73 開拓3
朝から馬車に乗り込みミラベルにナイフを渡してもらい、私は芋の皮むきを始めた。ミラベルは私が別館で料理やお菓子作りをしていたので慣れているが向いに座っているリックスは私の膝の上にや積み重なっていく芋の皮を無言で凝視している。
「あの……それは……もしかして」
「今日は具沢山コンソメスープです。昨日からコンソメは作ってあるのですぐ出来ますよ」
私は芋を剥きながら森の事を考えていた。何が引っかかっているのかもどかしいが、大事な事だったような……
「食事の用意って、フェアリーネ様がなさるのですか?」
リックスがミラベルにあ然として聞く。
「えぇ、お上手なんですよ。お菓子も本当に美味しくて……」
ミラベルがウットリとして答える。リックスは信じられない物を目にして、ミラベルが私がいかに料理上手かの話は耳に入っていないようだ。
何だったけなぁ、森で……記憶が曖昧なとこがあるのかなぁ……
馬車は森の中に直接向かい、ピッカリの所へはいかない。
みんなが作業している間に、火の魔法が使える者に簡易に作った竈に火をつけてもらいコンソメスープを作り始める。ソーセージやら芋やらどんどん放おり込みコトコト煮込んで出来あがり、後はお昼に温めなおせば良いだけだ。
「よし、こんなもんかな」
私は最後に味を整えフタをして、ホッとひと息つき顔をあげると、そこにはリックスとネイトが目を輝かせて立っていた。
「フェアリーネ様……いい匂いがしますね」
リックスは真剣に私を見つめている。
やだ、熱い眼差し向けないでよ。
ネイトはゴックリとツバを飲み込み黙って鍋を見ていた。
「駄目よ。お昼まで我慢しなさい」
私の言葉にふたりは愕然としていたが、まだおあずけだよ。
鍋からはなれ、皆が作業している様子をチェックした後、まだ伐採されていない森の中に入っていった。
「フェアリーネ様、それ以上はいけません」
リックスが慌てて止めに入った。護衛をしている者からすれば危険を避ける為の注意は必要なんだろうな。
う〜ん、何だったけなぁ、アリステアなら分かってそうなのに聞けないしなぁ。
私が何か聞きたそうな顔をしていたのかリックスが首を傾げ聞いてきた。
「何か心配事ですか?」
「うん、まぁ、ちょっと気になったんですけど」
「なんです?」
「そうね、すぐに使えない農地の為の開拓って、今そんなに大事だったのかしら?」
私は聞きたいこととはちょっと外れた質問をリックスに投げかけた。聞きたいのは開拓地の事ではなくて、森の事だが直接には聞けないので遠回しに言ってみる。なにかヒントだけでも欲しい。焦れったいのだ。
「それは、数年後を見定めての話では無いですか?」
リックスがちょっとピリッとした気がしたが気のせいかな。今は普通にみえる。
「でも、それにしても開拓に時間がかかってたけど、お父様はそんなに焦ってる感じでもなくて……」
そうだ、私が以前聞いた時点ですでに数年はたっていたはずだ。財政難で仕方なくお母様と再婚したって言ってたような……そこまでしてこの森に執着していたって事?なのに……
私は黙ったまま森から引き返し歩き出した。リックスが「マズイなぁ……」と呟いていたようだか流してしまった。
「はい、並んで。騎士こっち、平民はこっち」
一応並びは別にしたが中身は一緒のコンソメスープをお昼に温め直して配る。
「うんまい!なんだコレ!」
皆が口々に褒めちぎってくれる。
そうだろそうだろ、美味しいだろ。リックスもネイトもお替りしてるよ。
「ゆっくり食べてよ。沢山作ったから」
私はある程度行き渡ったのを確認して自分の分を持ってもらい、ちょっと疲れたのでゆっくりしたいからベールを取って食事出来る馬車へ向かった。食べ終わって午後からの作業の確認をしていたがなんだか眠い。
「ちょっと寝るわ」
ミラベルにそう言って私はそのまま少し昼寝した。
夢の中でマティウス達と森を彷徨う。グズモットを狩ったり、資料を作ったり。あの時は楽しかったなぁ……
目が覚めてちょっとスッキリして馬車を出ると、すぐ前にミラベルとリックスが立ち話していた。護衛してくれてたのかな。
「お目覚めですね、連日いらしてお疲れなのでしょ」
ミラベルは心配顔で聞いてくる。
「大丈夫よ。もうすぐ終わりそうだし」
この調子でいけば年の終わりの、歳送りまでに終わるだろ。
それから数日何事も無く作業は続き、分かった事はクリームシチューはみんなが大好きだと言う事だ。
その日は多めに用意してもかなりの争奪戦になるので、お替りはひとり二回までと会議で決まった。
私は料理を作って以来徐々に平民達とも距離を縮め最近では見かければ声をかけてくれる者も出てきた。
最初、ミラベルは眉をひそめていたが、彼らが私の料理を絶賛する言葉を聞き一緒になって話しだした。みんな仲良くしようね。
工期も進みあとわずかというところまで来た。
寒さも増し息が白くなる中みんなで作業は進められ今日もお楽しみのお昼ご飯だ。
本日はビーフシチューだ。クリームシチューに負けず劣らずの人気でワイワイと楽しそうに食べている。
私はお昼寝が習慣になっていて今日も馬車に向かった。
「そうだリックス、これピッカリ、じゃなくてピカリング様に持って行ってくれない?もうすぐ終わりますからって」
あれ以来ピッカリは全く現場に寄り付きもせず、渡す書類がたまっていた。来るなって言ったのは私だけど本当に一回も来ないのってどうよ。
「分かりました。ネイトちょっとフェアリーネ様を頼む」
私は馬車にひとり入りホッとひと息つきベールを取ろうとした。
「そのまま動かないで下さいますか?フェアリーネ様」
突然、どこからともなく声がしビクッとする。姿は見えないのは何かの魔術具だろうか。
無言のままドアをあけようと伸ばした手に冷たい金属が当たる。
「動かないように、と申し上げたつもりだったのですがね」
そう言われて伸ばした腕がサッと熱くなる。
「いっ……」
あわてて手を引き反対の手で押えるとぬるりとした感触がした。鉄のような匂いが鼻をつく。ポタポタと腕から血が滴り落ち、私は自分のベールを取ると巻きつけた。結構深く切られたようだ。
「これは、なかなか……忌むべき呪いとはいえ噂に違わぬ美しさですな……楽しみが増えましたよ」
その声を聞いて背筋がゾッとしたが、何か薬でも撒かれたのかクラっとしたかと思うと意識が無くなった。
どれ位経ったのか。
地面に転がされ腕は背中で縛りあげられた状態で目が覚めた。切られた腕は熱く熱をもち悪化しているのがわかる。体は冷え、土の匂いがする。
辺りは薄暗く僅かなランプの光が私を照らしている。熱があるのか頭が朦朧として目が霞んでよく見えない。
「気がつかれましたか?フェアリーネ様」
顔は見えないが後ろから声をかけられた。
「その声はお芝居ベタのピッカリくんじゃない?」
「誰がピッカリだ!」
ピッカリって通じるのね。
「今なら笑ってすましてあげられると思うけど?」
そんなわけないが言ってみた。怖がっては相手の思うツボだろうと恐怖心を堪えていたが、縛られた腕が痛く、ほどこうともがく事も出来ない。
「お優しいお嬢様は世間知らずで困りますな。欠かされた恥はなかなか拭えないものですよ」
そう言って目の前に現れたのはガスだった。
コイツもか。
ガスは倒れている私に近寄り私の長い白い髪を憎々しげに乱暴に掴んだ。
「グッ!」
私が痛みに呻くと満足気に笑いそのまま髪を引っ張り上げ、倒れていた私を座らせた。
周りを見ると森の中なのか木々に囲まれ、日が落ちて暗くなり冷え込んでいる。私は寒さと恐怖でブルブルと震え白い息をはいた。
「どうします?ピカリング様」
「居なくなるならそれでいい、やり方は任せる」
その言葉にガスはゾッとする笑いを浮かべた。
「では好きにさせてもらいますよ」
掴んだままの髪を引っ張り上げナイフでザクリと切り取った。手に残った髪を鼻に近づけ大きく息を吸い込む。
お前の変態っぷりにドン引きだよ。
「呪いって伝染るんですかね」
そう言ってガスは髪を捨てると今度は私の顔を乱暴に掴む。
「こんなにお綺麗な顔や美しい蒼い瞳を切り刻むのはちょっと惜しい気がするんですけど」
「だったらしなくてもいいんじゃない?」
一応提案してみる。ガスはナイフを私の頬に当てグッと力を入れる。
「うぅぅっ、イヤ!止めて!」
逃れようとするが動けない。気持ちの悪いガスの顔が近づき私に頬ずりしてくると、私の頬の血をベットリと自分の顔に塗りたくる。
マジか!良く映画で見るサイコパスがやるやつ。コイツその行動を網羅していく気か?このままじゃ切り刻まれて魔物のエサってやつ?
「先に楽しませて貰わんとな」
ガスはそう言うと私のドレスの胸元を掴んだ。
待ってそっちもありなの!?ヤダヤダヤダ!
「イヤ、止めて!止めて誰かぁ!」
私は堪らず泣き叫んだ、もう限界だ。
ガスは嬉しそうにドレスを引き裂こうとナイフを持ち直した瞬間!どこかで「グェ!」とカエルが潰れる声がした。辺りにひんやりと冷気が漂い、ガスが慌てて立ち上がるとビシッと音がして胸から下が凍りついた。
「ヒッ、だ、誰だ!」
答えてくれるはずも無いのに叫ぶガス。
「クズが、人の言葉を話すな」
そう言って黒い影が上から降ってきてアッサリとガスを切り捨てた。
ガス弱すぎ。それともこの人が強過ぎなの?
私は男の顔を見ようとそちらを向いたが手で目隠しされ顔が見えない。
「誰?助けてくれたの?」
聞いてみたがそのまま気が遠くなった。ふんわりと仄かに蒼白い光に包まれながら。




