79 研究所2
エイダンとマティウスの3人での食事が始まった。
今日はマティウスがいる。私はベールをしたまま食事を取り始めた。食べづらい……
「エイダンの前ではベールを取ると聞いていたが?」
チッ、余計な事を。私はエイダンにベールを被ったままの顔を向け不満をアピールした。
「いや、つい」
エイダンは視線をはずし呟く。
「えぇ、そうですね。ですが今日はこのままで」
久々のイケメン攻撃に耐えるには必須のアイテムを手放すワケにはいかない。
それから軽く食事を済ませ、お茶を頂く。緊張もとけ、ベールの下からジックリとマティウスの美麗な顔を堪能する。
いや、やっぱりお美しい。癒やされるよ……
「マティウスはまた夏に農村を回るんだろう?」
「あぁ、まだ食中毒だと定着していない部分があるし、対象の魔物も他にもいないかの調査も兼ねてな」
ふたりが話しているのを聞いて思い出した。
「干ばつによって貧困状態の農村はどうなったのですか?」
私の質問にマティウスは意外そうな顔をした。
「フェアリーネは食中毒よりそちらが気になるのか?」
「えぇ、食中毒はマ、マティウスが解明してくれるのでしょう?だったら今はいつでるかわからない食中毒よりすぐ間近の貧困の方が気になるわ。食料事情は待ったなしですもの」
私の返答にエイダンがマティウスを見た。マティウスを敬称無しとか呼びにくいよ。
「マティウス、えらく信頼されてるな?」
「あ、あぁ。そうだな」
エイダン!余計な事を言うんじゃない。マティウスがこっちを見てるじゃないか!
「優秀だと聞いていたので、つい。ホホホッ……それで、マティウスはどこの辺りが酷いかご存知ですよね?農村を回っていたんですもの」
私は正確な場所を知らない。あの時は馬車で連れ回されただけで場所なんてどこか記憶してない。ルーがいた農村が酷かった事を思い出すと今でも胸が痛む。
「それを知ってどうするつもりだ?」
「勿論、助けるわ」
「それはディミトロフ家として支援するってことか?」
マティウスは眉間にシワを寄せ聞いてきた。
「残念だけど、ここだけの話それだけの潤沢な資金はウチには無いわ。あるのは私個人ものだけよ」
「君はそれを農村に配って歩くつもりかい?どれほどの資金か知らんが無理なんじゃないか?」
なんだコイツ、あんなに人の命が大事とか言ってたのに食中毒だと解明したらもう興味が研究対象しか見えないのか?
「無理でも何らかの手助けが必要ですわ。マティウスは毒物で亡くなる農民には興味が持てても貧困で亡くなる農民には興味がないのかしら?」
私がムッと言い返すとマティウスは急にフッと笑いエイダンを見た。
「普通のお嬢様では無いようだな」
そう言うと私に向き直る。
「では君ならどうすると?僅かな資金を配り歩くので無ければ他の方法があるんだろう?」
ムカつく、相変わらず偉そう。いや実際偉いんだけど、伯爵様のご子息だし。
「すべての農村を回って行くことは出来ませんけど、手始めに食料を調達した後にそこの働き手の農民を出稼ぎから連れ戻し仕事を与えます。仕事があれば何とかなりますわ」
「どのような仕事を?彼らは農業を失敗して困窮しているのだろう?」
「やり方が悪かっただけです。そこは運営のプロに任せれば良いのです」
マティウスは訳が分からないと言う顔で先を促した。
「運営を他に委託して彼らは農業に専念すれば良いのです」
「だが農村は個人の物であろう?」
「望まず運営をしている者もいます。そこにテコ入れするのです」
実際、転生前でも経営がたち行かず得意先にそのまま吸収される下請けも存在していた。出来ない事はないはずだ。
「それを君が行うと言うのかい?」
「いずれはそうなりたいと思いますが今はまだ無理ですわ」
「君の話はいずれのことか?今、必要だと言わなかったか?」
マティウスはひときわ眉間にシワを寄せ詰めてくる。何だこの圧迫感。こいつプレゼンを審査する上司かよ。
「私には幸いスラットリーがありますわ」
「スラットリー子爵か……確かに経営のプロだな。だが果たしてスラットリーが農村の運営に興味を持つかな?対した利がない所に食指が動くとも思えんが?」
マジムカつく言い方とお綺麗な顔!
「どうするかは秘密ですわ。マティウス、ではこれで……失礼」
私はそのまま話を打ち切りエイダンに手を差出しエスコートを要求して一緒に来いと暗に示した。エイダンはちょっと驚いたがすっと立ち上がると私の手を取り立ち上がらせるとドアへ向かった。
「フェアリーネ……また明日」
マティウスは一瞬呆気に取られていたがニッコリ笑うとそう言った。
「エイダン!何なのあれ?私は面接か何か受けていたのかしら、もしそうならいくらエイダンでも許さないんだけど?」
私はエイダンと並んで歩きながら研究室に向かう廊下で怒り満載に言う。
「いや〜白熱してたね〜。オレ帰りたかったよ」
「ひとりで帰っていたらもうエイダンと口きかなかったわ。あんな奴とは思わなかった!」
「前から知ってたような口振りだな?」
「う、噂程度にね。有名じゃない?お綺麗なマティウス様は」
いやつい憎憎しい感じがでちゃうよ、ムカつく。
「でもまた明日って言ってたから、明日も誘いに来るんじゃないか?」
「は?なぜそれに乗らなきゃいけないの?私はエイダンとふたりがいいんだけど?ベールも取れるし」
「それは……光栄……だけ……ど……」
エイダンはゴニョゴニョと何か言ってるが私はまだ怒りが収まらない。
「だけどオレが連れて行くのもあの場所だから、結局断ってもいるぜ、アイツ」
終わったよ……
自分で居場所を見つけられるほどまだここに慣れてない……
どんよりした気持ちで研究室に入るとまた私を見て少しザワッとした。行く時と帰ってきた時に違う男を連れているのも問題かも。
アーロがまた私にアレコレ雑務を押し付け、いや与えて、私はひとりで黙々と作業をこなした。実際エイダンと作業していた事とほぼ同じ事ばかりだ。この場になれてしまえば対した量でもない。休憩中の出来事のせいですっかり緊張がとけた私は、午前中よりも早々に作業を終えてアーロに報告すると、ちょっと驚いていた。
それからは試されているのか、日々少しずつ難易度を上げられ数日たつ頃には自分にやらされている作業は与えられなくても取りに行き仕上げていった。
こんなの同じ事の繰り返しだもんね。会社員と一緒だよ。一通り終えた頃お昼休憩が近づくと少し憂鬱になる。
奴が来るのだ。初日以来懐かれてしまい、ちょくちょく誘いにやって来る。
なんだコイツ、呪いフェチか?
エイダンの話によると研究室ではあのマティウスが私を連日誘うのは、呪いを解いて名を挙げるつもり説、辺境伯に婿入りしての逆玉の輿説、実は生き別れの兄妹説、ベール愛好家説等など、色々な噂が飛び交っているらしい。
そりゃだれも恋愛なんて色っぽいモノを想像しないよね、ベールを被った白の呪いの女なんて……
また時間になりマティウスはやって来た。今日はエイダンがカイリン先生に呼ばれて居ないので二人だけだ。
クゥ~、耐えられるのか、頑張れ、私。
温室で食後のお茶を頂いているとマティウスはアレコレ質問してくる。今勉強中の薬学の話や、経理、販売資格を得て何がしたいのかなど、主に今後の事だ。
「フェアリーネはいずれ父上の後を継ぐと言う事か?」
「いえ、後継ぎは兄のユージーンですわ。私はそれをお手伝いするつもりです」
「いずれどこかへ嫁ぐまでは、ということか」
「いえ、その予定はありませんわ」
私の答えにマティウスは怪訝な顔をした。
「どういう事だ?」
「そのままの意味です、結婚するつもりはないので」
「なぜ?」
「それはもちろん、これのせいですけれど」
私は指でベールを軽く摘むと言った。
「……取ればいいのでは?」
「とぼけているの?」
取れば白い髪が顕になる。オマケに今はまだ肩上ほどの長さだ。いい噂の的だ。
「あぁ……そんな事か、気にしなければ良いではないか。……エイダンは気にならないと言っていたが」
「みんながエイダンの様な考えなら私もここまで気にしなかったけれど、大多数の方はお気に召さないようなので」
私の言葉にマティウスは「私は少数派という事か」と自分は心広いぞアピールをして来た。
「そうですか」
私はシレッと聞き流した。マティウスは思った反応が得られなかったらしく「まだ無理か」と呟いた。いったい何に挑戦してんだか。私が少し呆れていると、突然カイリン先生がやって来た。
「邪魔する、マティウスちょっと……」
と言い、ふと私とマティウスを見比べた。
「なんだ、苦戦してるのか?」
カイリン先生はからかう様にニヤッとしてマティウスを隣の部屋へ呼んだ。マティウスはムッとして「今日はエイダンがいるでしょう、なんの用です?」と不満ありげに温室から出て行った。
グッジョブ、カイリン先生!ホッとするよ。
一人になって立ち上がると温室内を見てまわった。ここには色々な薬草が実験的に植えられている。プランターや鉢植えが並べられいつでも青々とした匂いが立ち込めている。
いつもここに来るとホッとして深呼吸したくなる。相変わらず研究室では余計な会話はなく、あからさまに避けられる事はなくてもエイダン以外の誰とも親しくなる事は無いのでやっぱり疲れるのだ。だから、ここへ休憩に来るのは楽しみである……一部を除いて……
マティウスがいつもいるのはカイリン先生個人の研究室で、私達が使っている研究室よりもここに近い。
わざわざそこまで誘いに来なくても良いんですよ、と何度か遠回しに言ってみたが「問題ない、研究室の確認もある」とか言って確認もせず私を連れ出す。
はぁ……余計な事を考えていては温室を楽しめない。私は頭を切り替えて薬草に触ったり、匂いを確認したりしながら鼻唄まじりに散策を楽しんだ。
マティウスはカイリン先生との話が済んだのか私がふらふら歩いている所までやって来ると、ちょっと戸惑ってこちらをジッと見つめた。
え?なに?ベール……被ってる、大丈夫。
「なに?」
「いや……なんでもない。君は……いや、いい」
なにを考えていたのか、マティウスはそこからちょっと無口になったので、そこからは静かに温室を堪能した。




