81 マティウスの事情2-1
「待て!駄目だ、エマ!エマ!」
エマはグッタリとしてピクリとも動かなかった。
「一体どうしたのです!マティウス様!」
ダリューンが私からエマ受け取り、焚火のそばに連れて行く。
「わからん、とにかく早く連れて帰らなければ」
一体どうなるのだ?エマが言っていた通りエマがエマで無くなるのか?なぜこんな事が?
私は急ぎエマを屋敷へ連れ帰った。エマは数日後目覚め、私を見た。
「こ、ここは……どこですか?……あなたは……だれ?」
そう言ったきり泣き出した。
そこから幾日たっても記憶が戻る気配は無く、私はエマが言ったことが本当に起こったと分かった。
エマと約束した通り、エマを保護しダリューンに預けた。時折様子を聞いているが普通の娘としてよく働いているらしい。
クソっ、流行病が食中毒だと判明しそれを認知させることは急務だ。エマの事ばかりにかまっていられない。それは分かっているが……
私はもどかしい気持ちを押し殺しグズモットの事をカイリン先生に報告した後、新月魔草の栽培や薬湯の準備を整える為に薬材の購入、制作のための人員の確保などあらゆる業務に追われた。
忙しくしている時は忘れていられたが、ふとした時にエマの事を思い出す。
流行病を解明する為に行なった農村の調査の後から様子がおかしかった。連れて行くべきではなかった。しかしそのおかげで食中毒であると確信に近づき、その原因がグズモットであり、その中でも今では存在しないはずのベリハベルという猛毒の存在が浮かびあがった。
私はこの事をカイリン先生にだけ知らせた。カイリン先生も他言無用としそれは領主にも知らせていない。
ベリハベルは何代か前の領主の手によって根絶やしにされたはずであったが、グズモットの胃袋から発見された。
グズモットがどこでそれを食したのか?それを突き止め、その木を根絶やしにするべく私とカイリン先生は動きだした。
一番可能が高いのは南方の森であった。そこはディミトロフ辺境伯の管理区域で下手に手が出せない。
今回、流行病の解決の為という大義名分で森の探索をしたものの、ベリハベルは発見出来ず、エマの件もありのこのこ引き返して来たのだ。
事態は一刻をあらそうが辺境伯に流行病の為に改めて森の調査をさせてくれと依頼したものの、管理区域の調査は自分の部下にあたらせるの一点張りで全く入る隙がなかった。
辺境伯の言う事は至極真っ当な事であったが、その行動に疑問を覚え調べあげた。アリステアの報告によると、辺境伯は森の開拓を命じられているものの、一向に進まず、いや、進めず、端から見れば故意に遅延させているとしか思えなかった。
開拓をダラダラと続け、費用はかさみ、財を逼迫しているのに改善させるでもなく逆に直接の管理者であるスラットリー子爵にまで森に関しては余計な手を出すなと通達があったようた。
私はこれは詳しく調べる為にスラットリーにアリステアを潜入させる事にした。アリステアは仕官先を探すフリーの騎士として一時雇用でスラットリーで働きながら情報を得ていった。
スラットリーでは森の管理を辺境伯から指名されたピカリングという男に任せていた。ピカリングはガスという騎士に直接の指揮を取らせ自分はダラダラと私服を肥やすばかりの小物だった。
アリステアが潜入して間もなく辺境伯の愛娘がやって来るとの情報が入った。社交界では有名な髪が白い呪われた娘で、ここへは療養の為に来たという。
呪いなどと馬鹿げた理由で、辺境伯は娘を屋敷深くに閉じ込めて育てていたといわれていたが、今まではその存在すら不確かなものであった。
その娘が実際に存在しここへ来るとなって、少し気になりアリステアに調べるようを命じたが、娘は来るなりその存在を明らかにした。
顔はベールで覆われ言われていた白い髪を誰の目にも触れさせず、森の開拓現場に来るという。
アリステアも現場に居合わせたが、無能ピカリングの訳のわからぬ小芝居につきあわされたと後で溢していた。
だが、そこで思わぬ出来事により、アリステアは辺境伯の娘フェアリーネの護衛につくこととなった。
「マティウス様、フェアリーネ様は大変お美しく肝も座っておりました」
報告によると髪が白いのは本当だがその顔は蒼玉の瞳に白磁のように白い柔らかな肌、形の良い唇は艷やかでほんのりと色気が漂うという。
アリステアにしては珍しく少し熱っぽい報告にダリューンも驚いていた。
その後フェアリーネは大胆にその場を手中に収め、開拓をどんどん推し進めていった。
我々の調査を秘密裏に行う為には開拓と称して森に人の出入りが多いという事態は避けたかったが、今回開拓が一段落すれば現場は引き揚げられ当分の時間が稼げる。
その間になんとしても調査を行いたかったのだ。無論出来るのであれば正式な許可を取りたかった。ベリハベルの事を伏せ、流行病の事を全面に出せばそれは可能かと思われるが以前の様に自ら行うと言われればそれ以上ゴリ押し出来ない。さて、どうするか……
アリステアの報告によれば辺境伯の娘のフェアリーネは現場に足繁く通い騎士や平民らの昼食を自ら作って振る舞うという。噂の深層の令嬢とは少しかけ離れたその行動力に少し興味をそそられた。
「マティウス様、ピカリングの動きが気になるのですが……」
「監督権をいきなり奪われたのだからな、何かしでかしそうか?」
「はい、フェアリーネ様にも気をつけるよう申し上げたのですが私に任せるとおっしゃって」
「随分信用されているな」
「はい、あの方は何というか無防備なところがございまして。当初、手酷く扱ったガスもそのまま騎士のまとめ役として使っておりますし、警戒もしておりません。森の中におひとりで歩いていったりと目が離せません」
世間知らずという事か?一度反抗した者が後に意趣返ししてくる可能性があることを知らないのか?深層の令嬢というのも頷ける。屋敷では何も知らずにぬくぬくと育てられていたのであろう……だがそれならばあの行動力はどこで身につけたのか?なんともちぐはぐな印象を持つ娘だ。
もうすぐ開拓も一段落するかという時、アリステアからフェアリーネが攫われたと焦った報告がきた。少し目をはなした隙に馬車から消え地面には血痕が残されていた。
現場の騎士たちも動員され捜索が続いたが見つからず、私とダリューンも密かに探していた。アリステアはその場にいなかったピカリングを我々は捜索隊から一人静かにはぐれていったガスを尾行した。
ガスは慎重な男で巧みに森の奥深くに入り込み姿を消した。ダリューンと私は手分けして探していたが日も暮れ、いよいよフェアリーネの身が危ういかと思われる頃やっとその姿を発見した。
ピカリングは少し離れたところから、身動きが取れないフェアリーネを見下ろし、ガスはその傍らでドレスの胸元に手をかけていた。
私はピカリングに氷の魔術で作った氷塊を投げつけガスの体を凍らせた。フェアリーネに危害を加えられない状態にしその後素早く奴を始末した。
ガスの手により傷付けられたフェアリーネにこの姿を見られない様、私は彼女の目をそっと覆い癒やしの魔術をかけた。
意識を失いグッタリとしたフェアリーネの姿は酷いものだった。ガスの手によるキズは癒やしたものの、噂の白い髪は無惨に切取られ、その身は汚れ顔も自らの血により赤く染められていた。
この美しい白い髪に一体なんの違和感があるというのだ?
そこへダリューンが合流し、その後、私はアリステアにフェアリーネを引き渡した。




