72 開拓2
ピッカリは気に入らないようだ。突然、責任者としての立場をとって変わられたんだからそりゃそうだ。だがコイツの怠慢のせいで我が家の財政が圧迫されているのだから仕方無い。
「困りましたな、フェアリーネ様。私はこれまでずっと自分の職務を全うして来たのですよ。それをイキナリ来られたフェアリーネ様に助力頂かなくとも大丈夫なのですがね」
ピッカリは頬を痙攣させながら私に笑いかける。私は今、開拓の前線で現場に立ち、進行を見守っている。二日前に働かない奴は不要とぶった切ったので騎士も平民もキリキリ働いている。
「あら、ピカリング様。わたくしここの責任を少しの間努めさせて頂くだけで、いずれはお返し致しますわ。まだ若輩者ですもの私の方が御助力頂きたいくらいです」
ベールを被っているので、私の表情は読めない。嫌味なのか本気なのかピッカリは計りかねているらしい。
「そうでございますか。ですが私如きがフェアリーネ様に申し上げられる事はございません。ですが、あえて申しあげ……」
「まぁ、でしたらしばらくの間お休みなさっても宜しくてよ。わたくし精一杯ピカリング様の留守を預からせて頂きます」
私はピッカリの言葉を遮り、手にしたメモに現場の気になる点を書きとめていく。ピッカリの話は流しているが、一応返事はちゃんとしているのだから問題無いだろう。
「……では失礼いたします!フェアリーネ様!」
語尾に気持を込めてピッカリは去ってった。あなた邪魔だから。
「フェアリーネ様、あの様子では何か仕出かすかも知れませんよ」
リックスがコソッと私に囁く。確かにそうかも知れない。少し粘着質っぽい感じがする。
「リックスがいますから、大丈夫でしょ」
私は本気でそう思っているがリックスは目を丸くしてちょっと驚いていたようだ。
「この短期間でそのような信頼を頂けてありがとうございます」
本当は既に知り合って長いしね。ある程度の信頼はしてるよ。
私は予定表を手に開拓地を見ていた。この二日だけでもだいぶ進み、第一次開拓予定範囲までやっと後少しだ。
やっぱり魔術って凄い。今迄は騎士達は魔物が出たら仕事って感じだったのが、今ここでは開拓自体に関わっている。あらゆる魔術で工夫して作業し出すとサクサクと進んで平民はそれをサポートする立場だ。
「ここの貴族達は平民に接する事にあまり抵抗がありませんね」
私はリックスに尋ねる。
「この南方の森は代々開拓が進められてきた土地ですから、アデミンストとはまた違った関係が出来ているのではないでしょうか?」
「あなたも平民に抵抗ないわよね」
「……えぇ、そうですね」
「どこの生まれなの?」
「……フェアリーネ様がご存知無いような辺境地ですよ」
「ここより?」
「……えぇ」
同じ貴族でも育った場所によって平民や呪いなんかに対する反応が違う家のか。
クラウスも私の髪の色をそこまで気にした様子が無かったし、ここの騎士達もベールを取った私を見ても髪の色では無く、顔を……絶賛していたようだし。
あぁぁぁ恥ずかしい。
ベール生活が身につき過ぎたのだろうか?素顔を晒すのに抵抗がある。
ここで働く人達の殆どが白い髪にあまり抵抗が無いのは段々とわかってきたが、やはり貴族は完全に気にならない訳ではないようで、時々私が近寄ると身を引く者もいる。
思い込みや習慣はなかなか変えられない。そのせいか私もベールを取ることも無く過ごしている。
「そろそろお昼ね」
私は作業を止めて休憩を取るように言った。
そういえばここの食事はどこで用意してるのかな?
ミラベルに確かめるとピッカリがいた所に厨房があってここへ運んで来るらしく、運ばれて来たスープがみんなに配られ食事開始だ。
流石に平民と貴族が同じという事は無かったからそこは無理なんだね。予算の都合かな?私は何気に両方のスープを味見する。
不味い!何これ?どっちも、まっっっっずい!冷めてるし。
「ちょっと待って。誰がこれ作ってるの?」
「交代で我々が……」
平民の男達がおずおずと手をあげた。これは酷いわ。そりゃ、やる気にもなんないわ。
「明日から食事はこちらで用意するわ」
私は早速ミラベルに予算内の材料を発注してもらい明日の食事の用意してもらうことにした。ここで作ればいいよね。
私は監視すればいいだけだし見ながら作るとしよう。
午後からはガスと開拓の後処理の打ち合わせをした。最初は反抗してきたガスだが今は素直に指示に従い騎士達をまとめてくれている。いい傾向だ。
私は平民の中から農村出身者を連れて来てもらった。
「ここの出身の人はいるかしら?」
ひとりがビクビクしながら前に出てきた。
「この辺りはどんな作物が育つのかしら?」
男は目をキョロキョロさせて答えない。私じゃだめか。
「リックス、お願い出来ますか?わたくしはアチラに行ってますから」
「お待ち下さい。ネイトをお側に」
ちょっと向こうに行くだけなのに結構過保護なリックスだ。ネイトが来ると私は少し離れた開拓が終わったばかりの、まだ地面がボコボコした所を見ていた。
なんだか開墾しても畑に出来る気がしなくて地元民に聞いてもらっているのだが、もし駄目なら水耕栽培をする為の建物を建てたほうが良いだろう。
問題はやはり魔物の出現だろうか?領主様はここが農作に向いていると睨んで開拓を進めたようだけど根拠があるのだろうか?
「ねぇ、ネイト。魔物を寄りつかなくする方法ってあるのかしら?」
「そうですね。結界が有効だとお思います」
結界か、魔術の世界って凄いな。
「それってどれ位の範囲に効くの?」
「目的によりますが、魔物を完全に入れない結界は範囲にもよりますが魔力が沢山入りますからそんなに大きくは出来ないと思います」
「じゃ、農村全体って事は出来ないのね」
「出来なくはないのですが、首都や重要な拠点に施される特別な魔術ですね。かなりムチャです」
魔術に頼るのは無理か。
「魔物避けって他は何があるの?」
「そうですね。討伐を出すくらいですかね」
「近くの農村ってどういう対策をしているの?」
「定期的に討伐要請は来てますが基本的にはそれほどの被害は無いようです」
「森もそんなに遠く無いと思うのですが大丈夫なのですね」
「えぇ、それは……」
ネイトの話によると、森の中は魔物に遭遇する確率は格段にあがるが、街道をはさんで農村まで行けばそれほどでもない。
それは所謂共存共栄で、人間に必要な小型、中型の魔物は大型魔物にも必要。餌なので取り過ぎると人間に危険が及ぶが、乱獲しなければ森から出てくる事はほとんど無いらしい。
だが、開拓とは森を切り拓いて荒らす事なのでそこを農村とするには、人間が手を入れてから利用出来るほど魔物が出無くなるまで何年もかかるらしい。
だったらここも開拓が終了しても、後は数年後まで人が来るとこは無いって事か……
ん?なんか引っ掛かるな。なんだっけ?
私が考えているとリックスが話を聞き終えたようでやって来た。
「フェアリーネ様、聞いて参りました」
結果、やはりここに直ぐ作物は植えられない事。数年後に植えるなら、まず浄化の魔術で何回か浄化して、何度か作物を植えては捨てて土地に栄養を蓄えさせてからしか使えないらしい。
ここの土地は何故か毒性が高く、森の植物も多かれ少なかれ毒性がある物が多く、土地の者しか植物採集は難しいらしい。
「魔物には草食の物もいるでしょうに」
「魔物には解毒する機能があってその肉を食べても我々には影響が殆ど無いのです」
「え!だったら流行病に間違えられた食中毒の原因のグズモットは何故毒性が残っていたの?」
私は咄嗟にグズモットの事が口をついて出た。リックスは驚愕した。
「フェアリーネ様はグズモットの事をご存知なのですね」
ジッと私を見つめた。
それは私が何を知っているのか探るようで真剣な眼差しにゾッとした。聞いてはイケナイ事を聞いたのか?
「え、えぇ、わたくし少しの間ですけど、アデミンストで薬学の研究室にいてそこで少し聞きました」
あってる?あってるよね。確かエイダンが言ってたハズ。
「そうでしたか……研究室に」
さっきよりはマシな眼つきに変わったのでひとまず大丈夫かな。普通の貴族の娘なら平民の間で流行る病の原因なんて知るはずない事だったのかな、危なかった。




