らないだろう。
昨夜のうちにお父様に面会予約を取り今日は朝からアデミンストの本館に向かった。
気は重いが仕方無い。森の探索の為だ。
本館に着くといつもはベールを被ってコソコソ入る私が正面玄関から堂々と入っていったので側仕えや文官たちはかなり驚いていた。
平民の使用人達は一瞬止まるが後は普通だ。やっぱり平民には気にならないらしい。
ミラベルには部屋の外で待ってもらった。ふたりの方が何かといいだろう。万が一ベリハベルの話が出てはいけないし。
お父様の部屋に案内され入ると、驚きの顔と共に心配を口にした。
「昨日、学院に行ったそうだね」
「えぇ、大丈夫でしたわ。みんな遠巻きに見てただけです、わたくしは平気だったわ」
私はお父様に手を引かれ長椅子に並んで腰掛けた。心配そうな顔をして、繋いだ手を離そうとしないお父様に向き私はお願いをした。
「お話というのは南方の森の事です」
あらましは伝えてあったがちゃんと口で説明した方が良いだろう。
「何度もアーヴィングから要請があったよ。一体あの森で何をしようとしているんだい?」
「食中毒の件はご存知でしょ?あれに関わっているのです。わたくしも薬学を学んでおりますから」
「だが、お前までそんな危険な事をする必要はないだろう?他の者に任せれば良い」
お父様には悪いが他の者ではコチラの都合が悪い。ベリハベルの事は医術部で秘密裏に処理するつもりだから。
「わたくしだって森へ行けますわ。行きたいのです、もうベールを被らなくてもどこへでも行けるんですもの」
元気になった娘が頑張っている姿をアピールして親心をくすぐる様に小首をかしげニッコリ笑う。
完ぺきじゃない?カワユイでしょ?
でもそんな私を見てお父様は少し悲しげだ。
「テンプルウッドの者と親しくしているそうじゃないか?」
やっぱり知ってたか、だよね。奴は目立つ。
「薬学での同僚で良き先輩ですわ」
ちょっと無理があるかも知れないが抵抗してみる。
「良き先輩とは毎日の様に食事を共にしていたのかい?」
ほぇ!そこまで突っ込んで聞くの?聞くよね。
「そ、そうですね。もうひとりの同僚と三人で過ごして居ます。他の方はわたくしとは居心地が悪そうだったので」
「ではテンプルウッドは関係無いと?お前はテンプルウッドに頼まれたのではないのかい?」
「違います。マティウスは関係ないです」
本当にそうだし。マティウスは私が頼むのを嫌がってる。
「そうかい……残念だよ、フェアリーネ」
お父様は悲しそうに私を見つめる。アレ、なんで?
「お前は騙されているんだよ」
「騙す?マティウスが?違うわ。彼は関係ない」
私は必死でお父様に訴える。このままじゃマティウスに矛先が向きそうだ。
「私のかわいいフェアリーネ。お前はあいつを愛してしまったのか……」
「ち、違います!私は……」
お父様に両手で頬を包み込まれ悲しそうな目で見つめられる。いつものふんわりとした優しい雰囲気のお父様の目が、今は何か狂気をはらんで見える。
え……なに?
急な眠けが襲う。目眩の様に風景が歪み目が霞んでいく……
「フェアリーネ、可哀想に。騙されているとも知らず」
「ち、ちが……い……ます……、おと……う……さ……」
意識が薄れていくなかお父様の声が聞こえた。
「私が守ってあげるよ、フェアリーネ。私の可愛いフェアリーネ……」
そう言ってお父様は自分のくちびるを私のくちびるに重ねた……
「フェアリーネ様、しっかりなさって下さい」
ミラベルの声が遠くでする……
ここはどこだろう……
私は確かお父様に話が……
「フェアリーネ様、聞こえますか?目を開けて下さい」
ミラベルが必死に訴えてくる。目を開けなきゃ……目を……
「良かった。フェアリーネ様聞こえますね」
目の前で顔をこわばらせたミラベルが私を心配そうに見ていた。
「ミラ、べ、ル」
上手く話せない。頭がぼうっとして考えられない。
「フェアリーネ様、とにかくお食事を」
そう言ってミラベルは私にスープを与えようとする。
「うぐっ、い、いら、な、い」
口に広がるなんとも言えない生ぬるい感じが気持ち悪い。
「駄目です。食べて下さい。今は体力をつけておかないと」
ミラベルは私に顔を近づけると一段と声を落とす。
「きっと助けが来ます。それまでは……」
その時カチャリとドアが開く音がしてミラベルは口を閉じてスッと立ち上がった。
「フェアリーネ、気がついたのかい?」
そう言って近づいて来たのはお父様だった。
「お、おと、う、さ、ま」
私は油断すると薄れる意識を必死で繋ぎ止め、お父様に話しかける。
「大丈夫だよ、ここには私しか来ない。あぁ、ミラベルは別だがね。お前の面倒をみる者が必要だからね」
お父様はいつものふんわりした笑顔で私の頰にそっと触れる。触られたところがゾワリとする。
なんだコイツ!気持ち悪い。触らないで、イヤだ。
「た、すけ、て。お、と、うさ、ま」
私は何とか声を出す。
「あぁ、もちろんだよ。ここにいれば安心だよ。何も心配いらないよ」
体には力が入らず、声も満足にだせない。
駄目だ、逃げられない。怖い、怖いよ。
ポロポロと涙が止まらなくなる。それを見てお父様は困った顔をした。
「駄目だよ、そんなに泣いては。まだ起きるのは無理だったのかな?さぁ、お眠り。愛しいフェアリーネ」
「いや、だ。ね、むり、たく、な……」
願いも虚しく、お父様は私の頰を両手で包み込むとまたくちびるを重ねて来た。
気持ち悪い……マティウス……マティウス……助けて……
「フェアリーネ様、わかりますか?」
またミラベルの声が聞える。前よりハッキリ聞える、起きなきゃ。
「ミ、ミラ、ベル」
前より何とか話せそうだ。私の様子をうかがっていたミラベルも少しホッとしたようだ。
「フェアリーネ様、少し顔色がましですわ。インファント様にお願いして薬を少し減らしてもらいました。あのままでは危険でしたわ」
ミラベルの言う通り少しはましになった感じがするが体は動かす事は出来ない。
「ここはどこ?」
「スラットリーの屋敷の地階ですわ」
地階なんかあったの?スラットリーって事は辺境のお屋敷か。
「何故こんなところに?」
「インファント様が急にフェアリーネ様の意識を奪ったようです」
「奪ったって、どうやって?それにお父様が私に口づけを……」
ミラベルは悲痛な表情で涙ぐむ。
「インファント様はフェアリーネ様と以前の奥様のマルスリーヌ様とを混同されている節があります」
以前の奥様って事は実の母親?マルスリーヌは随分前に亡くなったはず。
「フェアリーネ様が眠ってらっしゃる時によくマルスリーヌとお呼びでしたから」
マズイ!インファントはマジもんのサイコパスだ。フェアリーネの周りってサイコパス率高くない?ガスの次はインファントなんて。盲点すぎる。
「助けは呼べないの?スラットリーは?」
「駄目です。スラットリーは契約魔術で縛られているのか全くここには来ません。
私もフェアリーネ様のお世話をする者が必要だと必死にお願いして着いて来ました。アデミンストを出る時も誰にも見つからない様にしたようです」
どうしよう……マティウス……




