68 エイダンの事情
オレは貧乏貴族の次男だ。爵位も無く、魔力も弱く金も無い。下手に貴族というだけに職探しにも苦労する。
平民と一緒に働く訳にも行かず何とか職を得ようと学院に行く事になったが何を選択したらいいのかもわからなかった。
兄貴は下位貴族の中でもまだ魔力が強かったので騎士団で働く事が出来たがオレでは無理だ。経理もやる気にならないためフラフラと学院内を彷徨っていた。
歩き疲れて学院内の憩いの場らしきベンチを見つけどっかりと座ると盛大にため息をついた。
「辛気臭い奴だな。暇なのか?」
突然後ろから声をかけられ驚いて振り向いた。そこには赤毛の美人が白衣を着てダルそうにこっちを見ている。
「あ……すみません」
「新入か?何処のコースだ?」
「まだ決めかねてて……」
そう言った瞬間その美人は目をギラつかせた。
「こっちにきなさい!」
断りたかったがどう見てもここの教師のようだし、悪い印象を与えたく無かったので恐る恐る近くによった。
「ふむ、見た感じバカでは無さそうだ。適当にコースを選ぶでも無くまだ悩んでいるなら私の所に来い。三食ついて将来は助手として雇うぞ。給与はコレでどうだ」
美人教師が立てた指を見てオレは飛びついた。コースも決まって就職まで決まったのだ。食費が浮くなら家を出るのも問題無いだろう。白衣を着ているところを見ると堅い仕事のようだ。
確かに軽率だったようにも思えるがもう遅い。薬学コースを選んでその日の内にカイリン先生の弟子として研究室に入りそこから連日の仕事三昧だ。やってもやっても追いつかず、それどころかドンドン負担は増えていった。
流行病の為に色々な調合で薬を作りまくり、雑務にも追われこの一年記憶が殆ど無い。薬学コースの第一試験を受けたっきり第二試験を受ける暇もない。
流石にカイリン先生も限界なのか誰か優秀なのを探すと言い出した。カイリン先生には既に優秀な弟子が一人いる。いわばオレの兄弟子だ。
彼は伯爵家の長男だが何故かカイリン先生と同じ医術と薬学を取り弟子となっている、大変優秀だが変わり者のやつだ。
眉目秀麗で学院内を歩けば引く手数多のモテっぷりだが一切振り向かず、孤高の存在となっている。
最初は伯爵だし取っつきにくいのかと警戒したが、お互い人間関係が希薄な者同士意外と気があった。年も上だし伯爵だが対等な関係がいいと言われて今は楽に話せる相手になっている。
彼曰く「バカとは口をききたくない」との事だからオレはバカ認定されていないらしい。
ある日、カイリン先生がいい生徒が見つかったと喜んでいた。助手に引き込むつもりだと話していた相手が教師用の廊下で駄々をこねている奴だと分かった時はかなり驚いたがその出で立ちは独特過ぎた。
頭からベールを被り髪はもちろん顔も見えずなぜこんなのを先生が選んできたのかわからなかった。
しかも女性で辺境伯令嬢だ、気が重くて仕方が無かったが少しでも仕事が楽になると先生に押し付けられた。仕事が増えるの間違いじゃないだろうか?
次の週、なんだかんだと問題はあったがその令嬢はやって来た。相変わらずベールを被っていたがとにかく仕事を与えてみることにした。
「フェアリーネとお呼び頂けませんか?」
そもそも高位の女性貴族との交流すら無かったので一瞬意味がわからなかった。彼女は他の鼻持ちならない貴族達とは違ってとても気安く接しやすかった。仕事も不慣れなから一生懸命で覚えも良く、出来の悪い同期達よりよっぽど使えた。
上手く仕事をこなしていけたのですっかり気が緩んでいたオレは彼女を食堂に連れて行って、とんでもない目に合わせてしまった。
「先に戻るわ」
そう言って立ち去る彼女にその場の者たちは好き勝手に話出した。
「おい、エイダン。アレの顔見たのかよ。どんなだ?やっぱり酷いのか?」
「髪は?やっぱり白いのか?」
髪?そんな事気にした事もない。オレはそいつ等を睨みつけると食事を手に部屋へ戻った。
ドアを開け中に入るとベールを取ったフェアリーネが振り返った。
「待って、今ベールを……」
彼女がそう言って慌てている姿を見てその美しさに衝撃を受けた。光を帯びた輝く髪はサラリと細い首を通って肩にかかり、美しい蒼玉の瞳は涙に濡れしっとりと潤んでいて、ゾクリとする色気を感じた。
慌てて目をそらし冷静を装う。心臓がドクドクと高鳴り息が苦しくなる。
もう帰るとか嫌なら来ないとかいうフェアリーネを何とか引き止めようと、必死に説得した。
彼女は、ここに来てくれと言ったオレの言葉に再び涙した。その姿を見て抱きしめたい衝動にかられ、そっと近くにより躊躇いながら手を伸ばしたその時、あの文官が帰って来た。いや、危なかった。
大騒ぎされて結局カイリン先生まで来て、あろう事かフェアリーネのベールを取れと言う、いや駄目だ。
アレを側に置いて仕事なんて手に付かない。せめてベールを被ってくれてないと平静を保つ自身がない。
果たしてフェアリーネのベールを取ったカイリン先生だが……
「仕事に支障が出そうなので」
オレの気持ちを察して再びベールは被せられた。ニヤついた顔がムカつくが仕方無い。
その後は何事も無く定期的に通う彼女と仕事をしていた。彼女は仕事が上手く運んでいると上機嫌で小さく歌を口ずさんでいた。なにを歌っているのか知りたくてさり気なく近寄って耳をすますと、微かに聴こえるのは聞いた事の無い美しい旋律だった。
それを独占している自分になんとも言えない満足感があったがいよいよそれも終わる時が来た。
フェアリーネは経理コースの試験を受けると言うがオレはまた他の奴らに何かされないか心配になった。
経理か……確かアイツが今試験を受けてるって言ってたな。アイツに頼むか……しかしアイツは顔がなぁ。
眉目秀麗な兄弟子をフェアリーネに近づけるのは嫌だったが、女嫌いと噂のアイツなら大丈夫か……いや、オレは一体なんの心配をしてるんだ。フェアリーネが嫌がらせを受け無いように見守ってもらう方が優先だろ。とにかく、そこは頼むとしよう。
今日でフェアリーネと当分会えなくなる。チラチラと様子を見ているが彼女は黙々と仕事をこなす。
ふと見るとベールが少し後ろにズレて細い顎がいつもより見えてドキっとした。時折唇も覗いて気になって仕方がない。オレは変態か?
いや、落ち着け。きっと世の男どもがみんな通る道のはずだ。だが、それももうすぐ見れなくなる。
もしかしたら二度と会えないかも。なにせ相手は辺境伯令嬢だ。本当なら近寄る事も出来ない。
その時フェアリーネが薬の粉末を少しこぼしあたりにその粉が舞い上がった。それはベールに微かに付いていた。指摘したが彼女は焦って検討違いの場所を払っていた。仕方ない。これは不可抗力だ。
オレはフェアリーネのベールを外すとそっと払い今度は出来るだけゆっくりと彼女に被せた。
いや、要らんだろ。何故これを被っている。
オレはスルリとベールをずらし、フェアリーネの顔をじっくりと見つめた。
よし、このままで良い。
そして、そのまま午後の仕事をこなした。いよいよお別れだ。
「また会えるといいね」
フェアリーネはそう言うとニッコリ笑った。
オレも新しい自分が発見出来て「面白かったよ」と答えた。
彼女が去った後、作業部屋で片付けをしていると、カイリン先生がやって来た。オレの顔を見るなり「駄目だったか」と言った。
「何がです?」
「エイダンならイケると思ったのだかな」
「だから何です?」
カイリン先生はニヤッと笑う。
「まぁ、まだもう一人優秀なのがいるからな。アチラに期待だな」
「もう一人ってアイツの事ですか?」
「あぁ、私としてはエイダンの方が扱い易いかと思ったんだがな。奴は頑固で融通がきかんところがあるから面倒なんだ」
そう言って去って行った。
そうか、アイツにかぁ……
やっぱり頼むのはよそうかと真剣に考えた。




