88 農村改革4
マティウスが出発してから数日後、やっとクラウス伯父から招待が届いた。
お母様の後押しもあって無事にアデミンストから出られる事になり、リックスに言ってガビーに知らせてもらう。やった!
準備に時間がかかるがニ、三日後には出れる予定だ。前もって用意をして誰かに気付かれしまうといけないので出来なかったのは痛いロスだ。
早く農村へ行きたい。マティウスからは一度だけ連絡があり周辺の農村は去年とさほど変わらず、テコ入れが必要な所はこれから行く所以外他に無いらしい。
「本当に農村へ行かれるのですか?」
ミラベルが不安そうに聞いてくる。貴族である彼女は農村なんて通り過ぎるくらいしか行ったこと無いだろう。私は慣れてるけど今回はそこで数日過ごす事になるが大丈夫だろうか?
「ミラベル、行かなくてもいいわよ。農村はこことは違うらしいから不便だし、汚いし」
「そんな所へフェアリーネ様をお一人で行かせられません。行きますとも、勿論」
張り切ってるなぁ、途中でへばりそう。
リックスからガビーが無事に出発したと聞きひと安心だ。彼はスラットリーからのお迎えという建前で一緒に出発する。
やっとアデミンストを出て馬車に揺られながら一泊目の宿に到着してわかった事は、お嬢様の夏は暑いということだ。
ダンヴァース領の貴族の女性は基本お肌は露出してはイケナイとされているため年中長袖だ。首元は鎖骨が見える程度が独身の限界、既婚者でも胸の谷間等は基本NGだ。
そしてなお暑いのがスカート。子供以外はマキシ丈なのは当たり前、何枚か重ね着しロングの靴下、膝丈の下着と蒸し蒸しする事この上ない。
アデミンストに居ればほぼ建物の中に居てどんな仕組みか知らないが空調が効いて涼しい。
だが、馬車は暑い!是非馬車にも空調をつけるべきだ。馬車の中はミラベルと二人なのでスカートを捲ってパタパタしたら激怒された。
誰も見てないし別にいいじゃない。もう死んじゃうよ、暑さで。
宿では部屋にひとりになった時にバケツに水を入れてもらい足をつけてスカートをまくって涼んだ事はミラベルには内緒だ。
夜になって少しは暑さがましだがそれでも暑い。せめて氷枕でもあれば涼しく寝れるのに……氷、いたね。氷壁の伯爵が!いたよ、使えるやつが!
早くマティウスに会いたくなった夜だった。
それからいくつか宿を経由しやっと合流地点の農村についた。
「着いた!やっと、やっと着いたよ、ミラベル」
「ハイハイ、お静かに。そんなにはしゃいではいけません」
冷静なミラベルは私の気持ちが分からないようだ。ここは平民や地方の下位貴族ばかり。上手く行けばベール無しでも村中を闊歩出来る!ベールは暑い!
「思ったより早かったな」
「…………」
居たよ上位貴族、伯爵様が。あ!でも待って、コイツ使えるやつだった。
「マティウス、もう来ていたのですね」
「昨日のうちに着いたんだ。ガビー達が先についていて準備は既に始まっているぞ」
「え!見たいです」
私はマティウスに案内してもらいながら水耕栽培をする建物へと向かう。それにしても暑い……ベールの中は頭から汗は流れるし背中は滝のようだしウンザリだ。
基本的には水耕栽培をする為の建物は一から建てないと駄目だ。屋根に窓をつけなきゃいけないし、カーテンもいる。
でも、今回この村の食堂に使っていた大きな建物が残っていたのでこれを改造していく事になったようだ。
屋根が取り払われた建物の側にガビーが立っていた。
「マティウス様」
ガビーはこちらに気づきやって来ると私に気づき頭を下げた。久しぶりのガビーだ。
「責任者のガビーだ」
マティウスに紹介してもらう。
「よろしくガビー、新月魔草ってどれくらい水耕栽培で収穫出来るようになっているのかしら?」
私があれからどうなったか気になる点を聞くとガビーはマティウスの顔を見て固まった。マティウスはため息をつくと頷いた。
「はい……今は年を通して収穫出来るようになっておりますが、安定性はまだ不明です。今回こちらに大規模に水耕栽培を作れるという事で期待しております」
やっぱり、新しい場所が欲しかった時期だったようだ。
「暖かい所の方が出来やすいかも知れませんね。頑張って下さい」
「ありがとうございます」
ガビーと話し終わると後でクラウス伯父が呼ぶ声がした。
「これは、フェアリーネじゃないか。無事に着いたのだな、久しぶりだな」
クラウスは私の頬にキスしようとベールに手を伸ばした。
「あぁ、ごめんなさい」
私がそっと手をあげ拒否するとクラウスは隣のマティウスをチラッと見た。
「おや、そうかい?てっきりお前達はそうなのかと」
「そうとは?」
「ベールが無くても大丈夫な仲かと思っていてね。イブリンもそんな感じで知らせてきていたからね」
お母様は何を言ったんだ?
「同僚で仕事仲間ですよ、クラウス様」
マティウスが無表情に答えると、クラウスは少し楽しげに見やって「そうか、それは残念だね。失礼しますよ」と手を取り自分が使っているらしき小さな戸建ての家に連れて行った。
農村には貴族が泊まれるような宿はない為、空き家を利用して泊まれる場所を前もって用意してくれていたようだ。もちろん平民とは離れた場所だ。
私はクラウスに新しいレシピを渡しお菓子の売れ行き具合を聞いた。
「少しずつ伸びているよ。あまり大々的にはまだ出してないんだ。生産体制がちゃんと整うまではもう少しかかるからね、職人を育てている最中だ」
「そうですか。コツがつかめれば良いんですけど。慣れるまでは大変かもしれませんね」
その後も細かい取り決めの確認をし、話題は今回の水耕栽培の事になった。
「どこからこんな情報を仕入れたのだ?テンプルウッドでも重要な事案だろ、まだ開発を始めて時期も浅そうだ。共同開発をするにはもう少し経ったほうが主導権を手に入れやすいだろうに。お前がマティウス様に取り入ったのだと思っていたが違うのかい?」
「違います。私は主導権が欲しかったわけではなく農村の貧困を解決したかったのと、新月魔草がよりお多くの平民にも行き渡るように量産を早くしたかったので、そこをお願いしたまでです」
クラウスはフムと考え、商売人の目をした。
「私が用意した縁談よりもマティウス様にお願いした方が今後やりやすいかと思うが?」
「マティウス様は引く手数多の氷壁の伯爵ですよ。わざわざ呪いのかかった娘はお選びになりませんよ。あちらはそんな事なさらなくてもお相手もすぐにみつかるんじゃないですか?今のうちに他の対策をされる方が有益なんじゃないですか?」
私はそう言ってクラウス伯父から離れた。やっぱり暑いや。
夕刻になりクラウスと食事を共にし自分にあてがわれた戸建ての部屋で寛ぐ。隣がミラベルの部屋で側仕えが用意出来ないここでは何かと世話しやすいようだ。
「体洗いたい」
汗だくだった昼間のせいで気持ち悪くて耐えられない。
「待てて下さい今用意します」
ミラベルが部屋を出たので私は締め切った窓を開いて外の空気を入れた。日が翳ってからは少し風も出てきて涼しい。ここは全て平屋建てなのですぐ地面が近く、顔を出して横を見ると離れた所に厩が見えた。
もしかして八脚馬がいるかも!
戻ってきたミラベルに聞くと確かにマティウスの八脚馬がいたという。
「見たい見たい見たい!」
「駄目ですよ。今夜はもう遅いですし。お体を拭いたら休んで明日見に行きましょうね」
ミラベルは子供に言い聞かすように私に言うと窓を閉めた。
「何故閉めるの?暑いのに」
「フェアリーネ様ここは警備が行き届いているとは言えません。お屋敷とは違いますから寝るときも閉めておいて下さい。誰かが覗いたりしたらどうなさるんですか?」
いや無理だろう、暑すぎる。熱中症になるよ。




