92 暑い夏4
アデミンストへ帰る朝、生贄のリックスが顔色も悪く見送りに来てくれた。
「今後、渡した資料の通り進んだら帰還して報告しろ」
「かしこまりました、マティウス様」
リックスとマティウスのやり取りを聞いていたミラベルがムッとしている。
「ウチの護衛ですのにリックスを残すのですか?それに勝手に指示など出して」
「リックスじゃないわ。アリステアよ」
私がそう言うとリックス本人とダリューンまでミラベルと一緒に驚いた顔をした。
「テンプルウッドのスパイだったのよ」
そう言って馬車に乗り込んだ。コレくらい言わせてくれ。外で「スパイですって!」とミラベルが叫んでいた。
当たり前の様に私の横にマティウスが座りミラベルとダリューンが前に並ぶ。
ミラベルはマティウスを複雑な顔で見ていたが流石に直接は何も言わず、代わりにダリューンが犠牲になっていた。
「一体いつからどれ位探っていたのですか?」
ダリューンは私をチラチラ見ている。
「それは、開拓が進んでない原因を探ろうと送り込んだのですよ」
それは本当かも。
「それで?」
「それで、ピカリングの事を知ったのですがどう処理しようか悩んでいるところへフェアリーネ様がいらっしゃって進めてくださったので助かりました」
もっともらしい。
「そのせいでフェアリーネ様が危険な目に会いましたわ……髪も」
ミラベルはまだ肩くらいの長さの私の髪を悲しそうに見て言った。
マティウスがそれを聞いて手を伸ばし髪にスッと触れる。
「このままで充分だ」
今すぐベールを被りたい!
目の前のキュンとしたミラベルの顔も生ぬるいダリューンの顔にも耐えられない。
いっそマティウスにしなだれかかってしまえば楽になれるだろうか?
いや駄目だそのまま一気に襲われる自信がある。ヤツの氷壁は既に崩壊している、残るは私の理性のみだ。
耐えろフェアリーネ、人間我慢が大事だ。本能に流されてはなすべき事がおろそかになる。
私は横を向き窓の外へ意識を集中した。
空がキレイだねぇ〜。
結局ミラベルはアリステアが居なければ私がピカリングとガスに殺されていただろうと言いくるめられ納得させられたようだ。ダリューンはやっぱりウザい。
そんなこんなで明日はアデミンストに到着するという宿での夕食後、私とマティウスはふたりで大人しく、ドアが開け放たれた隣の部屋にミラベルとダリューンが見守るなか盗聴防止を使ってお茶を飲みながら話していた。
「結局、開拓地では何の目的でアリステアが潜入していたの?」
マティウスは短くため息をつくと
「ベリハベルの探索の為だ。人の出入りを絶ちたかったんだ」
「ベリハベルの!!それだ!」
私がずっと気になっていた、記憶が曖昧で思い出せなかった森に関して引っ掛かっていた事がやっと分って最大のアハ体験でめっちゃ気持ちが良い。
持っていたカップを勢いよく置いてお茶が溢れるのを見てマティウスが顔をしかめる。
「それで見つかったの?」
「いや、まだだ。そもそも広大な森の中をなんの手掛かりもなく秘密裏に探すのは困難だ。何か方法がないか思案中だ」
ベリハベルは確か葉の裏が紫でちょっと光ってるとかなんとか。
「グズモットの胃袋からだけ見つかっているの?」
「ほとんどそうだ。二、三の魔物からも出たが九割方グズモットからだ」
それはグズモットにとって美味しい物なのかな?それなら、
「だったらグズモットに教えてもらえばいいのでは?」
「グズモットから?」
マティウスは何言ってんだって顔で眉間にシワを寄せる。
「グズモットを何頭が捕まえてそれを森に放って追いかけるのです」
犯人を追う警察犬ならぬベリハベル探索グズモットだ。語呂は悪いが試す価値あるんじやない?
「グズモットがベリハベルを好んで食していると仮定すれば使えるか……」
いつものひとりで考える体勢になってきたので私はほっといてい部屋に帰る事にした。
「おやすみなさい」
一応小声で断って席を立った。
あぁ~あ、帰ってきちゃったよ。
マティウスに別館まで送ってもらい、今後の予定を尋ねられる。
「そうね、二日後に一応、カイリン先生とエイダンに帰った報告。する事があれば作業を手伝うけど」
「そうか、では二日後の昼食時だな」
来るのか。ま、良いけど。
私はマティウスを見送り久しぶりの我が家にホッとする。でも明日からの事を考えると憂鬱になる。お父様はなんて言うだろう……
ミラベルに研究室の門まで馬車で送ってもらい、そこからひとりで研究室まで行った。
「おはようございます」
思い切ってドアを開け、ベール無しの私は部屋へ入ると挨拶する。何人かが振り返り固まって、目と口をポカンと開けている。
私は書類に目を通していたエイダンの方へ向かい、私の移動に合わせてみんなの視線が追って来る。ここでは久々の感じ、初日以来の注目度ね。
誰かが机の上の何かを落としたのかガチャンと大きく音がしてエイダンが顔を上げた。
「フェアリーネ!……帰ってたのか」
「ただいま、エイダン」
エイダンが私をフェアリーネと呼んだことで周りの者達が急に音を取り戻しザワザワと「あれがフェ、フェ、」「髪が……いやしかし……」「こんなに?!」等など、聞こえてるよ!知らんぷりするけどね!
「マティウスには……当然会ってるよな」
「えぇ、そうね」
私はムスッとして言う。
「そうか、とうとうかぁ」
エイダンがシミジミ頷いている。え?
「とうとうって何?」
私が聞き返すとエイダンは私を誰も居ない隣の部屋に連れて行く。
「いや、マティウスがとうとうフェアリーネに、な、そうなんだろ?そうかぁ、フェアリーネも大人になったんだな」
ちょっと頬を赤らめてあらぬ想像をするのを止めて欲しい。
「ちょっと!変な言い方しないで!別に何にも無いから!」
「イヤイヤまぁまぁ、いい事じゃないか。何時になったらアイツが動き出すんだとカイリン先生とヤキモキしてたんだよ、良かった良かった」
影で一体どんな事を言われていたのか知らないが本当に止めて。
私が必死でエイダンに何も無いと言い訳しているとカイリン先生がひょっこり顔を出した。
「フェアリーネが大変て一体何が、あぁ、とうとうか。思ったよりも時間がかかったな。ま、それはいいとしてフェアリーネちょっと来てくれ」
いろいろツッコミたいところだが、とりあえずカイリン先生について行った。
カイリン先生の部屋には既にマティウスが座っていて、私が来たことに気づくと立ち上がりそっと手を引いて自分の横に座らせる。
カイリン先生がニヤニヤしながら自分の机に座ると引き出しから書類を取り出し私に渡した。それは食中毒の資料だった。
「昨日のうちに報告があったのだが検討した結果、明日マティウスと一緒にアーヴィング・ガードナーに会いに行ってくれ」
私がマティウスの行動に頑張って堪えている間にサラッとカイリン先生は話す。
アーヴィング・ガードナーって誰?
「医術部門のトップで、カイリン先生の上司だ」
マティウスが教えてくれる。
「マティウスの上司でもあるだろ」
「私はカイリン先生の部下ですから」
嫌いなのかな?アーヴィングって人が。
「何故ですか?マティウスはともかく、わたくしまで?」
「あぁ、この資料を見たところグズモットがほぼ原因で間違いないだろう。正式に報告して領主命令でグズモットを食するのを禁止するように通達を出すのだ」
それは良いとして、何故グズモットが、という話になればベリハベルの事を話さなければいけないはず。
「あのぉ、それじゃ例の……」
「そうだ。それを人を介さず、詳しく聞きたいそうだ」
私が全てを言い終わらないうちにカイリンは口をはさみ黙って行けと示した。誰がどれだけ知っているか探るつもりなのかな?
「わかりました。ですが、それはフェアリーネも正式に医術部門の下に入るという事ですか?」
「まだ分からん。アーヴィング次第という所だ」
マティウスは頬をピクッとさせた。何かが気に入らないようだった。




