66 お仕事2
部屋に男と二人きりという事に抵抗のあるミラベルは何とかドアを開けておくという事で不承不承ながら出て行った。
「騒がして申し訳ございませんでした」
私はエイダンに謝罪する。
「いいえ、ではこちらへお願いいたします」
エイダンはやり方を説明してくれている。
「ディミトロフ様、こちらを……」
「あの……フェアリーネとお呼び頂けませんか?」
「……は?」
エイダンは一瞬何かの聞き間違いかと思ったのか動きが止まる。
「ここで一緒に働きますし、いちいち丁寧な態度は手間がかかることもありますし、とても面倒なので。カイリン先生も仰ってらしたし、出来ればわたくしもエイダンとお呼びしたいのですが?」
「本気ですか?」
エイダンは無表情を少し崩し私を探るように見た。爵位が上の者からこんな提案は初めてなのかすぐには飲み込めないようだ。
「もちろんです。わたくしの方が後輩ですし。口調も普段と同じでかまいません」
数秒思案したようだが何かを振り切ったのか大きくため息をつくと
「助かった。俺も限界で」
一気に楽な態度をとりだし肩をまわす。
「じゃあ、改めてよろしく。フェアリーネ、様?」
「様もいらないわ。エイダン」
エイダンは早速薬草の下準備の仕方と粉末にする為に使う道具等、色々説明してくれた。ここで私が出来る事は、平民の薬剤師がやるように薬を作ることだ。
エイダンは容赦なく私の限界を突いてきて黒い笑みを浮かべ無言の中に「ホラホラやる気あんのかよ」と仕事を与えてくる。もう嫌、私の周りはこんなのばっか。やりますよ、やります。
お昼には腕はパンパンになり、ちょっと頭がボーッとしてきた。
「結構やるな。じゃあ少し休憩だ。食事はコッチ」
エイダンは私を連れ研究室から出た並びにある部屋に連れて行ってくれた。そこは研究室で働く人が食事をとる場所なのかワイワイと賑わっていた。
食事を受け取るカウンターに行きやり方を説明してくれた。
「ウワッ!」
私達の前にいた男が私を見るなり驚いて手に持っていた食事を載せたトレーを落とした。その騒ぎでみんなの注目が集まり私を見た人達が口々に「本当にいたんだ」「呪いのせいで顔が酷いらしい」「触ったら呪われる」など聞こえよがしに言ってきた。
しまった。カイリンもエイダンも普通に接してくれていたので忘れてたけどコレがあったんだ。
「ごめんエイダン、私いらない。先に戻るわ」
そう言って来た道を戻った。私が向かう方向は人々がさぁーっと避けて行くのでとっても歩きやすい。
作業部屋に戻るとドア閉めホッと息をついた。ベールを取ると机の上に置いてそのまま突っ伏し顔を埋める。今回は油断してた、人数も多く距離も近くていつも庇ってくれていたミラベルもいなかった。結構きたな……
私は自分でも思っていたよりずっと怖い思いをしたのだと実感した。やっぱり好奇の目に晒されるのは思ったよりずっと怖い事かも知れない。
そう考えていると突然ドアが開いた。
「おい、持ってきたぞ。ここで食べ……」
「わぁっ!待って!今ベールを……」
私は驚いて振り返ってしまい、エイダンと目があった。エイダンは私を見るなり驚いて手にしたトレーを落としそうになった。
「あぁっ、すまない!おっと……危なかった」
何とか落とさずに持ち直し私から目をそらすと部屋に入りドアを閉めた。私はベールで顔を鼻まで隠した。
「ごめんなさい。驚かせて、今被るから」
後ろを向いて、髪が丸出しなので慌ててベールを被り直しエイダンに向き直った。
「ハハッ、こんなに早く戻って来ると思わなくて」
苦笑いでごまかしてエイダンの反応を見る。もう私に関わるのが嫌になったかもしれない。
「早く食べろ。仕事がたまっていくぞ」
エイダンは視線をそらしたまま私の向かいに座り食べ始めた。既に食欲は失せていたが一応私も少しずつ食べる。無言の時間が過ぎどんどん気まずくなった。
「ねぇ、嫌になったんなら私帰ってもいいよ」
私は思い切って口にする。私といる事で彼に迷惑がかかるかも知れないし、本当は一緒に居たくないのかも。
「別にいい」
エイダンはぶっきらぼうに答えた。
「爵位の事なら気にしなくていいよ」
「気にして言ってる訳じゃない」
「でも怒ってる」
「元々こんなだ。貴族だけど魔力も金もない。育ちがよくないんだ」
エイダンは大きくため息をついた。
「さっきのは俺が悪かった。あんな目に合わすつもりじゃなかった。フェアリーネは良い奴だと思うしこれからもここに来ればいい、って言うか、き、き、来てくれ……」
最後はゴニョゴニョ口ごもったが彼の言いたいことは分かった。
「本当にいいの?」
「いい!」
まだこちらは見てくれないが私はその言葉が嬉しくて。 私の髪を見たのに初めて認めてくれた外の人だ。
「ありがとう……」
目の奥が痛くなってグスッと鼻をすすると下を向いた。膝の上で握りしめていた手に涙がポタポタと落ちた。自分で思っていたよりずっとさっきの事が嫌で怖かったのだ。
エイダンは静かに立ち上がるとそばまで来てハンカチを貸してくれると頭にポンポンと軽く触れる。へ?!
うううわぁぁぁ!頭ポンポンされたぁ、ドキドキが止まりません!
「フェアリーネ様、遅くなりました。今、お食事を……」
突然ドアを開けられ、きっかり五秒後ミラベルの怒号が研究室に響いた。
「全く油断もスキも無いではありませんか!」
「だから、エイダンは悪くないって。むしろ庇ってくれたんだし」
エイダンはそれからも淡々と仕事をこなす。私への指示も忘れず、ミラベルがうるさくても無視して集中している。こいつ出来る奴だな。カイリンが重宝してそうなのもわかる。
「ミラベル!早く来ないとクビにするぞ」
カイリンが呼びに来るまで私に張り付いていたミラベルが抗議の声を上げる。
「ですけど、来てみればドアは閉まってるし、フェアリーネ様は泣いてらっしゃるし、この男がフェアリーネ様に手を!」
「え!エイダン、もう手をつけたのか?意外とやるな。そのまま取り込んで資金援助を申し込め」
カイリンが楽しそうに笑った。エイダンは格別に嫌な顔をする。
「手を出したわけではありません。ちょっとありまして……」
エイダンから事情を聞いたカイリンが呆れた様子で頭をかきながらこぼした。
「本当にここは科学者の城か?髪が白いのを呪いだと一体いつの時代の話だ。バカバカしい。医術に関わる者であるのに呪いを信じるバカはここにはいらない」
カイリンはそう言って私に向き直った。
「君もそんなベールなんか被っているから駄目なんだ。見慣れてしまえば誰も何も言わん、取れ」
そう言って私のベールに手をのばした。ミラベルと共に何故かエイダンが慌てた。
『取っては駄目です!』
と叫んだが間に合わず、私のベールは外された。
「……ほほぅ、なるほど」
私とエイダンを見比べてカイリンはそっとベールを被せ直した。無言で顔をそらすエイダンを面白そうに見ている。
「仕事に支障が出そうなのでこのままで」
そう言い残してミラベルを連れ去った。コホンと咳払いし、エイダンは再び何事も無く仕事に戻った。
午後からもみっちり仕事し夕刻にやっと帰れる事になった。ミラベルも解放され作業部屋に戻ってきて馬車までエイダンが送ってくれた。
「今日はありがとう」
「いや、俺こそ……悪かった。その……また来てくれ、今日は助かった」
エイダンはそう言ってとっとと引き返していった。カワユイかもしれない、ムフッ。
帰りの馬車の中でどっと疲れが出てあくびを噛み殺す。
「お疲れですね。少しお休みになってください」
別館まで一時間程あるので私は少し眠った。馬車のゆれは心地よくあっという間に眠りに落ちていった。




