53 気の迷い
えっと……今のは何?顔が熱いのは何故?
さっきまで怖くて仕方無かったのに今は頭の中にマティウスがふんわりと浮かび上がる。にゃー!一体なに?アレは子供だよ!私は子持ちだったんだよ!なんであんな少年にポッ……とかするの!?
落ち着く為に深呼吸を繰り返す。冷静になるとやっぱりあの酷い男の事が思い出され吐き気がする。だが相手は貴族だ。私にはどうする事も出来ないので泣き寝入りだ。涙は出るが諦めるしかない。
頭を冷そうと馬車の窓を少し開けた。外はもう夕刻で、他の馬車も無くテリウスが食事の用意をしているのが見えた。
知らない貴族が居ないことにホッとして馬車から出た。私に気が付いたテリウスが視線で焚き火の側に来るように促す。
そこに座ると無言で温かいミルクを手渡してくれた。私はペコリと頭を下げ両手で持つと少しずつ飲んだ。ゆっくりと体は温まり気持ちもほぐれてくる。
いつの間にか隣にはマティウスが座り向かいにはダリューンがいた。静かに食事を済ませるとマティウスがポツリと言った。
「もう、あの者が其方を害する事は無い」
私は一瞬ゾクッと寒気がしたが何も言わず、でも少しホッとした。貴族には貴族のやり方があるのだろう。
「あの、私は……」
アリアだったとか、にわかに信じられない事を言ったのだ。これからの扱いが変わるのは仕方ない。
「まだ、究明にはほど遠い。予定が狂ったのだ、明日からは強行軍だぞ」
マティウスは私に関して何も触れる事なく話を進める。
「良いのですか?」
「其方は盗聴防止の意味を分かっておらんのか?口外しない事柄を話す時に使うのだ」
「使ってたのですか?」
「気が付かず話したのか?相変わらず訳の分からん奴だ。とにかく、私の許し無く誰にも何も話すな」
マティウスはそう言うと私に馬車で眠れと追い払った。ワケも分からず言う通りに馬車で横になった。
何?なんか……庇ってくれてるの?なぜ?駄目だ、ちょっと思考を停止しよう。眠ろう……
朝になり馬車を出るともう朝食の準備が出来ていた。パンケーキだ、美味しそう!当たり前のようにテリウスが私にそれをサーブしてくれて戸惑う、えっと……待って。
「カーン様、申し訳ありません。自分でやりますから」
「かまわん、早く食べなさい」
優しいテリウスには落ち着かないが、仕方なく食べ始める。ふんわりとても上手に焼けたパンケーキは心を落ち着かせてくれた。
「カーン様、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
私が感謝を述べるとテリウスはフッと嬉しそうに笑った。
「テリウスで良い」
そう言って後片付けをしだした。名前呼びを許してくれたのが何故なのか良く分からなかったけどとにかく嬉しくて私は笑った。
「はい、ありがとうございます。テリウス様」
それから片付けを手伝い、出発の準備を整えると馬車は次の農村を目指した。
馬車は動き出したが何となく気まずくて私は静かに窓から外を眺めていた。ふと気が付くとマティウスがこちらを見ている。
何か言いたそうだが流石にこの状況では無理だ。暫くすると私から視線を外すと黙って反対側の窓を見ているようだった。ダリューンがニヤニヤと私を見ている。
いや、知りませんよ、何にも。私にどんな期待をしても無駄ですよ……だって、この体はエマの物で私はもうすぐ消えるんですから。そりゃ、この外見が良いってマティウスが言うなら別だけど……って私は一体何を……もう考えまい。とにかく流行病の原因を探らなきゃ。
その日は夕方に川の側で野営をする事になり馬車を止めた。私はマチルダを休ませようとそっと近づき首の辺りを撫でる。
「マチルダ、川に行かない?」
マチルダはブルンと鼻を鳴らし承知したようだったので、私は許可を取ろうと振り返る。
「マチルダを川に連れて行っても良いですか?」
すると思ってたより近くにマティウスがいて驚いた。
「私が連れて行く。君にはまだ無理だ」
マティウスはマチルダの首を軽く撫でるとそのまま川に連れて行く。私もつられて一緒に行くと川辺に並んで腰を下ろした。
マチルダは嬉しそうに川の浅瀬に入り遊び出し、二人でそれを見ているとマティウスが左手首の魔術具を触る。
「少しは落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます。もう大丈夫です」
私は何だか照れ臭くてマチルダを見たまま答える。マティウスの視線を感じるがそちらを見る事は出来ない。
「この前の話の続きだが」
「はい……」
「アリアだったとして……」
「はい……」
「それだけでは君が変だと言う理由にはならないと思うのだが?」
「は?変ですか、私」
「あぁ、変だ。少なくとも十三才とは思えんし、アリアだったとしてその前はなんだったのだ?っと言うか、前があるのか?」
えっと……これは……話して良いのかな?
「あのぉ……実はリーナでした……」
「……な、な」
マティウスはハクハクと口を動かし理解不能なまま私を見る。
「君は何をしているのだ?」
「そんな事を言われても困ります。私だって好きでこんなんじゃないんです。気が付いたらここに居て、なんだか次々体が変わっていって……」
「か、か、体が変わるとかちょっと待て。リーナは死んだんだぞ」
「そうですよ、私は死んだんです」
「覚えているのか!死んだ時を!」
マティウスは急に立ち上がる。
「はい……申し訳ありません」
私はマティウスの涙を見た事をしっかり覚えている。とっても優しかった事も。チラッと顔を見上げるとプイッと横を向いた。
「忘れろ。何も言うな」
「忘れませんよ。何も誰にも言いませんけど」
「グッ……」
マティウスは改めて座り直し無表情を取り繕った。
「とにかく、これからは私だけには何でも話せ」
「はい。出来るだけそうします。でも……」
「なんだ?まだあるのか?……そう言えば妙な事を言っていたな?」
「それです。私にはエマとして生きる期限が迫ってます。おそらくそう遠くない内にこの体は元の、本当のエマに戻ります」
「待て!またどこかの誰かになるのか?」
「いえ、わかりません。今度こそ死ぬかも知れませんし」
私は静かに答えると立ち上がり出来るだけ平気なようにニッコリ笑う。
「その時は約束を思い出して下さいね」
マティウスは立ち上がると私の腕を掴んだ。
「何を言う!どこに行く気だ!」
「私にもわかりません。どうしようもないんです。は、離して下さい」
思ったよりも近い距離感に顔をそむけるとマティウスにもう片方の腕も掴まれ正面に引き寄せられる。
なになになに近い!そんな眼力の強い美麗な顔を近づけないで!息が……かかる……
私はクラクラする位顔が熱くなるのを感じる。マティウスは何を血迷ったんだ!私は13才の体だよ!いや、今そんな事を考えるとマティウスが犯罪者と言うか、変態と言うか、じゃ無くてとにかく!
「マ、マティウス様!」
私は精一杯抵抗する為に悲鳴を上げるように名前を呼んだ。マティウスはハッと我に帰り私から離れると顔を背けて足早に去って行った。
足に力が入らずガックリとへたり込む。間近のイケメンのパワー凄すぎ。最近見慣れてきたと思っていたのに気の所為でした。顔がどうしょうもなく熱くて、丁度川があるのだから洗ってしまえ。
川に手を入れザブザブと洗い火照りを冷ます。
はぁ〜、これからどうするのよ。
顔を上げると目の前でマチルダがジッとこっちを見てる。恐る恐る長く伸ばされた手綱を持った。
川で遊べたのがよほど嬉しかったのかマチルダは上機嫌で私の肩辺りに鼻をこすりつけ首を撫でれと催促してくる。
「よしよしマチルダはずっとマティウス様と一緒にいてね」
「お前はいないのか?」
いつの間にかダリューンが隣にいた。私から手綱を取ると、いつもの笑顔でいるが何か探るような目をしている。
「いますよ、流行病を究明しなきゃいけませんから」
「その後はどこかへ行く気か?」
「さぁ、それは分かりません」
「どこにも行けないぞ。マティウス様が許さない限り」
意外と怖い事をしれっと言ってくるな。
「マティウス様には相応しい人がいますよ」
「それは家同士の問題だ。婚姻はそうすれば良い。だが、それ以外は出来るだけ主のお心に添う者が必要だ」
これが貴族的な考えなのかな?マティウスもそう思っているのかな?
愛人か……
ダリューンは普段は優しい顔をしているけど、やっぱり貴族は貴族か。
「私には無理ですよ、きっとマティウス様のお心には添えません」
そう言って頭を下げるとその場を離れた。
無理に決まってる。
今の私は私じゃない。




