87 農村改革3
夏も本格的に始まる頃リックスがやっと返事を持ってきた。
スラットリーに出した手紙には、農村のテコ入れ要請と、それにはマティウスが協力してくれる事。貴重な薬草を栽培する予定だという事を記した。
かかる費用は私も負担するうえに新しいお菓子のレシピをつけ、私が販売資格も得たので正式に取引が出来る事を報告し、これからもレシピの独占契約を結びたいと付け加えた。
スラットリーからの返事には、インファントには知らせ無いのか?今後いつどのように知らせるのか?などと色々自身を守る為の安全策についての質問が主だった。
私からの要請で仕方無く契約した事を証明するよう念を押された。バレた時に私に責任を押し付ける為だ。これはクラウス伯父の要求だろう。そして一つ……気乗りしない条件を出された。
「抜け目ないなぁ、クラウス伯父はやっぱりやり手ね」
私は通勤の馬車の中でミラベルに話した。
「スラットリーは昔から商売上手ですけど、クラウス様がそれを一気に広げてイブリン様の辺境伯とのご結婚で一定の地位を得ましたから」
ちょっと自慢気味なのは元自分の主の実家だから思い入れがあるのだろう。
もうすぐマティウス達が出発する。私も着いて行きたいが、すぐには無理だろう。アチラは食中毒関係の農村回りもあるから私が目的としているところ以外にも行かなければいけない。
スラットリーにまた屋敷に招待して貰えるように手配しているが、思うように進んでない。契約が確実にならないとスラットリーは動いてくれないのだ。
色々細かいところを詰めているが、やはり何度かやり取りしなければいけないので時間がかかるのは仕方無い。
ミラベルの他、テリウスが協力してくれやっと何とか契約にこぎつけた。他に信用出来る者がいないので伝達はマティウスに頼んだのだ。
温室で最後の確認作業をしているとテリウスがそっと遠慮しつつ尋ねてきた。
「フェアリーネ様、このお菓子のレシピ独占契約とはフェアリーネ様が独自に発案なさったレシピですか?」
やっぱ気になるよね、料理男子!
エマだった時にクッキーとパンケーキは教えてある。クラウスにはマドレーヌを教えていたので被って無いはずだ。だけど研究室でエイダンやカイリンにはクッキーとフィナンシェを食べさせている。
ムムム、どうしよう。一応住み分けと言うか、別もんだと言う感じで誤魔化すしかない。
「まぁ、そうだけど?何か?」
「いえ……似た感じのレシピを知っているもんで」
「そう。同じ様な物を好きな人がいるのね。今度ご馳走して欲しいわ」
私はしれっと濁し話題を変える。
「マティウスはもう出るのでしょう?明日かしら?」
「明後日です。明日はここへフェアリーネ様にご挨拶に来るはずです。……もう、大丈夫そうですので」
テリウスまで魔力発動の事を知っているのか!口が軽すぎるぞダリューン!どうせ主の為とか言い訳するんだろうけど。
まぁ、魔力の影響が薄れたなら大変結構、それなら会っても大丈夫です。あれからこっち、いつもの微妙な距離を空けながら挨拶程度の関わりで過ごしてきたのだ。やっと普通に話せる……別に寂しかったとか違うし。
研究室でいつもの作業をこなしていると休憩時間になったのか、久ぶりにマティウスが迎えに来た。
氷壁の伯爵、久々の登場に研究室内はざわついたが我関せずのマティウスはさっさと私を連れ出し温室へ向かった。
道々明日から向かう農村の事を聞き、貧困に陥っている村の資料をまとめて送ると約束してくれた。
「やっと魔力発動の影響が落ち着いてよかったわ」
私が温室のテーブルに着きながら、スラットリーに行くという事を口実に農村へ行けそうだと伝えるとマティウスはちょっと顔をしかめた。
「君が農村へ行く時期は分らないのか?」
「まだハッキリしないの。スラットリーと最終打ち合わせが終わってないし、その後に招待を出してくれるという事だから」
マティウスは不満気だが仕方無い。
「こちらの用意が整い次第リックスへ知らせるから水耕栽培の事お願いね」
準備が出来たらリックスを通じてガビーに知らせ、農村へ向けて出発し向こうでスラットリーと合流してもらう予定だ。スラットリーからはもちろんクラウスがやって来る。
エイダンがやって来て食事が始まりその後お茶を飲む。
「だけど本当に農村のテコ入れをフェアリーネがやるとはな、凄いと言うか」
「か?」
「変わってるというか」
エイダンは不思議なものを見るような目で、
「普通の貴族は農村改革なんてしないし、もし万が一助けるにしても何処かに吸収させるとかの指示を出す程度だよ。自分で動くなんて聞いた事ないよ」
「自分がやりたいと思った事を自分の目で確認しないなんて信じられないわ」
私の言葉にマティウスは頷く。それを見たエイダンはニヤッと笑う。
「そういえばここにもいたな、自分で動く高位貴族が。似た者同士だな」
「人を変人扱いするな」
マティウスが不機嫌に言う。
「それは暗に私を変人だと言っているのかしら?」
「わかり易く言ったつもりだったが?」
マティウスめ!ウザい。
私はふたりから離れると温室を散歩し始めた。夏になってここも温室とは呼ばれているが、外より少し涼しいくらいだ。
年間通して一定の温度に保たれているのは、魔術具が使われているらしいが詳しくは知らない。
水耕栽培にも魔術具が必要なので実質そこの農村には貴族が数名滞在する事になる。魔石を使えば下位貴族でも扱えるらしいので、平民に抵抗が少ない者に行って欲しいとお願いしている。ピッカリみたいなのは駄目だ。
スラットリーにピッカリに対するお父様からの問い合わせは殆ど無く。急に辞めると言って居なくなったとだけ伝えたらしいが、開拓自体は終わっているので問題なかったのかも知れない。
お父様とはあれから何度か食事をしたが相変わらず距離近めの甘々対応キラキラ攻撃でグッタリするが私がカイリン先生の所へ通っている事に関しては少し不満を溢す程度だ。
このまま過保護を緩和して行ってくれれば問題ないのだけれど。
一度お兄様とも食事したが最近何度かお見合いしたそうだ。適齢期なのでそろそろ決めないといけないが気乗りしないようだ。きっと私のせいで普通の辺境伯より苦戦しているだろう。
なんでもスラットリーからいい縁談が持ち込まれているらしいがお母様との再婚にあまり賛成でなかったせいか気乗りしないらしい。貴族も大変そうだ。
マティウスにもお見合いは山のように来ているようだ。適齢期に突入して、あの顔で伯爵、選り取りみどりだろう。平民に愛人の一人や二人いたところで問題ない。その気になればすぐにまとまるだろう……ふぅ。
「何か考え事か?」
マティウスがこちらにやって来た。距離を気にせず近づき話しかけてくる。
「えぇ、兄のお見合いの件で。私がいるせいで上手く行かないようなので」
私は目の前の薬草をイジイジ触りながら話す。薬草の中には転生前に知っていたハーブに似た物も多数含まれていて香りが楽しめる。
「気にする者を選ばなければいいのでは?」
「そう簡単ではないでしょう?」
私は手についた香りを顔に近づけ嗅ぐ。レモングラスに似た香りでお気に入りだ。次に例の解毒作用のあるスベスベの薬草を触る。相変わらずさわり心地が良い。
「それに触るな」
マティウスは五月蠅い。そんなすぐに荒れたりするわけじゃない。コイツも過保護気味なのかな?
「マティウスも意外と心配性なのね。それではお相手の方が大変そう」
「相手とは?」
「結婚相手ですよ。お見合いが殺到してるって、ダリューン様が言ってたわ」
マティウスはムッとしながら「余計な事を」と溢す。ダリューンはいつだって余計な事をする。今回の事で叱られるといいよ。
「興味が無いので問題ない。君だって見合いくらい来ているだろう?」
痛い所を突かれた。
「実は来てるの、まだ未成年なのにね。クラウス伯父から今回の件が落ち着いたらいくつかお見合いをするように言われたの」
そこからマティウスは何故か黙ってしまった。




