65 お仕事1
流行病の情報はなかなかキツイ物だった。初夏頃からまた各地でポツポツと流行病が発生した。領主直属の医術師たちがあちこちに奔走していたが、村人の殆どが亡くなる中、夏の盛りを過ぎた頃やっと食中毒ではないかとの考えが世間に出始め、村を焼き払う命令は取り消された。
しかし、騎士達のなかには疑いが残るならまだ安心できないと命令を無視する者がいて浸透しきれなかったらしい。
最近になってやっと食中毒であると認識されるようになったがまだグズモットが原因であるとは断定されず、まだまだ農村では食されているようだ。
根本の食糧不足を解決しなければ難しいかもしれない。
「フェアリーネ様が流行病に興味があるとは存じませんでした」
ミラベルが何か言いたそうに私を見る。
「なに?」
「何故そんな事に興味を?」
「いけないかしら?お父様が開拓を進めなければならない管理区域は正に流行病の発生している辺境の農村よ。そこの担い手達が死んでいく事を憂いでいるのはおかしい事かしら?」
「いえ、確かにそうですわね。今迄インファント様が何も気にされていなかったので不思議に思いましたが言われてみれば考慮すべき事柄ですわ」
基本、貴族は平民が何人死のうが気にしない。お父様だけでは無くほとんどの貴族がそうなのだからミラベルが特別冷たいワケではない。
マティウスがいくら頑張っても領主を動かすのも他の貴族を動かすのも簡単ではない。私はリーナとして直接の被害者としての記憶を持っているが初めからフェアリーネとして転生されいれば流行病など耳にもしなかっただろう。
自分の管理区域で発生しているにも関わらず無関心なのは経営者としては失格だ。多分他の土地の管理者達はもう少し注視しているはずだ。
お父様の管理区域が領地内でも広大な方とはいえ一番被害が多いのではないだろうか。こんな状態では怠慢と言うしかない。
これは本気でヤバいな。これほどの規模では私の手に負えないだろう。誰かを巻き込まなければいけないとなればやはり人脈づくりか。説得材料が集まるまでは動けないな。
「ミラベル、講義の方は上手く行ったかしら?」
「もちろんです」
お父様から薬学コースの講義を断る知らせが行ってるはずだ。父親の許可が無いとその娘である私は公共の場には思うようには出れない。
なので薬学講師で医術師のカイリン・アルバレス子爵に直接弟子入りを頼んだのだ。事情を話したら面白そうだと乗ってくれたらしい。見かけ通り変わった先生だ。この見てくれの弟子なんて面倒なだけだろうに。ついでに新たな薬草の本も借りてきてくれたミラベルってマジで優秀。
私は少しでも薬草の知識を深めていこうと、本を読み内容を抜粋し書き取りながら読み進めているとちょうどいい時にドロシア&オリアーナがお茶を淹れてくれた。
「休憩なさいませ、フェアリーネ様」
「あまり無理をしてはいけません」
お茶とお菓子を出してくれたがそういえばここのお菓子、こんなもんだった。
私はミラベルを呼んだ。
「あとで厨房を使いたいから空けといて」
「なぜですか?」
「お菓子を作るのよ」
私がそう言うと、
「ディミトロフ家のお嬢様が厨房など入ってはいけません」
「お嬢様がお菓子を自ら作るなんていけません」
ドロシア&オリアーナが驚いて文句を言ったが、私はお父様にやりたい事を取り上げられとっても悲しかったのだから、これくらいは許して欲しいとお願いした。ふたりは仕方無く了承し、お父様にも内緒にすると約束してくれた。フェアリーネには甘々の二人だ。
厨房内は平民が働く場所で貴族は殆ど来ない。私もこのお屋敷の厨房には初めて来たがそこは料理人が三人いて別館のすべての食事を賄っていた。
「ちょっとお邪魔していいかしら?他言無用でね」
久しぶりに何か作ろうと道具を調べる。
「良し、取り敢えずクッキー作ろっと」
私は周りがザワついているなか生地を作る。生地は寝かせなきゃいけないのでそれを保管するように頼み、今度は餃子を作った。餃子は前も評判良かったしね。
ここにいるのは優秀な料理人なのでみんな研究熱心で私が皮を作っているとオズオズとやらせてくれと頼んできた。少し教えると彼らはあっという間に沢山の皮を作り上げる。私はその横でタネを作る為に肉をミンチに切り刻んでもらいニラっぽいのと白菜っぽいのを刻み混ぜてこねると皮で包みだした。
珍しい物に興味津々ですぐに覚えると皆黙々と包みだす。料理人達が包むのを全部やってくれ、私はそれを鉄板で焼いていく。
「フェアリーネ様、とってもいい匂いです」
私が料理するのを見守っていたミラベルがたまらず声をかけてくる。
「食べてみる?熱いから気をつけて」
私は焼きたてをお皿に乗せ勧めた。
「あっついけど、美味しい……」
ミラベルの言葉に料理人達が落ち着きなくコッチを見てる。
「みんなも食べてね」
その言葉にビクッとしながらもコソコソ端っこに行って餃子を食べた。
「なんだ?旨いぞ!」
「本当だ!中のジュワってのが凄く旨い」
等など口々に絶賛しだした。
「これは餃子というの。作り方は簡単だから今度はあなた達で作ってね。えっと……字は読めるかしら?」
平民の識字率は低い。職人は殆どが読めなくて当たり前だ。
「わ、私が少し……」
おずおずと手を上げたのは料理の責任者らしきガッチリ体形のまだ三十代位の男だった。
「では後でレシピを書いておくので参考にしてみて、こまかくは工夫して美味しい物を作ってね」
「はい!ありがとうございます」
男は真面目そうないい感じの奴だった。彼らは私の髪の色が白いからと言って別段気にするワケでもなく、ただ貴族がここにいるっていう方を怖がっていた。
呪いより貴族の方がよっぽど現実的に怖いよね。ダレルは私に自分から口をきいても良いのか分からず黙って休めていたクッキーの生地を持って来た。
「あぁ、これはね」
私はクッキーの生地を型が無いので棒状にして包丁で切り、オーブンで慎重に焼いていった。
出来上がりをダレル達に食べてもらい、味を覚えてもらう。
「なんですかこれは!美味しい……」
ミラベルはクッキーの美味しさに痛く感激し、そこから怒涛のスイーツ人生を歩んで行ったのは私のせいだろう。甘い物で幸せになると良いよ。
「これも簡単だからレシピ渡すね。色々工夫して他にも考え出してちょうだい」
創意工夫はプロにお任せだ。
私は久しぶりに料理をしてスッキリし、また勉強に戻った。
その日以降度々クッキーはお茶菓子として登場しどんどん進化していった。流石プロ。
ついに講義と言う名のお手伝いの日が来た。私はミラベルに付き添われ学院に向かった。学院では私は一応薬学はとっていない事になっているのでアルバレス子爵の個人的な弟子と言う事で裏門から入る事になっていた。
門に到着するとベールを被る。そこには前にカイリンと一緒にいた学院生が迎えに来てくれていた。
「こちらへどうぞ、ディミトロフ様」
ニコリともしないが丁寧な態度で案内してくれる。私が気味悪くないのかな?
前に来た時とは全く違う場所に連れて行かれた。そこはどうやらカイリンの研究室の別室らしく並びにいくつか部屋がありその内の割と小さめの部屋に通された。
「しばらくお待ち下さい」
そう言って彼は出て行った。
「随分な態度ですこと。もう少し丁寧な案内係はいないのでしょうか?」
ミラベルは彼が気に入らないようだった。
「あら、私は気にならないけど」
「辺境伯令嬢への態度ではありませんわ」
ミラベルはそう言う。
「私にはわからないわ。だって本当の意味で人と関わるのは初めてだもの」
この体になってからはね。
すぐにカイリンがさっきの学院生と共にやって来た。
「では早速説明を……」
カイリンは早口にここの薬草を下準備したりそれを使ってポーションを作れと言ってきた。
「ポーションってどうやって作るのですか?」
「もちろん魔力を込めるのだが?」
え?うそ?
「私は魔力を使ったことありませんけど」
「……本当に?」
「えぇ、わたくし長く臥せっておりまして父が完全に回復するまでは何もするなと」
カイリンは軽い目眩を感じているようだ。
「早まったか……いや知識はある。みすみす優秀になれる者を逃すわけには……」
なにやら考え込んだ後、
「ではここで、エイダンの手伝いをしてくれ。魔力はまた追々やるとしよう」
カイリンは苦渋の決断をしたようだ。雇った奴が使えないなんて最悪だ、申し訳ない。
「待って下さい。それはちょっと……せめて女性の方はいませんの?」
「無理だ。薬学に女性は少ない。いま手が貸せるのは彼だけだ」
カイリンはスッパリ言い切る。
「ミラベル止めて、わたくしやってみたいわ」
「なら宜しい。今から私の事はカイリンと、あなたの事もフェアリーネと呼ぶ。ここでは爵位に関係なく私がトップだ。辺境伯令嬢でも関係ない。後はご自分で関係性を構築していってくれ。それからそこのお付きの人は邪魔なので帰って、いちいち口出しされては仕事が進まん」
「分かりました」
私が了承するとミラベルが悲鳴のような声を上げる。
「なんですって!いけません。こんなところにフェアリーネ様を男性と二人きりなんて!」
そう言ってここで唯一の男を指差す。彼は動じることも無く黙っている。
「辺境伯ご令嬢に無体を働く貴族が一体どれほどいるだろうか?」
カイリンは呆れてミラベルに言う。辺境伯と呪いのダブルパンチを受けたい奴、かかってこい!
「そうよ。考えすぎ、邪魔だから帰って」
私がサクッとミラベルに言うのをカイリンは面白そうに見ていた。
「どうしても帰りたく無いなら私の手伝いをしてくれ。そうすればこの研究室にいてもいいぞ」
悪い笑顔でそう提案し、ミラベルはアッサリ陥落した。




