63 試験3
教室内はペンの書き込む音だけが響き皆黙々と解答しているようだ。途中で何人か諦めて出ていったが、まだ採点に向かう者はいなかった。私も慣れない試験に戸惑いながら時間一杯まで書き込んだ。薬学キツイなぁ。
「はいそこまで、この前に並んで下さい。すぐに合否を決めます」
そう言って試験官は解答用紙を一枚一枚受け取り即採点していった。私は他の人達から少し離れて最後尾についた。
「はい、不合格。次」
「はい、不合格。次」
どんどん不合格を連発し誰一人合格しないまま最後に一番後ろに立っていた私だけが残された。
不合格にされた者は不満いっぱいの顔を隠すでも無く私と試験官を見ていた。
そんな空気を無視して試験官は私の解答用紙をさっと受け取りサクサク採点していく。
「ふんふん、ほうほう。はい、合格だ。では貴方は次の来週の講義の予約を取ってから帰って下さい。お疲れさま」
そう言って立ち上がるとさっさと出て行こうとした。
「待って下さい!なぜ我々が落ちてこの様な者が合格なのですか!」
一人の不合格者が私を指差し試験官に詰め寄った。他の者も同じ事を思っているのか頷いている者もいる。試験官は、は?っという顔をする。
「えーまず君は、この方がどなたかご存知かな?」
不合格者は私を見て鼻で笑う。
「もちろんです。噂でもちきりですからね」
「ではこの方が辺境伯のご令嬢だと言うこともご存知でそのような物言いなのだな」
指摘されそいつはハッとして私を見る。辺境伯より高位の者は公爵くらいだ。おそらくこの教室内で一番位が上なのは私だ。貧乏でも大丈夫、借金も関係無い。
「どうなされます、正式に抗議されますか?それとも学生だという事を考慮してこの場で謝罪を受け入れて済まされますか?」
試験官は私に向き直り答えを求めた。えぇ〜イキナリそんな事言われても、困ったな。
不合格者は瞬時に態度を改め私に深々と頭を下げる。
「大変失礼な事を申しました。お許し下さい」
そう言って私の返事を待った。教室内の全員がこちらを見ていて、視線が痛いってこうゆう事なのね。なんて思った。
「謝罪を受け入れます。抗議はいたしません」
私の答えに試験官は満足気に頷いた。
「よろしい、ではなぜ不合格なのかという事だが、本来なら面倒なので答えないがこのままでは合格者に不満の矛先が向きそうなので答えることにしよう」
試験官は私の解答用紙をピラっと皆に見せると
「はい、一目瞭然。この方は学院で使う薬草を既に網羅されている。なので合格だ。素材を覚える必要がもう無いのですぐに調合から始められる即戦力だ。以上」
そう言って出て行った。みんなが呆気に取られている内に試験官と入れ替わりにはいってきたミラベルが私を素早く連れ出した。
「なんですって!本当にそんな事があったのですか!」
ミラベルは私が教室内の出来事を話すと怒り心頭で辺りにちょっと冷気が漂う。
「それはもういいわ。謝罪を受け入れて済ませたから」
「いいえ!いくら謝罪を受け入れたって抗議すべきです!どこのどいつですの!」
「知らない」
「フェアリーネ様!お名前くらいは聞いておいてください!」
めっちゃ怒られた。だけど私の心配はそこでは無い。
「それはいいから?それより合格者は来週の講義の予約を取るようにって言われたんだけど」
「そ、そうですね。フェアリーネ様は講義に出たいのですか?」
「そりゃもちろん、出たいです」
「ですけどきっと旦那様は反対なさると思いますけど……」
「えーっ!出たい出たい出たい!」
私は貴族令嬢にあるまじき態度で足を踏み鳴らしバタバタと駄々をこねる。ここはさっきも通った誰もいない廊下だ、何したって誰も見てないだろう。
私が油断しミラベルが慌てて止めようとした瞬間声がした。
「おやおや、辺境伯令嬢ともあろうお人がはしたないですな」
「わっ!じゃない、オホホ失礼致しました」
私は焦って取り繕ったがもう遅い。その場にはさっきの試験官と一人の若い男の貴族がいた。試験官はニヤニヤ笑って私を見ていたが、若い方は無表情にこちらを見ている。
「先程はどうも、ありがとうございました」
私がかばってくれたお礼を言う。
「なんの事です?私は早く帰りたかっただけです。それに折角合格したのに嫌がらせに恐れをなして優秀になりそうな方を失いたくないのでね」
そう言うと私にとても黒い笑顔を向けた。試験官は三十代位の赤い髪のキリッとした美人でカイリン・アルバレス子爵といい、学院の薬学コースの先生だ。隣の男は私と同じ年くらいの薬学生のようだ。
学院に入るのに年齢制限は無い。なので自分より若い人や年齢が上の人など色々いるが、基本やっぱり十代半ばが多い。
「あの先生、来週の講義ってなんですか?第一試験の後は冬の第二試験まで講義はないはずですが?」
ミラベルはカイリンに尋ねる。
「あぁ、いつもはそうなんだが、今ちょっと忙しくて大量の薬が必要なんだ。だから優秀な助手……いえ、生徒を探していたのです。ちょうど良いので薬草の下処理に生徒を使えばとても合理的に事が運ぶかと思いまして」
「講義と称して薬を作らせてそれを成績に反映させる、ということでしょうか?」
「えぇ、理解が早くて助かります」
カイリンは悪びれる風でもなく、来週、時間はいつでもいいから調合室に最低でも二時間講義という名の薬作りに来いといい捨て去って行った。
「これで講義の予約を取った事になるのでしょうか?講義で無くお手伝いって事ならお父様の許しが出るのでしょうか?」
私の言葉にミラベルは複雑な顔をして、とにかくお父様の待つ本館に戻る事にした。
今いる場所は本来あまり生徒が使う廊下では無く先生専用の通路のようだ。だから学院の出口に向かう為にはここから出て、正規のルートに戻らなくてはいけない。
既に私の噂は広がっているようだから、出来るだけ静かに出て行きたいが、こんなベールを被っているのは私だけなので目立つ事この上なかった。
ミラベルについて優雅にしかし速足で好奇の目を向けられながら通り過ぎていた。「あれが白の呪いですって」とか「呪いで酷い顔らしいぞ」等など聞こえよがしに言っているのが丸わかりだが直接では無いので抗議も出来ずミラベルが段々イライラMAXになって来た頃、やっと出口についた。
駆け込む様に馬車に乗り込み、私はやっとベールを取った。
「あぁぁ、スッキリ!なんだか肩が凝りました」
私がそう言うとミラベルは申し訳無さそうな顔をした。
「結局、酷い目に合わせてしまい申し訳ありません」
「あら、これくらい平気だったわ。もっと石とか投げられるのかと思ってましたから」
「まぁ、なんて事を。そんな事をされたら相手をただではすませません。その場で火の魔術で黒焦げにして差し上げますわ」
「ハハ、やめてよ……」
ミラベルの本気を知っているだけに、冗談では済ませられないので是非そんな事をする人がいない事を祈る。ミラベルは文官だが護身術として多少の魔術は扱える。
貴族でも敵を撃退したり身を守ったりするレベルの魔術は訓練しなければ上手く扱えないらしい。
道具としての魔術具を扱う為の魔力はちょっと練習すればすぐに操れるが、攻撃魔術、回復魔術はかなりの訓練がいるし、向き不向きがあるらしい。
ちなみにミラベルは火の魔術が少し使えて、私はなんと風の魔術が使える性質だが使えない。一回死んでるからか、単純に私が魔力というものをよく分かっていないからか。訓練したいってお父様に言ったが却下され「お前は護られていれば良いんだよ」と言ってなかなか譲らない。
魔術使いたいよ!折角の魔女っ子なのに!




