90 暑い夏2
ハレンチ女子として堂々の認定をもらった私はマティウスに帰りも送ってもらい窓枠にヒョッコリ乗せられた。
「明日はもう出て来るなと言いたいが?」
「だって暑いし、眠れない。マチルダに触ったら落ちついて眠れるの」
私はそう言って部屋の中に戻りマティウスにお礼を言おうとして思い出した。
「ちょっと待って、これに氷入れて」
革袋を取りだしてマティウスに頼んだ。マティウスは呆気に取られていたがシャラリと氷を入れてくれた。
「ありがと、ムフッ」
「君はここに来てから子供のようだな」
「そうかな?ここは気楽だから」
今度こそお休みを言って窓を閉めた。氷枕があれば良く眠れそうだ。
いやぁ〜良く寝た。
その日も村の中をまたウロウロしたり、またご飯作ってみんなに振る舞ったり楽しく過ごした。
農村バンザイ!
数日後、今日はクラウスが帰る日だ。私はもう少し残ってから帰る予定なので朝からお別れの朝食を一緒にとっていた。
食事処は貴族用と平民用に別れており、それぞれ料理人がいる。勿論グズモットは出ない。
今日はなんとテリウスがパンケーキを焼いてくれた。めっちゃ美味しい〜。
「いつまでここにいるのだ、フェアリーネ。こちらの屋敷には来ないのか?」
「そうですね。暫くここにいて、今回はアデミンストに帰りますわ。お祖父様とお祖母様に宜しくお伝え下さい」
「そうかい……それとマティウス様の事だが」
「何ですか?」
「ちょっと調べたが今結婚話が持ち上がっているらしい。お相手は伯爵令嬢だそうだ。氷壁の伯爵も観念したようだな、御父上には逆らえんのだろう」
「……そうですか」
私はクラウスにそう答えたきり何も話さなかった。
クラウスは朝食後すぐに出発し私は自分の部屋に戻った……
なんだろ?なんなんだろ?良くわからないや。
部屋から出て畑に向かった。
ルーがいて今日もお手伝いを頑張っていた。最近は仲良くなって一緒に話したりオヤツを食べたりしている。
マティウスはあれから毎晩私を迎えに来てマチルダに会わせてくれ送ってくれ、氷をくれる。ワガママ娘の世話を焼いてくれているのだろう。
結婚するならあまりワガママに付き合わせちゃまずいかな?ここから帰ったらもうあまり会うことも無いのかな?
そもそも研究室で会ってるだけだったし、私が孤立している事を気にかけてくれていただけだし。でも最近は魔力発動のせいであまり来なくなってたし。
今だって昼間はマティウスが忙しいから夜になってちょっと会うだけだし……
考えても仕方ない、今日は早いけどマチルダに会いに行こう。この時間なら一人で会いに行ける、会えば落ち着く。
昼前だったのでミラベルがダリューンに呼ばれたすきに抜け出した。
ひとりになりたかった。
私はマチルダの所に行くとまたスベスベする毛並みを撫で撫でし、少しホッっとした。誰もいなくて、マチルダとふたりだ。
そよそよと風が木々の葉をゆらしたが生ぬるさが気持ち悪いかった。暑さのせいか軽い目眩を感じる。
私はなんとなく歌を口ずさんだ。
「♪出逢えた〜」
私が歌っているのが気に食わなかったのかマチルダが急にベールを噛むとスルリと取り去った。
「わっ、駄目よ。マチルダ返して」
慌てて手を伸ばしたその先にマティウスがいた。
「ま、待って!今、髪が……」
私が両手で顔を隠すとマティウスはツカツカと近寄って来た。
「なぜ君がその歌を知っている?」
そう言って私の手を掴み顔から退かせジッと見つめた。一瞬目があったが私は顔を背けた。
「それは前にアリアが一緒に旅をした時に歌っていた歌だ」
えぇ!そんな事あった?えっと、えっと、ヤバイ!
「な、何を言ってるんですか……とにかく手を……」
焦りと恥ずかしさで頬が熱くなる。
「君はやっぱり……エマだな」
「な!なんで、わか……」
私が驚いて叫ぶのを遮りマティウスが怒ったような顔で叫ぶ。
「なぜ知らせて来ない!」
「は?なぜって……」
「私には君を探せないのだぞ!君が知らせるべきだろ!」
「知らせるべきって言われても……」
マティウスはなおも詰め寄り私は動揺して逃げようと身をよじった。
「私の居場所は最初から分っていただろう!」
「は、離して!イヤ!」
マティウスの剣幕が怖くて逃げようともがいたその時突然後ろから声がした。
「フェアリーネ様から離れなさい!」
ミラベルが火の魔術で攻撃しようとマティウスの肩を掴み反対の手を振りかぶり火の玉をぶつけようとしている。
何やってんのミラベル!やり過ぎだよ!
マティウスは私を抱きかかえるとザッと飛び上がってそれを避けた。
「ぎゃぁー!怖い!待って、ミラベル止めなさい。話せばわかる!」
私は驚いて叫ぶ。
「ダリューン!」
マティウスが呼ぶとどこからともなくダリューンが来てあっという間にミラベルを押えて後から首に腕をかけ捕らえた。
「誰も追って来るな!」
そう叫ぶとマティウスはマチルダに私を抱えたまま飛び乗り手綱を取ると猛スピードで走らせだした。
「いやぁー怖い怖い!おろして!」
私はその速さに恐怖して泣き叫んだがマティウスはそれを無視して暫くマチルダを走らせると人気のない木陰に止まりやっとそこへ下ろしてくれた。
私は降りるなり膝から崩れ落ち地べたに座り込むと放心した。
コワ!!
「大丈夫か?」
気遣うように手を差し出すマティウス。
「大丈夫なわけない!」
段々腹が立ってきた。ふらつきながらもなんとか自力で立ち上がると、マティウスを睨みつけた。
「手荒な真似をして悪かった。だがなぜ知らせて来なかったんだ?」
「なぜって?!」
何だコイツ。
「君が急にいなくなって、私には探す術が無かったのだぞ。君の方から知らせるべきだろ」
「お言葉ですけど知らせて何になるのです!」
「なにって……」
マティウスはワケが分からないという顔をしている。こいつ、女は当然自分が言えば断らないって思ってんじゃない?
「エマでした、今はフェアリーネです。で?」
「しかし……」
「私はもうマティウス様と前のように関わることは出来ませんし、何ならご迷惑をおかけするぐらいです」
「それはどういう……」
「だからコレ!」
私は髪をつまみあげる。
「髪がなんだ?」
「とぼけてるんですか?呪われた娘に関わっても仕方が無いと言ってんですよ!」
「それは気にしないと最初に言ったはずだが?」
マティウスはムッとして言う。
「マティウス様が気にしなくても周りが気にするんです。伯爵ご子息に悪評がたつのを好ましくない人がいらっしゃいます!」
「関係ない」
「関係なくない!」
「関係ない」
「もう、しつこい!!」
私はボロボロと泣き出してしまった。
するとマティウスは私を遠慮がちにそっと優しく抱き寄せた。
「離して下さい!」
「離さない」
そう言って髪を撫でると顔埋めてきた。
「気持ち悪い……離して……」
「うるさい……離さない」
そのまま私は泣き続けマティウスはじっと泣き止むのを待っていてくれた。
くそぅ、自分勝手な奴……でも……
しばらくすると、マチルダが私の手に鼻を押し付けてきた。
「マチルダ、どうしたの、帰りたい?」
私はマティウスに抱きしめられたままマチルダの顔を撫でた。
マティウスは私から体を離したかと思ったら抱きかかえマチルダに乗せた。
「帰るぞ」
それだけ言って今度はマチルダを軽快に走らせた。
農村に戻って来るとダリューンとリックスが必死にミラベルをなだめていた。
「でも、フェアリーネ様に何かあったらどうするんですか!」
「大丈夫です。マティウス様は危ないまねはしませんから」
私達が戻ってきた事に気づき、マチルダから降りると三人は駆け寄ってきた。
ミラベルが心配そうに私の髪に触れ顔をのぞきこむ。
「大丈夫よ、もう気にしない。部屋に戻るわ」
私がそう言ってダリューンの側を通り抜けようとした時、彼は一瞬目を見開いたがニヤッと笑った。その顔が何となく気になった。
「クラウスに余計な事を言ったのはあなたじゃ無いでしょうね」
「聞かれた事を答えた迄です。お美しいフェアリーネ様」
そう言って頭を下げた。「思ったよりも効果があったようです」そう続けたが私は無視した。




