91 暑い夏3
疲れた……
ベットに寝転んで放心していると、ミラベルが食事を持ち静かに入ってきた。
「少しでも召し上がって下さい」
「要らない」
ミラベルは嘆息するとそれを置いて出ていってくれた。
もうすぐ夕暮れだ。朝から気分はブレブレで何もする気がおきない。ベットから窓に目を向け空を眺めていたがいつの間にか眠りに落ちた。
深夜に目が冷めた。
暑い……
起き上がり窓を開けると外気がむわっとして風もない。
「氷いるか?」
窓のしたからマティウスの声がした。
こいつストーカーか?
「いる」
私は革袋を地べたに座っているマティウスに渡した。マティウスはそこに氷をシャラリと入れると立ち上がり私の顔にそっと押し付けた。
「冷たい」
「入っていいか?」
「駄目、そこにいて」
私が拒否るとちょっとすねた顔をする。
やめて欲しい、甘々な態度は。
「いつからここにいるのですか?マティウス様」
「様は要らんだろ」
「平民なので」
「今は違う」
「中身は一緒ですよ、ずっと」
「平民にしては偉そうだった。前からずっとな」
「そうでしたか?」
私は顔をそらしているのにジッと見てくる。
やめて欲しい、顔が熱くなる。
「こっち見るのをやめて下さい」
「なぜだ?」
マティウスは不思議そうな顔をする。こっちは顔を隠すベールがない事にまだ慣れてないのに。
「何故でもです」
顔がもたないし!
私は冷たい革袋を取り返すと窓を閉めようと扉に手をかけた。
「閉めるのか?」
「閉めます!おやすみなさい」
無理に閉めると鍵をかけた。
駄目だ、何も考えるな。寝よ寝よ。氷もあるし。
結局明け方まで眠れずうつらうつらした頃ミラベルが様子を見に来た。
「起きれますか?少しはお食事をしないと」
昨日は朝しか食べなかったのでお腹が空いてる気がする。いつまでも寝ているわけにもいかないし。
「食事にいくわ」
ミラベルは喜んで私を着替えさせると髪をきれいに梳いてハーフアップに結ってくれ、そこへベールをつけようとした。
「もう要らない。マティウスに見られたし」
そう答えるとミラベルはちょっと驚いてニッコリ笑った。
「そうですか。では参りましょう」
私は深呼吸して立ち上がり外に出た。
食事場所に行くとみんながこっちを見ていた。
ベールしてもしなくても見られるのね。
先に来ていたマティウスがすっと立ち上がり私の手を取ると自分の座っている席の向いに座らせた。食事が運ばれ食べ始める。
……食べずらい。
「こっちを見るのをやめて」
私が目をそらしているのに視線を感じる。圧が強い!
「なぜだ?」
「なぜでも」
半分も食べずに席を立った。マティウスも立ち上がるとついて歩く。
「着いてこないで」
「なぜだ?」
「なぜでも」
マティウスはそれきり仕事に行ったのかついて来なかった。ミラベルはマティウスを見送りながら困り顔だ。
「良いではありませんか?一緒にいらっしゃれば」
「駄目よ。疲れるわ」
困っているのはこっちだよ。
私はイタズラがすぎるマチルダの所へ行った。ミラベルは嫌われているので近寄って来ない。
マチルダは私を見ると鼻を押し付けて来て撫でれとねだる。
「お前のせいで大変なことになったよ」
マチルダは我関せずとばかりにブルンと鼻をならす。
「良い事ではないのですか?」
後ろから来たダリューンが声をかけてくる。諸悪の根源め。
「なぜこんな事をするの?ややこしくなるわ」
「主の御心に沿うのが臣下の役目なもので」
「あなたの主は誰なの?」
「マティウス様もそうですよ」
コイツやっぱり。
「本命はベネディクト様ってこと?」
「私の家は代々テンプルウッド家に仕えているのです。より有益な方へ導いていく為に働くのは至極当然」
「あなたの中で伯爵令嬢といわくつきの辺境伯令嬢はどちらに天秤が傾くのかしら?」
「それを早く知りたいものです」
「ムカつくわ」
「御心が決まる事をお待ちしておりますよ、フェアリーネ様」
とんでもないのと関わったもんだ。今ので本音が全部出たとも限らないし。なんでこんな事に巻き込まれてんだ。勝手にそっちでやってくれ。
その夜、私はミラベルにアデミンストに帰ると告げた。とにかくここには居られない。
部屋に行くとベットに寝転んだ。
どうしてやろう。このままスラットリーにでも逃げるか?
アデミンストに帰ると言ったけど騒ぎになるに決まってる。
お父様にも迷惑がかかるだろう。
テンプルウッドからも何かあるかも知れない。縁談があがっている最中なのにこんな曰く付きと噂がたつのは本意では無いだろう。
マティウスは多分、そう……だろうし。あの氷壁と言われた男がそう簡単に親の言う事を飲み込むとも思えない。私が愛人の地位に甘んじる方が良かったはず。
エマなら出来たけど、フェアリーネでは爵位的に無理がある。
なんで今更フェアリーネなんだろう。
ベットに入ったもののやっぱり眠れない、氷がいる。
窓を開け革袋を用意した。絶対いるに決まってる。下を見ようと乗り出すとそのまま横から現れたマティウスにヒョイッと外へ出された。
「うわっ!」
驚いた私にフッと笑いかける。
「中には入れないのでな」
そう満足気に話し引き寄せようとする。
「駄目ですってば!」
そう拒否ると「なぜ駄目なのだ?」と不満げにくちびるを尖らす。
ホントにムカつく。振り回されるこっちの身にもなってよ、心臓がもたない!
「フェアリーネでも未成年ですから。やはりお好みですか?未成年が」
マティウスは「グッ」っと言ったきり手を離した。
これでよし。
そのまま並んで立ち、氷を貰う。
「帰りたいのか?」
ミラベルめ、言うの早すぎ!直前に言えば逃げ切れるのに。
「そうですね。予定より長く滞在しましたから」
これは本当で、気楽で居心地が良くつい予定を過ぎていた。でもずっとは無理だ。
「では明後日に出発する事にしよう」
「マティウスも帰るのですか?」
「殆ど私が確認する事は終えている。ガビーもいるし大丈夫だ。しばらくはアリステアを残して様子を報告させる」
アリステアはよく働くね、一緒に帰るのは仕方ないか。
「わかりました、もう寝ます。部屋に入れて下さい」
マティウスはジッと私を見ていたが諦めたのか脇に手を入れ窓枠に座らせた。私からちょっと見下ろす感じになり見上げてくるその顔が何だか可愛く見えてふとニヤけてしまう。
「やっと笑ったな」
マティウスはそう言って私の髪をそっと撫でるとそのまま頬に手を滑らせた。
「触らないで下さい」
「これくらいは許されるだろう?」
「駄目ですよ」
「許してくれ」
キュンとするからそういう事を言うのは止めて欲しい。イケメンからおねだりとか私の脳内に処理する機能ないから!
「お、おやすみなさい」
それだけ言って一旦背を向けるけ窓を閉めようと振り返ったが、マティウスが満足そうにそっと扉を閉めながらキレイな笑顔で「おやすみ」と言った。
早く帰りたい。これに耐えれる気がしない。
流石に寝不足だったのか昨夜はよく眠れた。寝過ぎたのかもうすぐ昼らしい。
「ちょっとスッキリされましたね。お食事はどうなさいます?」
まだボーッとする私にミラベルが笑みを浮かべて尋ねる。
「ここで少しだけ食べるわ」
ベットに座ったまま窓の方を見た。
「マティウス様は明日帰るために凄い勢いでお仕事をこなしていらっしゃるとさっき顔色の悪いリックスが言ってましたよ」
「私は……別に……」
ミラベルはことさらニッコリ笑って
「ロマンチックかもしれませんけど今度からはキチンと表からいらして下さいとお願いしておきました。フェアリーネ様が毅然とした態度でとても安心いたしましたけど」
そう言って食事を取りに出て行った。
バレてたのか、危なかったぁ……




