78 研究所1
神に見放された私は記憶に残らない道を通りいつの間にか研究室にたどり着いていて、気がつけばエイダンが私の前に座り心配そうに見ていた。
「フェアリーネ、どうした?疲れたのか?」
「エ・イ・ダ・ン!」
私は私をよろしくお願いしたエイダンに八つ当たりした。
「なぜ、私をテンプルウッド様に頼んだのよ!もう死にそう!」
「え!なんだよ、なにかされたのか?」
「助けてもらったわよ!」
言葉の意味が分からず、エイダンは首を傾げた。
私は邪魔なベールを勢いよく捲りあげ、エイダンに詰め寄る。
「見られたのよ!みっともない所を!」
涙目で切々と訴えるとエイダンは何故か最初顔を真っ赤にしていたが最後にはプッと吹き出し大笑いした。
「それはフェアリーネが悪いよ。そんなとこで居眠るから……クックックッ……」
「笑い事じゃない!恥ずかしさで死にそう……」
エイダンはひとしきり笑った後、立ち上がると私の頭をポンポンすると仕事に戻った。
あれ?……なんか優しくされちゃった感じ?キュンとしたんだけど。
壊滅的なダメージをなんとか克服し、私はカイリン先生の研究室でいつもの作業をこなしていたが、ふと例の木箱を思い出す。冷静になって色々考えればマティウスがクラウス伯父と取り引きしているのは別段おかしいことじゃない。
やり手の子爵が伯爵子息と取り引きか。マティウスは今回、販売資格を手にしたのだからこの前のはテンプルウッド家が取り引きしているというのが正しいか。
だけど気になるのはそこじゃなく、リックスことアリステアの事だ。クラウス伯父はアリステアの事を知っているのだろうか?知らずに雇っていたならアリステアが探っていたのはスラットリー家ってこと?
スラットリーの何を探っていたのだろう……
薬草をゴリゴリすり潰しながらボンヤリ考えているとノックがして私はサッとベールを被るとカイリン先生がやって来た。
「今からあっちに合流してくれ」
カイリン先生は突然そう言うと、何人かの助手を引き連れていて色々な道具が運び出されていく。
「待って下さい!何故です?」
エイダンが驚いてカイリン先生に尋ねる。
「優秀なお前をいつまでもフェアリーネに独占させる訳にはいかんからな」
そう言ってニヤッとした。
「わたくしが独占ですか?」
気まずそうなエイダンを見ながら私は言う。
「あぁ、以前は人員確保の為仕方が無かったがそろそろ本来の研究に戻らんとエイダン自身も一人前になれん」
「それはどう言う事ですか?」
カイリン先生によるとエイダンは自分の研究を進めなければいけない時期だが私の為にこちらにいる為思う様な成果が出ていないらしい。
「エイダン、ごめんなさい」
「いや、違うんだ。オレが煮詰まってるだけなんだ」
きっと他に私を指導したがる者がいないのだろう。
「わたくしはクビですか?」
出来るだけ感情を込めないで言った。これ以上エイダンに迷惑をかけるのは嫌だ。
「いや、皆と同じ研究室で作業してくれれば問題ない」
「先生!それは……」
エイダンが私を気遣ってか止めに入ってくれる。
「それは……わたくしはいいですけど他の方が嫌がるのでは?」
黙々と荷物を運び出している学生達を見て言った。
「科学者のクセに呪いを信じる者は私の研究室には要らんと言ってある。不満なら出ていくだろう」
彼女は先生たちの中で一番若く有能だ。女性である事に不満を持つ者もいるがそれでも師事したがる者も一定数存在して、その人達に囲まれての作業になる。
「では行きます」
「フェアリーネ!」
エイダンは驚いて私の側に来る。
「良いのよ、やってみたいわ。いつまでもエイダンの影に隠れている訳にもいかないでしょ?」
私の言葉にエイダンは少し悲しそうな顔をして、何か言いかけたがふっと息を吐いた。
「分かった。行こう、こっちだ」
そう言って先に部屋から出た。
私は大きく深呼吸してそれに続いて歩き出した。
いつもの作業部屋からぐるぐると歩き回り私がそろそろ道が分からなくなってきた頃、カイリン先生の本格的な研究室についた。
中に入ると数人の学生やら助手達がいて一瞬、ザワッとしたがすぐに作業を再開した。
私は緊張したまま研究室の真ん中辺りに連れて行かれエイダンに紹介された。全員男性だ。めっちゃキツイな。
「今日からここに入る、フェアリーネ・ディミトロフ様だ」
「宜しくお願い致します」
声が震えないようにそれだけ言うのが精一杯だった。
「新人の担当はアーロだな、頼む」
エイダンはそう言うとちょっと躊躇いながら私をアーロに託した。っていうかエイダンここで結構偉い方なの?
みんなエイダンの言う事に従ってる感じだしエイダンも指示を出すのに慣れてる。ちょっとカッコイイんだけど。
「こちらです」
アーロは私を隅の机に連れて行き座らせる。
「ここはカイリン先生の方針で実力主義です。身分もここでは関係ありません。ご不快な事があるかもしれませんが今からはご容赦願います」
「大丈夫です」
やっぱりエイダンは実力があるんだ。ここには職位のある人もいるだろうに、服装でなんとなく分かる部分もある。エイダンは一番シンプルな格好だ。
「ではこれを昼までに仕上げて、最初は教えるけど早く覚えて下さい」
アーロは私に薬草置き場や道具の説明を簡単にすると、とっとと自分の席に戻った。
ざっくりした説明だけどエイダンとやっていた事と大差無かったのですぐに作業に取り掛かる。通りかかる学生達が私を見ているのが分かって緊張が高まり手が震えていた。何度も間違えないように確認し、いつもより作業に時間がかかったが、それでも必死にこなしていきお昼までに仕上がった。
担当のアーロが確認し頷くと休憩を取るように言われた。私はここがどこに位置するのかも分からなかったがとにかく部屋から出ようと立ち上がると目の前に誰かがいた。
「ディミトロフ様、こちらにいらしたのですか」
マティウスだった。
「……テンプルウッド様。なぜここに?」
私は緊張のしすぎで頭が回らず尋ねた。
「私もここの者ですから」
マティウスはご存じですよねって感じで話す。おぉぅ、同じ研究室でした。
「そうでしたね、ちょっとうっかりしておりました」
私は何とか立て直し答えると、とにかく外に出ようとした。
「失礼致しました」
話を終えようとしたがマティウスはニッコリ笑った。
「もう休憩ですよね、こちらへどうぞ」
手を差し出した。
その場にいた全員が大きくザワッとしした。口々に「マティウス様が女性を?」「マティウスがついに?」「よりによってあの方を?」などなど囁かれるなか私はマティウスにエスコートされ連れ出された。
そのまま私を少し歩かせ、ある一角に連れて行った。
廊下から入った部屋を通り抜けていった先は、眩しく日がさした温室のようにガラス張りで出来た部屋だった。
「はぁ……」
私は思わず大きく息をついた……
そこはほんのり暖かく薬草や植物がそこかしこに植えてあり森の中のように草の青々とした匂いが立ち込めていてた。
入った瞬間少し目眩がした……
「おっと……大丈夫ですか?」
ふらついた私をそっと支えマティウスは心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「あぁ、すみません。ちょっと……ホッとしてしまって」
私がそう言うとマティウスは側にあったテーブルに連れて行き椅子を引くと座らせてくれた。
「大分緊張されていたようなのでお連れしたのですが」
「えぇ、助かりましたわ」
素直に礼を言うとマティウスは少し笑った。
「エイダンがちょっと不満気でしたけど」
「エイダンが?」
「私がディミトロフ様を連れ出すのを見て睨まれましたよ。早々にここへ追いかけてくるでしょう」
「そうなんですか?心配してくれていたのでしょうね。……私が何かまた……失敗しないか」
私は悪夢を思い出し横をむく。墓穴掘っちゃったよ。
「エイダンとはここでよく休憩がてら話をしていたんですよ。よければあなたもご一緒しませんか、ディミトロフ様」
「えぇ、もちろん。フェアリーネと呼んで下さい。研究室では実力主義なのでしょ?わたくしは一番下っ端ですわ」
ベールで見えないでしょうけど笑って言うとマティウスも笑った。
「では私もマティウスと。エイダンとは敬称も使わないのでしょう?私にも同じように接して欲しいのですがよろしいでしょうか?フェアリーネ?」
「ふぁっ、はい!おおお願いします……マティウス」
ままままままっっって、ナニコレ!なに!なに?距離感おかしくない?おかしいよね?誰か教えて!イケメンが小首を傾げて名前を呼んでとおねだりしてくるとか私の辞書に載ってないんだけどぉぉ!
「失礼致します」
私が完全無欠のパニックに陥っていると、すっと料理がサーブされてきた。
ここに来てテリウスとか……ちょっと現実に戻ったよ。あなたはいつも私を現実に戻してくれるね。
相変わらず無表情で愛想のない顔のテリウスに、ちょっと懐かしさを感じていたらエイダンが機嫌悪そうにやって来た。
「目立ち過ぎだぞ、マティウス」
エイダンは来るなりマティウスに文句を言いながらテーブルについた。




