57 フェアリーネの事情
「フェアリーネ様、お食事なさいませんか?」
側仕えのおばあちゃま達が使い物にならないので、ミラベルが色々と世話を焼いてくれる。私はちょっとお腹が空いた気がしていたので頼む事にした。
「そうね、スープか何かお願い出来る?」
「はい!もちろんです!すぐに、すぐにお持ち致しますから!」
え?なんかテンションおかしくない?ミラベルって冷静そうだったのに張り切って行ったよ。
言葉通りすぐに戻って来たミラベルはワゴンに数種類のスープの皿を用意してくれていた。
「どれになさいますか?」
キラキラした目で尋ねられたが量がおかしくない?どれでもいいんだけど。
「じゃあ、これで」
面倒なので手前の一つを指差した。
ミラベルは私をゆっくりと抱き起こし背中にクッションをアレコレ置くといい感じに座らせた。
抱き起こされる感じからも凄く軽そうで本当に病人だったんだと実感する。なにせ手が口元まで持ち上がらず、スープはミラベルが食べさせてくれた。
そうやって何とか一皿食べ終わる頃、またもやバタバタと足音が聞こえてきた。勢い良くドアが開いたかと思うと、ひとりのキラキラしい男性が、飛び込んで来た。
「フェアリーネ!お前……本当に、本当に生きていたのか……」
誰?私はミラベルをチラッと見た。
「お父様のインファント・ディミトロフ辺境伯でございます」
親父?ウソ、若い!そして美形!
翡翠色の髪で同じ色の瞳、気の優しそうなその男は私を見るなりポロポロと涙を流しベットに腰掛けると優しく抱きしめてきた。
いやぁ、見知らぬイケメンに抱かれてるよ〜、緊張するけど何とか手を上げそっとインファントの腰に添える。ここまでしか上がらないから許してね。
「あ、あの、お、お父様。ご心配おかけしました」
「はぁ……フェアリーネ。そんな事を言ってくれるなんて……私は幸せだよ……」
うわぁ……なんだなんだ、ワケがわからないよ。私はミラベルに視線送った。
「旦那様、フェアリーネ様はお疲れでございます。今、スープを召し上がられて」
「スープを?!本当かい?」
「は、はい。お父様」
「なんて事だ、フェアリーネがスープを……」
いやもうマジで疲れる。
「旦那様、ですから少しお休み頂く方が良いかと」
「おぉ、そうだね、フェアリーネ、ゆっくりとお休み。また後で話そう」
そう言うとインファントは私の額に優しくキスをした。
ほわっ!キスとか!イケメンからおでこにキスとか!私は頬が熱くなるのを感じながら父であるインファントに「お休みなさい」と告げた。
はぁ……緊張した……いきなり貴族と親子って言われてもねぇ。
「ミラベル、ありがとうございます。緊張しました。お父様には私が記憶が無い事は言ってないのでしょうか?」
「はい、まだ詳しくは申しておりません」
「早目に言っておいてもらえますか?私、緊張してしまいます」
そう言うとミラベルはクスリと笑う。
「はい。ですが、以前のフェアリーネ様も旦那様には緊張してらしたようです。仰った事はございませんけど」
「お父様に?そうなんだ」
自分の父親ながらイケメンだから緊張とか、では無いよね。
「はい。私が知る限り普段はあまり親子でお話なさる事もなかったのようで。旦那様はお仕事がお忙しくて」
「そう、仕事なら仕方無いですね。あまり交流は無かったと言うことですか」
ミラベルは少し伏し目がちになる。
「こちらは別館でございますから……旦那様は本館にお住まいです。執務もそちらで行われていますから、こちらへは以前はあまりいらっしゃいませんでした」
「なるほど、ちょっとフンワリした方かと思いましたけどお仕事を頑張ってらっしゃるのですね」
「……えぇ、もちろんです。この家を守って行かなくてはいけませんから」
ミラベルが視線を外して言った。
アレ?もしかしてミラベルはお父様がお気にめさないのかな?まぁ、タイプは全然違いそうだもんね。
出来る秘書風のミラベルはその後もテキパキと私の世話を焼き、苦い薬湯を飲ませたり、若い側仕えを呼んで体を拭かせたりとあっと言う間に居心地良くベットに寝かされた。
「さぁ、フェアリーネ様。少しお休み下さい。目が覚めましたらお呼び下さい。お休みなさいませ……」
そう言って、ベットの天蓋をそっと閉じた。
はぁ……目覚めてから2時間弱、怒涛のように過ぎていったけどまさか貴族様とはなぁ……
私の感覚としてはついさっきまでエマだった。
エマに強引に取って代わられたけど、考えてみればそれが出来るのにギリギリまで待ってくれてたんだから感謝すべきか。
マティウスとの最後も呆気なく、他の人達にはなんの言葉も無く。だけどマティウスなら約束守ってくれそうだし、エマは普通の平民として何処かに落ち着けるだろう。
それにしてもココ、辺境伯爵かぁ……気が重い。
辺境伯令嬢として生きてかなきゃいけないの?やだなぁ、礼儀作法とか、言葉遣いとか、あれ駄目これ駄目とか言われそう……まぁお金はあるか、贅沢三昧しちゃう?
色々考えているとだんだん眠くなって来た。薬湯になんか入ってたか……ミラベルは優秀だなあ……寝よ……
朝まで眠ったようでスッキリ目覚めた。
カーテンの向こうで人の気配がする。
「あの……」
私が声をかけると、そっとミラベルが顔を出した。
「おはようございます、フェアリーネ様」
そう言ってカーテンを引いていく。そこにはド~ンと昨日ひっくり返っていた老齢の側仕えの二人が揃っていた。良かった、無事なのね。死んだと思った人が生き返ったらそりゃショックよね。
「お嬢様、おはようございます。体調はいかがでしょうか?」
「おはようございます、ドロシア、オリアーナ。とても良いです」
「まぁ……お嬢様が……」
「こんなにお元気で……」
二人は涙目で完全に同じ動作で口元に手を当て向き合って頷いている。凄い、濃いかも……
「本当に良かったですわ。わたくしも一時はお供しようかと……」
「そうです、お供しようかとねぇ」
ふたりして鼻をグズグズとしだし、何やら話が長くなりそうだ。
「ドロシア、オリアーナ、それ以上はフェアリーネ様にご負担がかかりますわ」
長くなりそうな所をスパッと切ってくれるミラベルは優秀ですね。
「えぇ、二人共心配かけましたね。私、ミラベルに聞きたい事が沢山あるのでまた後にしてもらっていいかしら?」
涙ぐむ二人を追い出しホッとする。
「フェアリーネ様、先ずこれを食前のお薬です」
ミラベルが差し出す薬湯の匂いを嗅ぐ。
「これ何が入ってるの?」
「体力の回復、心を落ち着ける物、胃腸薬、そのあたりです」
「眠くなるのは入って無い?」
私の質問にミラベルは真剣な顔をし首を横に振る。
「フェアリーネ様、せっかく助かったお命です。どうかそのような事はもう仰らないで下さい」
「は?なんの事?」
話によると、フェアリーネはここ一年ほどは眠れる薬ばかりねだり生きる気力が無かったようだ。まさか……
「あの……もしかして、私って……自ら……」
「いいえ!そのような事はございません!」
ミラベルはキッパリ否定したがそこがまた怪しい。
「そうですか、だったらいいんです。私は聞きたい事が沢山あるので眠りたくなかったんです。昨夜はすぐに眠くなってしまったので」
「そうでございますか!なんでもお聞きになって下さい」
ミラベルは一転、目を輝かせ喜んだ。そしてすっと側によると私に赤い指輪を見せ、石に触れた。
「これで大丈夫です」
あ、これ盗聴防止だ。私はミラベルの心遣いに関心した。優秀!
「本当に初歩的な事なんですけど……」
私は自分の事を根掘り葉掘り聞いた。
フェアリーネ十四才は二人兄妹で兄ユージーンが跡を継ぐべくお父様の補佐をしている。実の母は他界し、今はニ年程前に再婚したイブリンがいて四人家族。
「あの、フェアリーネ様。イブリン奥様はとてもフェアリーネ様の事を気にかけておいでです。出来ればお会いされた方が……」
「えぇ、そうですね。ユージーン様にもまだお会いしておりませんし、家族ですものそうしないといけないでしょうね」
「……本当に、宜しいのですか?」
ミラベルが何かを探るような目で私を見る。
「駄目なのですか?何か事情が?」
「いえ、フェアリーネ様がお会いされるのなら問題ございません」
「ちゃんと教えて下さい。私は本当に何も覚えて無いので失礼があったら困ります」
まさか家族を切り捨て御免しないだろうけど叱られたくない。
「実はフェアリーネ様はここ最近は旦那様以外のご家族と会いたくないと面会を拒否されておりました」
「それは何故ですか?あぁ、再婚を嫌がっていたんですか?」
「それもあったようですが、前の奥様が亡くなられてもう何年もたっております。周囲の者から再婚を強く勧められて。旦那様は亡くなった奥様に悪いからとずっとお断りになられていたのですが……」
ミラベルは何とも言えない顔で微笑んだ。
「わたくしの口から申すのもなんですが、イブリン様はとても公平で良い方です。どうか先入観を持たずにお会いになって下さい」
ミラベルはイブリンについてここに来た者らしい。イブリンの家は子爵で辺境伯家に嫁げば爵位が上がり家同士の繋がりで実家にも何らかの恩恵があるようだ。
二人はお見合いしてすぐにイブリンから結婚を決め、インファントもそれを受け入れたらしい。
めっちゃイケメンだもんね。モテそう……
「では面会の場を用意して下さい。私はまだこんな状態ですけど、それでも良ければ何時でもどうぞ」
どうせ暇だ。この体を回復させる為のリハビリは必要だけど、そんなにすぐに動けるようにはならないだろう。トイレもいけない……
「かしこまりました。他に御用はございますか?」
「そうね、後でどのように私の体を回復させるのかプランを聞かせて下さい。何か医術師の方から指示があったのでしょう?」
「はい!お任せください。では朝食の準備を致します」
ミラベルが出て行くとドロシア&オリアーナが音もなく入って来てあれやこれや世話を焼きだした。
あぁ、このおばあちゃま方いつもフェアリーネの面倒を甲斐甲斐しく見てたのね。ありがたいけど、ちょっとしんどい、私は放っておいて欲しいタイプなので。でも時々目頭を抑えるおばあちゃま方を見てるとそうも言えない。
「ドロシア、ありがとう。とっても美味しかったわ、オリアーナも」
丁寧に食べさせてくれた二人に、私はニッコリ笑ってお礼を言う。
「そんな、お嬢様……お礼は不要ですわ。これからもお世話させて頂ければ」
「そうですとも、私達をお側に置いてください」
嬉しそうに笑うふたりに私も笑顔になる。
「そうね、お願いします」
もう引退までいれば良いよ。
私はなんとも言えない気持ちでミラベルを呼んでもらう。




