86 農村改革2
ダリューンにリックスことアリステアを探してもらうのを頼んでから三日目、エイダンを通じて「捜し物が見つかった」と連絡が来た。
マティウスはあれから休憩に迎えにも来ず、研究室のみんなの間でも物珍しさから私を誘っていたが、流石にそれ以上発展する訳は無いので落ち着いてきて興味が他へ移ったのだろうと言われているらしい。好き勝手言ってなって感じ。
どこへ行けばいいのかエイダンに聞いてみたが何も知らないと言う。
「とにかくいつもの馬車を止めている所に来いって」
「そう、わかった。ありがと」
エイダンは心配そうだ。
「ミラベルもいないんだろ、ついて行こうか?」
そう言ってくれたが巻き込む訳にはいかないので大丈夫だと断った。
時間が来て馬車を止めている所まで来た。今日はミラベルには少し遅く迎えに来るように言っている。まだリックスの事は言って無いし言えば絶対に着いてくるに決まってる。そうなると水耕栽培システムの話がしづらい。
程なくダリューンが来い来いと門の横から静かに手招きして来た。付いていくとマティウスの馬車が止めてあり、そこには八脚馬のマチルダが繋がれていた。
「ほぁっ!マ……八脚馬!カワイイ!触りたい」
「駄目ですよ。そいつ好き嫌い激しいし。オレでも未だに噛まれそうになるのに」
ダリューンは嫌われてるらしい。
「そう、残念だけど我慢するわ」
くぅ~触りたい触りたい触りたい!我慢の子だよフェアリーネ!
私はグッと堪えて馬車に乗り込む。
「どこ行くの?」
「秘密ですから窓開けちゃ駄目ですよ。ご一緒しますけどお許し下さい」
若い男女が一つの馬車に二人っきりで相乗りは貴族では身内か婚約者でも無い限りご法度らしいが、出来るだけ関わる人を抑えたいマティウスと私はそこは目をつぶらなくてはならない。って言うか別に気にならないし、私は。
少し走って落ち合う場所に到着したらしい。土地勘の無い私には全く何処かわからないけどアデミンストは出てないと思われる。
馬車を出て直ぐに建物に入れられ外の景色も全く見れないまま部屋に通され、そこにはマティウスと久しぶりのリックスことアリステアがいた。
「お久しぶりです。フェアリーネ様」
「リックス、久しぶりね。ごめんなさい急に」
「いえ、フェアリーネ様にお誘い頂きながらお断りして心苦しかったので、私でお役に立てるのなら」
爽やかです、笑顔が眩しいね。
ピッカリくん顔負けの小芝居上手なリックスが私に微笑む。
「で、早速だが時間が無い。何を頼むのだ?」
マティウスが仕切ってきた。せっかちは嫌われるよと思いながら私は手紙を見せて説明した。
「そうね、早速で悪いんだけどこれをスラットリー子爵のお祖父様に届けて欲しいの」
「何が書いてある?」
アリステアに頼んでるのになぜお前が聞くんだ。でもどうせマティウスは届ける前に勝手に見るだろうから隠しても仕方ないか。
「農村にテコ入れするのを手伝ってくれって書いてあるわ」
「やり方は?」
マティウスが私を睨みつけて尋ねる。今日は来た時から距離も近い。私の様子が知りたいのだろうけどさっきからマティウスの気持ちが直接伝わってきて胸が苦しい。
圧が凄いよ、私はただの人なんだからちょっとは手加減してよ!
流石にもういきなり斬り捨てられる事は無いだろうけど緊張しながら少し震えつつ私は意を決して言う。
「マティウスに農村に水耕栽培システムを取り入れて欲しいの。新月魔草を育てるのよ」
そう言った瞬間、更に何とも言えないプレッシャーがかけられて私は胸を抑えてうずくまった。
「マティウス様、離れて!フェアリーネ様が危険です!」
ダリューンの声でマティウスはハッとして素早く私から離れた。リックスが心配して駆け寄り私を抱え長椅子に横たえる。
「大丈夫ですか?フェアリーネ様」
そう聞かれたがまだ頷くしか出来ず、リックスが「失礼しますよ」と言って私のベールをあげて顔色を確認しすぐまたおろしたようだ。
いやいや勝手に何してんのよって思ったけど抗議すら出来ず暫く動けなかった。
少し休んでやっと動ける様になりゆっくりと体を起こしてそのまま長椅子に座った。
離れていたマティウスが冷静になったのか近づいてくる。私は思わず身を引いたが彼は一瞬だけ止って私の様子を見ながら少しずつ近づいた。
「すまない、少し我慢してくれ」
そう言って私の手に触れ呼吸を確認したりして最後に首にそっと触れた。
「ふわぁっ!」
私はその感触に驚いて手をはらった。マティウスはちょっと躊躇ったがもう一度触られ、ゾワゾワと全身に寒気が走る。
「そんなに怖がらなくてももう何もしない」
マティウスはフッと笑って離れていった。
なぜ笑う!?こっちは死にかけたんだよ!と思いながら二の腕を擦って寒気に堪えた。
「落ち着いたなら悪いがどこで水耕栽培の事を聞いたか教えて欲しい。まだ誰にも言って無い事だ、父親であるテンプルウッド伯にもエイダンにも」
「うちにも優秀なのがいるってことね」
いや、私が知ってるんで。漏れるも何も教えたの私だし。
私は出来るだけ冷静を装って答えを迫った。
「駄目?駄目でもやるわよ。新月魔草が一番効率が良いだろうしこれならスラットリーも食いつくわ。だから最初から携わっているマティウスに話を振った方が早いと思ったの」
マティウスは深く呼吸して私をジッと見つめる。
「他に知ってる者は?」
「私だけ。ミラベルも知らないわ」
「……嘘は言ってないな」
また近づいてマティウスが確認してきた。私は全身のゾワゾワに耐えながらコクコク頷く。
マティウスはニヤッと笑い「わかった。ただしこちら主導で」と言ってきた。
「構わないわ。農村がたち行けば私に文句は無いから」
私はそう言って立ち上がるとマティウスから離れたが、彼はジッとこちらを見る。
「そろそろベールを取ってくれても良いんじゃないか?リックスは良くて私は駄目か?」
「駄目よ、リックスにはもう前に見られているもの」
私が断ると横で聞いていたリックスが優越的に口の端を上げた。マティウスはそれを睨みつけて手を振り帰るよう促した。
やっとミラベルと馬車に乗り帰路についた。
「大丈夫ですか?少し顔色が悪いですわ」
「大丈夫よ、少し緊張しただけ。それよりリックスに会ったわ。ダリューン様に探して貰ってお祖父様の所にお遣いに行ってもらったの。私、農村を立て直すのにマティウスと協力するから、誰にも秘密よ、スラットリーは知ってるけど」
一気に説明するとミラベルは目を白黒させて驚いたが、なぜ自分を使わないのかと涙ながらに訴えられた。ごめんよ、これからは一緒だよ。
それにしても疲れた。でもやっとこれから本格的に農村にテコ入れだ!上手く行けば利益が出て借金も減るだろう。よし、頑張ろっと。
翌日、いつもの様に研究室に行くとエイダンが心配そうにこちらを見ているのでコックリと頷いて大丈夫をアピールしておいた。
昨日リックスに頼んだことは返事が来るまで暫く時間がかかるだろうし、それまでにどうにかして農村に行く理由がいる。お父様を説得しなければいくらなんでも長期間屋敷から離れるのは無理だろう。
出来れば夏のうちに農村を改革して水耕栽培用の建物を作って置きたい。中身は冬でも大丈夫だけど来年には収穫が少しでも出来る様にならないといくら私とスラットリーが費用を出しても苦しくなるはずだ。
特にスラットリーは見切りをつけるのは早そうだし、そうなればマティウスも手を引くかも知れない。失敗は農民らの死を意味する。マティウスは大丈夫だとしてもダリューン辺りが秘密の漏洩を恐れてコソコソ動くかも知れない。
そうならない為に早く進めなければいけない。




