56 居場所
朝になり、昨日探った所より西寄りに移動し再び森の中に入る。程よい所でまた枯れ枝を退けたり草木が茂っている所を探索しグズモットを捕まえた。すぐまた移動し狩りを続ける。
それをまた解剖し、胃の内容物を調べ、サンプルを増やしていく。
私はマティウスを手伝い、結果を書きとめたり資料をまとめたり助手として動いていた。マティウスは元々学者肌らしくイキイキと解剖したり分析したりしていた。
「マティウス様、ちょっと休憩してください」
私はマティウスの資料を取り上げる。放っておくといつまでも休憩はおろか食事もしない。テリウスは側仕えだから主にはなかなか強く出にくいようで私に役目を押し付けてくる。
「チッ!早くしろ!」
そんな怖い目で見るのはやめて欲しい。私が睨まれているすきにテリウスはササッとお茶を出し、機嫌をとる。
「テリウス様、私を犠牲にするのをやめて下さいよ」
「エマなら何をしても仕方無いと思ってもらえるから大丈夫だ」
酷い、アリステアもダリューンも頷いてる。私だって睨まれるのは怖いのに!
そんなことが数日続き、グズモットのサンプルはどんどん増え、毎日解剖の連続だった。
そして、明日はいよいよ帰ることになった。
「マティウス様、この資料はどこに置くのですか?」
「それはコチラだ。それより個体別の……」
「それはさっきちゃんと言われた通りにまとめておきました」
「フム」
マティウスはやっとひと息つくとどっかりと焚き火の前に腰を落ち着けた。私も隣に座る。
テリウスが入れてくれたお茶を手に黙ってボーッとしていた。
連日狩りに研究に大忙しだったし、帰ってからも領主に報告したり医術の師匠と打ち合わせたりと多忙を極めそうだ。
「マティウス様、やっぱりベリハベルによる食中毒なんですか?」
「そうだな、断定はできぬが五六頭のグズモットを解剖した内五頭の胃の内容物からベリハベルが出た。帰ったらそれらの肉を動物実験で試し、それらに食中毒の症状が出ればほぼ間違い無いだろう」
解剖されたグズモットはマティウスの氷の魔術で保管されている。
「この結果しだいで流行病は食中毒と訂正されて、被害も少なくなりますよね」
「あぁ、恐らくな」
良かった、これで流行病は無くなって行くはずだ。
「だが……」
「なんですか?」
「結局、ベリハベルの木は発見出来なかった」
マティウスは眉間にシワを寄せ厳しい顔をする。
「見つけたかったのですか?そんな恐ろしい木を」
「恐ろしい木だから見つけ、焼き払いたかった」
「そうですね。騎士団全員で探せば見つかるんじゃないですか?」
私は人海戦術を提案した。
「駄目だ、これは秘密裏に処理するべき物だ」
「でも、流行病の解明の段階でこの森の中にある事が知られますよ」
「あぁ、それが気になる点ではあるな。ここは辺境伯の管理区域だから今後、私は迂闊に手が出せん」
「辺境伯に頼むとか?」
「私は辺境伯の人となりを知らぬからなんとも言えんな。悪用する者なら大変な事になる」
マティウスはベリハベルの事が気になるようだが私には流行病の方が重大だ。これで解決出来るなら安心して帰れる。
……そう思った瞬間!またグニャリと目の前の風景が歪む。頭がキィーンと痛み吐きそうだ。
私はフラリと立ち上がりその場を離れる。待って、こんなに早く……なの?
……もう終わったんでしょ!返して!私の居場所!……
突然エマの声がガンガン響き頭が割れそうに痛くなる。
「あぁぁ!痛い!うぅっ!」
私の悲鳴にマティウスが驚いて駆け寄って来るのが見える。すべてがゆっくりと動いているように見えマティウスが私を呼んでいる声が聞こえ、体はゆっくりと倒れていく……
「エマ!エマ!しっかりしろ!」
マティウスの声にテリウスが慌ててダリューン達を呼んでいるようだ。私はマティウスに体を支えられながら痛みを堪え最期であろう言葉を振り絞る。
「マティウス様、約束、お願いしますね。私、私は……」
「待て、駄目だ!エマ!エマ……」
私を呼ぶ声がだんだん遠くなり聞こえなくなった。体がふんわりと浮かぶ感じがしてそのまま意識が無くなった。
「うわ〜ん、お嬢様〜」
悲鳴に近い泣き声で意識が浮上した。
目を開けると真っ白の世界……いや、何か顔に被せられているようだ。
それを退けようと手を上げたいがさっきからワンワン泣いているご婦人が私に抱きついているようで動けない。
「あのぉ……すみません……ちょっと退いてもらっても良いですか?」
私は遠慮がちに声をかける。嘆き悲しんでいらっしゃるのだから丁寧にね。
「は?誰なの?今は私がお嬢様とお別れをしているのに、邪魔しようとするのは!」
そのご婦人は私から体を離すと誰かに話しかけていた。これで腕が動く。
私は自分の顔にかかっている布をそっと剥がす。どうやら白いベールをかけられていたようで、スルリとめくれやっと目の前の光景が見えた。
「えっと……ここはどこですか?」
私はおずおずと涙でグショグショのご婦人に問いかけた。どうやらベットに寝かされていたらしく、その脇に三人のご婦人、正確には二人の老齢のご婦人とひとりの若いご婦人がジッとコチラを見ていた。
「あの……」
私が再び口を開くと、私に泣きついていた方はそのまま後に倒れ、その隣の方はヒィィィと悲鳴を上げて腰を抜かしたようだ。残りの若い婦人は気絶した方を抱き起こし呼吸を確かめている。
呼吸を確認出来たのかそっと横たえるとこちらを振り返った。
「お嬢様、生きてたのですか?!」
慌てて近寄ってきた。
「死んでたのですか?私」
「はい、確かにお亡くなりになっておりました。医術師も確認致しましたので、葬儀の準備も始まっております」
「葬儀……マジで……」
今度は生き返ったとこから始まるらしい。
体、腐ってないかな……
それからが大変だった。
気絶したご婦人は私の幼少からの側仕えで名前はドロシアという。
もう一人のオリアーナも古くからの付き合いで二人で私の側仕えとしてずっと尽くしてくれていたようだ。
あとの一人若いミラベルはちょっと様子が違う。私が気がついた時にテキパキと采配をふるい、老齢の側仕えを別室に休ませ、改めて医術師を手配し、葬儀の準備をキャンセルした。
死んでたんだ。しかもしっかり葬儀の手配がされていたほど。複雑な心境です。
生き返ったものの、私の体はほとんど動かせなかった。話によると最後は一ヶ月ほど寝たきりだったらしく、昏睡状態から息を引き取ったそうだ。
この体の人は死んでいるなら、もう夢には出ないのかな?今度こそ定着するのかな?それも複雑な心境です。
いま私に色々教えてくれているのはミラベルというまだ二十歳位の可愛らしい女性だ。
「ではお嬢様は何も覚えていらっしゃらないのですか?」
「えぇ、私、お嬢様なの?」
「はい、もちろんです。お嬢様はディミトロフ辺境伯家のご令嬢フェアリーネ様です」
「は?辺境伯家?!貴族なの?!」
「もちろんです。フェアリーネ様」
ミラベルはニッコリと笑って優しく教えてくれた。
はぁ〜、貴族かぁ。なんだよそれ……ってここどこ?前と同じだと思うけど、ミラベルの髪はキレイなピンクだし、ドロシアとオリアーナはお揃いの紫色だった。あれ?私の髪は何色なの?
私は自分の髪をなんとか手でたぐり寄せ確認する。見事な銀髪だった。はぁ〜、キレイ。
私は驚いた目でミラベルを見ると彼女は私を気の毒そうに見つめ返した。
「大丈夫ですよ、フェアリーネ様。お気を落とさず……」
え、なに?駄目なの?とってもキレイなのに。
「あの……これは……」
「あ……お忘れなのですね。あの……もうすぐ医術師が参りますわ。お待ちを」
そう言ってミラベルは席を外し、私は一人残された。
なんか訳あり物件っぽい?黒髪じゃなかったら貴族なんだよね。体はあんまり動かないけど、若い女子っぽい。でも腕が激細なんだよ。寝たきりって言ってたから、病気だったんだよね。
ひとりでもんもんと考えていたらバタバタと足音がし中年の男性医術師を連れたミラベルが戻って来た。
「はぁー!なぜ!なぜだ!私は、私はちゃんと確認したぞ!なぜ、なぜ!」
ひとしきり騒いで驚きを発散したあと、医術師は私の診察をした。
「……ご健康です……なんの問題もありません。後のことはミラベルに話しておきます……」
ガックリとうなだれて帰って行った。その敗者のような背中、複雑な心境です。
「ミラベル様、あの……」
「ミラベルとお呼び下さい。フェアリーネ様。わたくしはディミトロフ家の文官でございますから」
ミラベルはピンクのストレート髪をキッチリ結い上げた出来る秘書風で、灰色の目が私をジッと見つめている。
「ミ、ミラベル」
「はい、フェアリーネ様。なんでございましょう」
「ここはどこなんですか?」
「ここはディミトロフ家の別館でございます」
「あの……どこの領地なんでしょうか?」
「ダンヴァース領地でございます」
おぉ、同じ領地。良かった、馴染のあるところで。
「今、季節は?」
「初夏でございます」
夏ですか……




