59 一瞬の夢
何がそんなに悪いのか私にはよく分からなかった。分からなかったのでショックも受けない。コッテリと首を傾けミラベルを見た。
「後は?」
「後、とは?何でしょうか?」
「髪の事以外の隠し事です」
「……ございません」
「そうですか、私は気にしません。それより外に出たいです」
笑顔で平気をアピールし、軟禁状態を解消して欲しいとお願いした。
静かな時が流れ、誰も何も言わないまま何分くらい経過したでしょうか。
「……よ、良かったではありませんか。フェアリーネが外に出たいだなんて。初めてですわ」
イブリンがやっと口を開いた。それを切っ掛けにユージーンも話し出す。
「何を言っているんだい。お前は何も分かってないからその様な事を口にするのだ。駄目だ、外に出るなんて!」
ユージーンは必死に私にいかに外に出ると貴族達に陰口を言われ噂の的にされるかを説明した。
確かに陰口を叩かれるのは嫌だな。私も別にハートが強い方では無い。出来れば悪口は聞きたくないし、聞けばキズつくと思うけど今は実感がない。
「大丈夫ですわ。わたくしが必ずお守り致しますから」
イブリンの言葉にユージーンが噛みつく。
「簡単に言わないでくれ。私達がこれまでどれほどフェアリーネを守って来たと思っているのだ」
「ですけど、本人が望んでいるのですからそれを無理矢理押し込めるのは……」「何を言うのです、我々だってフェアリーネの為にこれまで色々な方法で貴族社会に馴染ませようとしたきたのだ。だが、誰にも受け入れられずフェアリーネは深くキズつき、終には……」
ユージーンはそのまま黙って俯く。フェアリーネを大事にし、守ったが守り切れず亡くなってしまった事は彼に深いキズを残したのだ。インファントも目頭を抑え何かを堪えている。
フェアリーネはこんなにも愛されながら、しかし貴族社会に馴染めない自分を責めていたのだろうか……
「お父様、お兄様、そんなに私の事を心配して下さってありがとうございます」
私は素直にフェアリーネを心配してくれた嬉しい気持ちを伝えた。これまでの事は私の事では無いが今は私の事を心配してくれているのだから、本当に有り難いと思う。イブリンはインファントの肩にそっと手を添え慰めている。
「その様に私を心配してくださる方の言う事を私は信じます」
「フェアリーネ?まさか……駄目ですよ」
イブリンは私を見ると首を横に振る。
「お母様、私は別に特別強いワケではありません。でも強くありたいと思います」
「それはどういう事かしら?」
私はユージーンとインファントを笑顔で見つめる。
「お二人のいう事を信じるなら貴族社会からは距離をとった方が良いという事ですよね」
ユージーンは深く頷く。
「そうだ、そうすれば良い」
「ですが、お母様はもっと外に出れなければと仰います」
今度はイブリンが頷く。
「もちろんです。閉じ籠もるなんて駄目ですわ」
「ですから、私は貴族社会とは違う所へ出ようと思います」
沈黙の時間です。ミラベルが気をきかせてお茶を入れ替え、場の空気をかえる。優秀!ナイスフォロー!
「フェアリーネ、貴族社会以外の所とはまさか……」
「はい、平民のところです」
インファントの問いに私はニッコリ答えた。ホントのところそっちのが馴染みがある。
「駄目だ、そんな!平民の所だなんて!」
ユージーンは勿論反対。まぁ、それは何となく気が付いていたよ。テリウスだって最初は怖かった。彼は平民と口をきくのも嫌がってた。でも最後は優しかった事を考えればお互い知らない者同士だと馴染まないし、無理な人もいるだろうけど中にはわかってくれる人もいる。
マティウスみたいに……
「少しづつ頑張ります。だからやらせて下さい。じっとしてるのは嫌なんです」
「まぁ、フェアリーネ。とても貴方の言葉とは思えませんわ」
別人ですから。なんか、すみません。
「あの……宜しいでしょうか?」
ずっと黙って聞いていたミラベルが口を開く。
「なんですか?」
私はミラベルに許可を出す。こういう話は家族だけで無く第三者の介入が必要だ。家族は必死に守ろうとし過ぎて、他の道が選べなくなる時がある。
「フェアリーネ様が何をなさりたいかお聞きして、それに添えるように貴族社会か平民社会か選べば一番良いですよね」
「選べれば、だがな」
ユージーンはため息をつく。
「ですから、まずフェアリーネ様の考えをお聞かせ下さい」
皆が一斉にコチラを見るが、私は別に何もプランがあるわけではない。
「……今はまだ無いです」
皆の心の声が聞こえてきそうです。えぇ、無いんです。
「それでは話が進まんでは無いか」
インファントはちょっと拍子抜けした感じでミラベルを見た。
「でしたら今は何を話し合っても無駄でございます」
ミラベルはバッサリ話し合いを終わらせた。
強引だなぁ……惚れそう。
家族達がやっと帰ってホッとひと息。
「ミラベル、さっきはありがとう」
「いえ、収集がつかなくなりそうだったので」
「いつもあんな感じになってたの?」
「そうですね、イブリン様はいくらなんでも閉じ籠もるなんて駄目だの一点張りで、ユージーン様は人目につかないように大事に大事にするのがフェアリーネ様の幸せだと譲らなかったので」
「お父様は?」
「大体は沈黙を守っておいででしたね」
立場弱そうだな。今日はもうリハビリするには時間が足りないとミラベルが言うので私は何か本を持って来てもらう事にした。
「なにが宜しいですか?」
「そうねぇ、薬草の本がいいです」
まだ途中だったしな、薬剤師になる為の勉強をせっかくだから続けたい。
「薬草ですか?花や園庭などでは無く?」
「ええ、薬草です」
ミラベルは一瞬停止してたが「お待ち下さい」と取りに行ってくれた。プロ!プロの文官がここにいます。
ミラベルが持って来てくれた薬草の本はマティウスが見せてくれた本よりずっと格下って感じの薄い物だった。アレはやっぱり希少な本だったんだな。また見たいなぁ、一緒に……いや、別に……そうではなく。
アレってマティウスがまとめてたんだろうな。キレイでキッチリ書いてあったなぁ……駄目だ、暗くなる。
私は無駄な考えを振り払い、ミラベルに他の物は無いか聞いてみた。
「申し訳ございません。本は大変貴重で高額でございますので、こちらにはこれ以上は」
「ここに無いならどこにあるの?買えないの?」
「あの、図書館にはございます。恐らくフェアリーネ様がお探しの物もあると思いますが。購入は出来ないと思われます」
「売ってないの?」
「いえ、探せば見つかるとは思いますが」
そこまで言ってミラベルは視線を外す。
「買って貰えないのかしら?お父様は辺境伯なんでしょ?お金が無いなんて事は……」
完全にミラベルは目を閉じた!
「待って!無いの?お金!」
「フェアリーネ様、落ち着いて下さい。無い訳では無いのですが、」
「……ちょっと待って、落ち着くから」
私はミラベルに断りを入れると目を閉じて考えた。
貧乏は遺伝する難治の病だ。しかし、私は生まれ変わった。大丈夫、深呼吸して、フェアリーネ、頑張って!
「我が家の経済状況はひっ迫していますか?してるか、してないかだけ答えて、はい!」
「……しております」
あぁ、終わった。終わったよ、私のお嬢様人生。
夢は潰えました……




