69 森へ
あぁぁ、仕事が終わった……もぉー、退屈、退屈、退屈!
「フェアリーネ様、何を暴れているのですか?」
「だって……退屈!」
昨日、経理コースの第二試験を受けたのだが、ビックリするくらい簡単で、さっさと済ませて何事も無く帰って来た。
私の前にも出来た人が誰かいたようだが後ろの席に開始ギリギリに入ったようで私の所からは全然顔が見えなかった。わざわざそっちを向くのは嫌だったし。
ちょっとざわついていたからイケメンなのかな?顔を見たかったな。
「フェアリーネ様、この冬はイブリン様のご実家で過ごさないかとお誘いを受けましたが、どうなさいます?」
お母様の実家って確かダンヴァースでも南方の、あの森の近くじゃなかった?
マティウス達と一緒にグズモットを捕まえて回ったあの森だ。お母様の実家はスラットリー子爵といって爵位はディミトロフ家より下ではあるが財産は豊富なのだ。
私を実家に招待と言ったが呼んでいるのはスラットリー子爵、お母様の父親だ。建前は厳しい冬を暖かい南方の子爵邸で過ごした方が良いのではというものだが、お父様が私をアデミンストから引き離したいという思惑があるそうだ。
お母さま情報によると、私がコソコソと学院の研究室に通っていた事がバレたらしい。
誰だ!チクったの!面と向かって文句は言われていないが、やんわりと学院から引き離したいようで実はコレ、お母様の提案で私を学院から遠ざけると見せかけて私からお父様を遠ざけてるのだ。
スラットリー子爵家は管理区域も小さく地域への影響力も小さいが商売上手で財をなした。その優秀さを買われディミトロフ家から辺境伯の管理区域の管理を一手に任され、そこでも手腕は発揮したが、それ以上の躍進の為に一発賭に出たのがディミトロフ家への娘の嫁入りだ。
うまく行けば孫が辺境伯になれるか管理者として存続できる。『貴族怖い』の所以の一つだよね、政略結婚なんてさ。婚姻が就職の一つなんだもんね。
「ちょうどいいわ、行きます。ここにいたって仕事も無いし」
私は数日後、南方スラットリー子爵邸に向かった。
スラットリー子爵邸はアデミンストにあるディミトロフ辺境伯邸の本館より新しくきらびやかだった。
それは元ディミトロフ辺境伯の屋敷だが管理する為にそこに住んでいるらしい。辺境と呼ばれる地ではあるが、賑わいのある街でここらの商売の中心らしい。アデミンスト程ではないが高級感のある店や邸宅もあり貴族も多く住んでいる。
ディミトロフ家の管理区域は森も含めこの辺りに広がっていて、その全ての管理をスラットリー家に一任されているが、開拓には責任者をひとり置いてほぼ放置している。
例のあの森もそうだ。平民の力でもって開拓していくのが主なやり方だがあまりに杜撰で遅々として進まないと聞く。
スラットリー子爵は商売上手なので無駄に資金ばかりかかるやり方に辟易しているが、爵位が上のお父様様に強く言えず困っているらしい。そこでお母様が私に何か打開して欲しくてここへ向かわせたのだ。
買いかぶり過ぎじゃない?私に何ができるっての?
スラットリー家に到着すると子爵は自ら出迎えてくれた。義理の祖父にあたるのかな?
「やぁ、はじめまして。美しい孫娘よ」
スラットリー子爵はお年の割に颯爽とした出で立ちで好感がもてる紳士だった。ベールを被った私にそっとハグをする。
でもおじいちゃんの体が強張ってるよ。
初対面の緊張感か呪いのせいか、スラットリー子爵はぎこち無く私をテーブルまでエスコートしてくれた。
お母様は着いたらベールを取ってくつろぐようにと言ったけれどホントかな?
「あの、お祖父様。わたくしベールを取っても良いのかしら?お母様にそう言われたのですけど」
「も、もちろん構わないよ。自分の家だと思ってくつろぎなさい」
爽やかに微笑んでいるが、ちょっとビビってる様子、けどイクか!
私はそっとベールを外した。スラットリー子爵はヒュっと息を呑むと今度は満面の笑みを浮かべた。
「イブリンの言っていた通り大変美しいな。お前は自慢の孫だよ」
そう言って改めて手をとり立たせると今度は頬にキスをしてくれた。
わぉ、やり過ぎだよおじいちゃん。
それから子爵婦人もやって来て私を歓迎してくれ、夕食時にはお母様の兄のクラウスがやって来て私を見て驚いていた。
「これは、これは……」
そう言って、私の頬に軽くキスをすると立ち上がらせくるりと一回転させられ改めて上から下までじっくりと見られた。品定めされてるようだが、最後に満足気に頷くと私を椅子に座らせ、その後、お祖父様と何やらコソコソ話していた。
悪い顔してるな。
夕食は穏やかに進み、食後のお茶を頂いていた。
「フェアリーネ、君は今まで殆ど人目にさらされないで過ごしていたと聞いたが?」
「ええ、そうです、伯父様」
私が伯父様と呼ぶとクラウスは満更でもない顔でニヤリと笑う。
「ディミトロフ様は髪の色を気にして外に出さなかったと聞いたが本当にそれだけかね?」
「どう言う意味ですか?」
クラウスとお祖父様は顔を見合わすと
「他に意図があったとしか思えんな。髪の色を払拭するほどの美しさが君にはあると思う」
ぎょえ、褒め殺しですか?
「そんな、大袈裟です。目新しいだけでしょう」
私が謙遜して言った。だって私もそこそこキレイだと思うわ、我ながら、だけどねぇ。
「白の呪いと言われて酷い目に合ったと聞かされています。覚えて無いのですけど。学院で周りの者が噂しているのも聞きましたから本当の事ではないかしら」
クラウスは首を傾げ私を見る。
「君が望むなら伯爵クラスの縁談を用意出来ると思うがどうだい?」
へ?イキナリっすか。
「わたくし結婚は考えてません」
「それは勿体無いだろう。いま決めなくても将来的に独身を通すわけではあるまい。その時に私に相談して欲しいのだよ」
やだよ。クラウス伯父は私を取引材料位にしか見てないでしょ。
「伯父様にかかればわたくしも上手く転がされそうですわね」
私は暗になめんなよと釘を刺す。クラウスは片眉をクイッと上げた。
「なるほど、イブリンの言う事にも一理あるな」
そう言って微笑むとそれ以上は婚姻の話はしてこなかった。
次の日、私はお祖父様にディミトロフ家の管理区域を見回りたいとお願いした。お祖父様は快く引き受けてくれ、馬車と案内人をつけてくれた。
案内人はスラットリー家の護衛の武官で下位貴族のネイトと言う若い男だった。私はベールを被り馬車に乗り込み管理区域に向かった。
「開拓はどれくらい進んでいるのですか?」
私の質問にネイトは言いにくそうに答えた。
「順調とはいえません。管理を任されているピカリング様はその、おっとりした方で」
そいつがそもそもの元凶か。
「まぁ、ぜひお会いしたいですわ。可能かしら?」
「面会の予約はお取りしておりますので」
ネイトはニッコリして言った。
馬車は管理区域の森を横目に進んでいき、木々が途切れ一見農村の様な木造の小屋が点在する一角に到着した。
馬車は一つの建物の前に止まり、そこには必要以上にニコニコとした小太りのややオデコの広い、いや髪の毛が後退した、まぁ、ハゲが揉み手で立っていた。
うわ、出来すぎです。アカン奴。
「お待ちしておりました。お嬢様。ようこそ、この様な辺境の地へ。ささこちらへどうぞ」
いや、うちの管理区域だし。
細かい突っ込みどころが満載だがあえて放置だ。ぴっかりくん、じゃ無くてピカリングは正真正銘の小物で大変分かりやすい安価な役人タイプだった。
「いや〜、平民どもはなかなか働きが悪くて私と致しましてもご期待に答えるべく毎日奔走しておりますが、えぇ、まあ森の開拓というものは魔物も多く出没致しましてそれを討伐するともなれば、臨時の騎士達を雇う事になり……」
などとつらつら言い訳のオンパレードだった。アホらしくてアクビが出たがベールで見えないから、まぁいいか。
ピカリングの言い訳が長すぎてもうこっくりと船をこぐかと思われた頃、部屋へ何やら知らせが入った。
「失礼致します。ピカリング様、大変です。また魔物が!」
「な、なに!それはイカン。早急に対処するのだ」
え?小芝居が始まるの?
「お嬢様、失礼致します。魔物が出たようで、えぇ、開拓ではよくある事ですので。しかしこれ以上は工期を遅らせるワケには行きませんからな。私が自ら討伐して参りますぞ!」
凄い棒読み。
立ち上がったピカリングは、ポッコリ出たお腹に左手を当て右手をやや斜め上に差し出し、舞台俳優のようにキリッと遠くを見ながら悦にいっている。
大丈夫、まだついていけるよ、私。




