80 研究室3
「フェアリーネ様はどこでそのような事を覚えたのですか?」
ある日、アーロが聞いてきた。
「どこと言われても困りますけど、……なにかおかしいですか?」
私は書類を分かりやすく分別している。これはアーロ、これはエイダン、これは処理済、等など、分別しそれぞれに分かりやすく札をつけ机に置いていた。ここでは誰も分別してから保管すると言う事をしないので、後から探すのが手間なのだ。
「おかしくは無いです。むしろ後で探しやすくて助かったんです」
「それは良かったです。捜し物が一番時間の無駄ですもの」
「時間の無駄ですか……」
「えぇ、ここは薬草や生薬が入り乱れて置かれていて並びも雑然としてるので……良ければ空いた時間に私なりの仕分けで片付けたいです。在庫の管理もしたいし」
私はアーロにそう提案すると、エイダンに聞くように言われた。エイダンは仕事に支障がなければ構わないと言ってくれ、早速取り掛かった。
薬草庫はいつも作業している部屋の奥にドアを隔ててある。そこには壁一面に小さな抽斗があり、薬を使用頻度や目的別などに分けていけばのだが、そもそも抽斗も掃除しなければいけなさそうだ。
私は取り敢えず、ホウキと桶と雑巾を探し掃除を始めた。誰がここの掃除をしてるのか知らないがかなり汚い。作業する所はまだましだったのに。
掃除なんて久しぶりだなぁ、日常でしなければいけない時はあんなに嫌いだったのに、いざ汚いとこに放り込まれるとやりたくなるのよね。
掃き掃除が終わり、続けて拭き掃除を始めた。やり始めるとちょっと楽しくなり鼻歌がいい調子だ。フフン〜。
「偉く機嫌がいいんだな……」
バッと振り返るとまたマティウスだ。え?もうそんな時間?
「行けるか?」
「ごめんなさい、今日は汚れているから止めておくわ」
私は自分の格好を改めて見てそう答えた。スカートをポンポンと払ったが取れそうにない。
「気にしなくてもいい……」
マティウスはそう言って、私の手を取りエスコートしようとした。
「わ、待って。わかったから、今日は手をひかないで。汚れてるの」
そう言って取られそうになった手を引っ込めた。雑巾持ってる手だし。
「そうか……わかった」
そう言ってマティウスは私にまず手を洗わせやっぱり手をひかれエスコートされた……これ嫌なんだよね。
マティウスの手は何というか……思い出してしまう……
最後に森で助けてくれた時の手の暖かさがよみがえってくる。最初は緊張してそんなに意識しなかったんだけど……今はちょっとね。
温室に入りいつも通り席についたがマティウスが手を離してくれない。
「あの、手を」
「あぁ、……荒れてる」
マティウスは私の手を掴んだまま指をすっと滑らした。私は驚いてサッと引っ込めた。今のなに?
「あ、すまない。ちょっと手を貸して」
マティウスはちょっと動揺してる私の手をもう一度とると、癒やしをかけてくれた。
あぁ、そういう事、焦ったよ、やめてよ。その光を見ると、また……顔が熱くなるから。
私は何度目かの感謝をベールに捧げ、ホッとしていると、今度はそのベールに手を伸ばしてきた。
「マティウス!なに?」
「いや、ベールが汚れているから」
私が自分でするからと断る。今は絶対に取りたくない。マティウスが自分の席につくとエイダンがやって来た。
「また、なんかあった?」
エイダンが私達を見て何かを察し苦笑いする。私もマティウスも無言で通すとエイダンは肩をすぼめると話を流した。
その後は何事も無く当たり障りのない会話をし、そして食後のお茶だ。マティウスとエイダンが何やら難しい話をしだしたので、私はまた温室散歩を始めた。
うんうん、みんな元気だ。
鼻歌まじりのお散歩にエイダンが合流してきた。
「さっきの何?」
「だって、マティウスがやたら世話を焼いてくるの。手が荒れてるだのベールが汚れてるだのって」
「どこ?あぁ、貸して」
エイダンが私のベールを慣れた手つきでサッと外す。それを払ってもらい、私は顔を入口とは反対に向け付け直してもらう。
「ありがと、ムフ」
「なんだよ?」
「エイダンってばベールつけるの上手くなってる。女子力あがってるよ」
「別に嬉しくない。前にフェアリーネが何度も付け直させるからだろ」
私は上機嫌で研究室に戻ろうとマティウスに帰るとつげた。おぅ、機嫌悪そう。
「マティウス、ではまたね」
無視だ無視、怖〜い。
研究室に戻りお掃除の続きだ。間で他の作業も入ったので今日は掃除だけで終わった。
さてと、道具を片付けますかと思ってドアを開けるとアーロがいた。
「本当に掃除したのですか?」
信じられないという顔で部屋の中を見る。
「えぇ、明日は仕分けをしますわ」
道具を持とうとすると、アーロが無言でそれを受け取り片付けてくれた。ちょっと驚いたが、礼を言って帰ることにした。なんかビックリしたけど、多少は軟化してくれてるのかな?
次の日、私は自分の仕事を終え仕分けに取り掛かることにした。
色々な薬草や薬の原料と生薬を数や量などメモしつつ抽斗にしまっていく。
どこにでもあるもの、高価なもの、珍しい物など見ているだけで楽しくなってきた。ここにも沢山の種類があるが、カイリン先生の個人の薬草庫にはもっと違うものがあるらしい。そっちも見たいなぁ。
「おお、キレイに片付いたな、もう終わりだぞ」
エイダンが終業を知らせに来てくれ私が仕上げた薬草庫を褒めてくれて機嫌よく帰れる。
「ねぇ、カイリン先生の薬草庫って変わった物があるんでしょ?」
私はエイダンに馬車まで送ってもらいながら話す。
「そうだな、貴重な物や、いま研究中の物だな」
「それって私は見れないかな?」
「どうだろうな……難しいかもな」
ちょっと考えた末、エイダンは答えを濁した。
「なんで?別に盗んだりしないのに」
「そんな事心配するかよ、危険な物があるからな。万が一摂取したりしない様にだよ」
「エイダンは良くて私は駄目なのね」
「そういう事」
ちょっと偉そうなエイダンを睨みつけ私は馬車に乗り込んだ。
馬車の中で迎えに来てくれていたミラベルが変な顔をして言った。
「フェアリーネ様、今日変な事があったんです」
「変な事って?」
「街に私用で出かけていたのですが、そこでリックスを見たのです」
「リックス!本当に?」
マズイよ、もう!なんでこんな広い街で会うかな。何考えてんのよ。どうしよ……って、なんで私が心配しなきゃいけないのよ。
「気のせいじゃない?リックスはうちの管理区域よりも辺境生まれだって言ってたし」
「そうなんですけど、なんか慣れた感じで歩いていたので、気になって」
「そう……まぁ、でも、もし、もしもリックスでも別におかしな事無いじゃない。どこかに仕官したのかもしれないわ」
「そうですけど、フェアリーネ様のお誘いを断っておいて、酷いですわ」
ミラベルはよっぽどアリステア、じゃ無くてリックスを気にいってたのね……まさか……
「ミラベルもしかして、リックスの事……」
「な!何を言ってるのですか?!フェアリーネ様!私はリックスがフェアリーネ様を二度も助けてくれた事を評価しただけです」
なるほど……ミラベルが照れるとこういう顔するのね、カワイイっす。おぅおぅ頬染めちゃって。
「私の事より、フェアリーネ様はどうなのですか?テンプルウッド様とは?」
「ふぇ!な、何いってんの?!なんで今マティウスが出てくるの!」
ヤバい、言い過ぎた。ミラベルの反撃だよ。今は馬車の中でベールを取ってる。駄目だ落ち着け、顔が熱い……
「嫌ですわフェアリーネ様、お可愛らしくって。ふふっ」
「止めなさいミラベル。マティウスとは何もないわ」
「でも、いつも一緒だってエイダンも言ってましたわ」
アイツなんて事を!
「ミラベルは怒らないの?エイダンと親しくした時は目くじら立ててたのに」
「エイダンでは身分が違い過ぎますわ。ご友人でしたら問題ないですけど。エイダンもわきまえていますし」
身分とか……嫌な事聞いたな。エイダンとはいい友人だと思ってるけど、それを身分で分けたつもりは無い。エイダンは身分で分けているのだろうか?それなら悲しいなぁ……仕方ないのかな……
「マティウス様は引く手数多の伯爵ご子息よ。わたくしでは噂だけですらご迷惑よ」
私は髪の毛をツンツンしながらミラベルに言うと彼女はハッとし、気まずそうな顔をした。
「そんなのは聞いてみなくては分かりませんわ」
「マティウスは気にしないと言ってくれたけど……」
「だったら」
「でも、テンプルウッド家はそうじゃないでしよ」
ミラベルは今度こそ黙った。
でしょ、お貴族様は外面が大切なんだもん。お父様は私を庇ってくださるけど他人がどう思うかなんて分からない。だから、怖いのだ。
マティウスだって本当に素顔の私を見たら考えが変わるかもしれない。そうなったら私は……どうなるんだろ。
森で助けられた時に髪は見られていたはずだけど暗かったし、明るい所ではまた印象も違うだろう。
別にどう思われようと関係ないけど……




