74 温かい手
気がつくとスラットリー家の自分の部屋だった。
「申し訳ありませんフェアリーネ様」
私が気がつくなりリックスが深々と頭を下げる。ミラベルは泣きすぎて目を腫らし、冷静を装っているが手が震えている。
私は森の中で発見されリックスが連れ帰ってくれたらしい。キズはすっかり治っている。
「リックス、ありがとうございます」
「いえ、お礼など不要です。私がお側を離れたせいで……」
いや、私が用を頼んだせいだし。
「それなら自業自得ね。私がリックスをお遣いに出したんだもの」
「フェアリーネ様……」
私の不明はネイトが最初に気づいたらしい。馬車のすぐそばに立っていて、何だか少し揺れた気がして馬車の周りを警戒して見て回ったら滴り落ちた血を見つけたらしい。
賊がどうやって馬車に入り込んだのか、誰かが手引きしたのかなど詳細はまだ不明だが、ガスとピッカリには二度と会うことはない。
だってあの時あの人が……
ネイトはすぐさまリックスに知らせ、その場にいた騎士達にも通達し一斉に周辺を捜索したが見つからず、夜になってリックスがひとりで連れ帰って来てくれたらしい。
「リックスに助けられたのは二度目ね」
「いえ、このような目に合わせてしまい申し訳ありません」
私は謝るリックスを見つめる。
本当に助けてくれたのはリックスじゃ無い。顔は見えなかったけど、氷の魔術と癒やしの光、あの声と、あの手の感触……
きっとマティウスだ……来ているのだ、この街に。アリステアがいるのだからいるのかも知れないとは思っていた。何故いるのかも、何故助けてくれたのかも分からない、けど。
「リックス……」
「はい」
「わたくしは……あの……」
リックスは私を見つめ何を言い出すか探っているようだ。マティウスが助けてくれたのは黙っていた方が良いのだろうか?
「いえ、なんでも無いです。少しひとりにして下さい」
それだけ言って横を向き寝たふりをした。ミラベルは側にいたそうだったが一緒に出て行った。
ひとりになると嗚咽した……凄く怖かった。森の中の出来事を思い出し体は勝手に震えだす。
もう嫌だこんな怖い思い。
ひとりむせび泣いていると、ふとマティウスの優しい手の温かさを思い出した。
マティウスは私だと分かって助けたわけじゃない。きっとディミトロフ辺境伯令嬢を助けたのだ。どんな理由があったのかわからないがリックスを派遣し何かを調べているようだ。ディミトロフが関係しているのか、森が関係しているのか、どちらとも違う何かか。私には分からない。
私を利用しようとしているだけかもしれないが……
今はあの優しい手を思い出すと安心する。しばらくはあの手の温かさだけを思っていよう……
「私が八つ裂きにしてやりたかったですわ!こんな……」
ミラベルは私の切られた髪に触れながら怒りに震えていた。
「あんなに綺麗な御髪でしたのに」
涙目で悔しがるミラベルには悪いが私にはそれほど髪への思いは無い。貴族令嬢は髪を長くに伸ばし結い上げるのが普通だが私はそれを肩ぐらいの所で無造作に切リ取られ、整える為には顎あたりで切り揃えるしか無かった。
ボブヘアだよね。私好きなんだけど。
「大丈夫よミラベル。どうせ誰も私の髪なんて見ないんだから。長いか短いかなんて関係ないわよ」
「何故そのようにおっしゃるのですか!」
そこから女性にとって髪がいかに大切かを切々と訴えかけられた。はい、すみません。
私の身支度が整い、改めてお祖父様ことスラットリー子爵に会った。
「大丈夫かい?フェアリーネ」
「はい、ご心配おかけして申し訳ございませんでした」
「いやいや、こちらはお前が元気になってくれればそれでいいんだよ」
お祖父様は申し訳無さそうな顔で私を抱きしめ短く整えられた髪にそっと触れた。
「お祖父様お願いがあるのですが」
「なんだい?」
「この事をお父様やお母様にはお知らせしないで下さい」
「……しかし、大変な目にあったのだぞ」
ここで危ない目に合ったとなればスラットリー子爵家にも迷惑がかかる。その上、私はもう屋敷から出してもらえなくなるだろう。
「お願いします。お父様には知られたく無いのです。お祖父様もその方が良いでしょう?」
私はイタズラっ子のようにクスッと笑い首を傾げる。どうだ!カワユイだろ!
「困った娘だ。仕方無いな、確かに助かるよ」
お祖父様は承諾してくれ、その後クラウス伯父にも会ったが私の髪を見るなり眉間にシワを寄せた。彼には色より長さの方が重要だったらしい。おかげで当分、結婚話は持って来ないだろう。
「だけど、リックスは思ったよりずっと優秀ですね、アデミンストにも連れて帰りましょうね」
「へ?」
ミラベルの提案に驚いた。それはマズイんじゃないかな?リックスはアリステアだし、アデミンストでは顔が知れてるんじゃないかな?
「学院に行く時に同行させたらきっと誰も何も言って来なくなりますわ。私では防ぎきれない事がありますから」
まさかエイダンの事を言ってるんじゃ無いでしょうね。彼は良い人だよ。何が気に入らないのか。
体も回復し、私はミラベルに森の現場に行きたいと言った。
「駄目です、絶対に駄目です」
「だけど、中途半端だし。気になるわ、みんながどうしてるのか。ちゃんとご飯食べてるのかな?」
ミラベルは大きくため息をつく。
「リックスが引き継いでくれてますわ。フェアリーネ様をこんな目に合わせた責任があるからって」
やっぱり出来る奴は違うなぁ。
「ならちょっと見るだけ、ね、ね、お願いミラベル」
私はカワユイ攻撃をミラベルにする。お祖父様はこれで陥落した、どうだ!
「そんなにカワイイ顔をされても、ずえったいに駄目です」
ミラベルはニッコリとしたが目が笑ってなかった。効かなかったかぁ……
「仕方ない、皆にお菓子を作って差し入れしようと思ったけど残念ね」
「……………………す、少しの間だけですわよ」
はいっ!ミラベルはスイーツの奴隷です。私はマドレーヌを大量に作って森に向かった。護衛はネイトだ。
森について馬車から降りるとリックスが駆け寄って来た。
「リックス、ご苦労様。ありがとうございますね、代わりに監督してくれて」
「とんでもございません。それに殆ど何も言わなくてもみんな自分の役割を果たしていますから」
そう言ってすっかり綺麗に切り拓かれ、切り株も取り除かれ土もならされ平らに整えられた土地を見た。
「わぁ!みんな凄い!こんなに綺麗に整えられるなんて!」
私は仕上がりの良さに感激し皆に激励して周った。ついでにマドレーヌを配りねぎらった。
「うんまい!相変わらずフェアリーネ様の作る物は最高ですね」
そう言って農民の男が私にニッコリ笑いかけてくれた。それを切っ掛けに皆が次々と美味しい美味しいと言って笑い、とっても嬉しくなった。
リックスもネイトも両手にマドレーヌを持ち満足気に食べている。持って来て良かった。みんなワイワイと話し、食べた後、仕事に戻った。
私はリックスを呼ぶとニ人だけで話が出来るようにその場を離れた。
「なんでございましょうか?」
「私はもうすぐアデミンストに戻ります」
「はっ……はい」
「ミラベルがアナタを連れて行くと言ってるの。私も出来ればこのまま護衛として付いてくれればとっても心強いのですけど……」
私はリックスにベールの影からニンマリ笑う。今、困ってるよね、ぷぷぷ。
「そ、そうでございますか。身に余る光栄です。あんな失態をしでかしたにもかかわらずお引き立て頂けるなど……」
「なので、明日、明日には正式に雇用の要請を出す予定なの」
「明日ですか」
「えぇ、明日よ。スラットリーを経由して申請予定よ。まだ仮雇用ですものね。楽しみにしてるわ」
ここも、今日で終了だ。みんなご苦労さま。




